第6話 勇者の母、弔う

 クロアは一通り生存者がいないことを確認すると、そのままウィエルとミオンの下に戻っていった。



「あなた、お帰りなさい」

「ただいま、ウィエル」



 ウィエルから水で濡れたタオルを貰い、返り血や汚れを拭う。

 いつものことでウィエルは驚いてはいないが、ミオンは思わず顔をしかめてしまった。

 が、直ぐに頭を振ってクロアに話し掛ける。



「お、お帰りなさいです。そ、それでクロア様。仲間は……?」

「ああ。あの村に生存者はいなかった」

「そんな……!」

「だが、恐らく生き残りはいる。君の村を襲ったのは、奴隷商に雇われた山賊だった」



 奴隷商という言葉に、二人は目を見開いた。

 この国において人身売買は禁止されている。奴隷商も、国が根絶やしにしたのは記憶に新しい。

 ウィエルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、クロアを見た。



「それは本当でしょうか?」

「ああ。村に残っていた山賊から聞き出した。それに、何人かの死体には奴隷の首輪がされていた」



 告げられた事実に、ミオンは絶望の顔を浮かべてへたり込んでしまった。

 奴隷の首輪とは、一種の拘束具のようなものだ。

 首輪には連動するスイッチ型の魔導機械があり、それを握られていると激痛が体を襲う仕組みになっている。

 奴隷を逃がさないようにするための道具だが、国が奴隷商を潰したと同時期に生産元も潰されている。首輪も国が全て回収し、破壊されているはず。


 それがあそこにあるということは、考えられるのは二つ。

 一つ。国が奴隷売買に関わっている。

 これはないだろう。今代の国王は、そういった非人道的なことは嫌悪感で吐くほど嫌いだという噂を聞いたことがある。


 二つ。恐らくだが、これが最も有力だ。

 奴隷の首輪を製造している生産元が、今もどこかにある。

 奴隷商と首輪の生産工場を破壊しないと、負の連鎖は止まらないだろう。

 クロアはさっき嬲り殺されていた女性兎人族の死体を見て、歯ぎしりをした。



「あなた。今はここから移動した方が……ミオンちゃんも辛そうですし」

「そうだな。ミオンちゃん、立てる?」



 放心状態のミオンだったが、クロアの言葉にうなずいてゆっくり立ち上がった。

 だが脚に力が入らないのか、ウィエルが肩を貸してようやく歩けるほどだ。



「ミオンちゃん、一ついいかい?」

「は、はぃ……?」

「この集落、このままにしておくと魔獣がやってきて、死肉を漁られる可能性がある。そうなると死者も浮かばれないだろう。もしミオンちゃんがよければ、この集落は燃やした方がいいと思うんだが」



 クロアの提案に、ミオンの心が揺らいだ。

 確かに、このまま放置すれば魔獣や魔物が寄ってくる。そうなれば、同族の体は無残にも食い散らかされるのは予想できた。

 自然と共存するエルフ族ならば、それが自然のことだとしてそのままにするだろう。

 だが兎人族の生き残りとして、ミオンはそんなことは許せなかった。



「……お願いします。仲間を安らかに眠らせてあげてください」

「わかった。ウィエル、頼む」

「はい」



 クロアがミオンを支えると、ウィエルが集落に向かって手を伸ばす。

 手に高密度の魔力が凝縮され、白い魔法陣が浮かび上がった。



「漂う霊魂へ、光の道しるべとならんことを――《ホーリーフレア》」



 詠唱後、魔法陣から白く淡い雪のような炎が無数に現れ、風に乗るようにして集落全体へ降り下りる。

 すると、純白の炎が集落を包み込むようにして燃え上がった。

 その様子を見て、クロアとウィエルが手を合わせる。

 ミオンも呆然としていたが、二人に倣って手を合わせた。


 時間にして十分弱。純白の炎が消えるとそこには集落も死体も何もかもが無くなり、更地と化していた。



「これで迷える魂は浄化されたことでしょう」

「ありがとうございます、ウィエル様。これで、みんな……う、うぅ……!」



 ミオンが深々とお辞儀をすると、目から涙がこぼれ地面に吸われる。

 そんなミオンを見かね、ウィエルがそっと抱き締めた。



「よしよし、大丈夫ですよ。奴隷商に捕らわれていますが、まだあなたの仲間は生きています。絶対に助け出すので、泣き止んでください。ね?」

「は、はぃっ……うえぇぇん……うわあぁんっ!」



 ウィエルの胸に抱かれ、声を上げて泣くミオン。

 まるで聖母のような笑みで、ウィエルはずっとミオンを抱き締めていた。



   ◆



「す、すみません、ウィエル様。お召し物を汚してしまって……」

「いえいえ、お気になさらず」



 集落から移動し、ようやくミオンは泣き止んだ。

 ウィエルの服はミオンの涙や鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 号泣したことが恥ずかしいのか、顔を赤くして何度も頭を下げている。



「で、ですがその……」

「本当、気にしないでください。これくらいなら、魔法で綺麗にできるので」



 ミオンが人差し指を軽く振るう。

 魔法陣がウィエルの足元に展開されると、回転しながらウィエルの体を通り、服の汚れが綺麗さっぱりなくなった。



「ね?」

「お、おお……! 魔法って凄いです! 本当になんでも出来るんですね!」

「なんでもは出来ないですよ。魔法というのは、出来ることを増やす方法なんです」

「でも凄いです! かっこいいです!」



 打って変わって、ミオンは目を輝かせた。

 魔法というのは才能で決まる。使える人も少ないし、環境によっては一生目にすることなく終わる人もいる。

 ミオンもこの歳になるまで、魔法を一切みたことがなかった。



「私も魔法を使ってみたいです! ウィエル様、教えてください!」

「そ、それは……」



 困った顔でクロアを見る。

 クロアも半笑いで口を開いた。



「まあ、まずは魔力があるか調べるくらいでいいんじゃないか?」

「……そうですね。ちょっと調べてみましょう」

「は、はい! お願いします!」



 ウィエルがミオンの背中に回り、肩甲骨と肩甲骨の間に手を添える。

 そのまま待つこと数秒。ウィエルの顔が僅かに曇った。



「これは……」

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