ChapterⅩ

『Fate For one to Arrive』

「────ねぇ、一緒に生きようよ」



 そんな言葉をかけられる。



「────もう死ぬ、死にたいって思うならさ。私に預けてみない?」



 これは永い……とても永かった時の中にある、儚い記憶……。

 どの種族にも属さないモノが、ある時その身を滅ぼそうとした時、一人の少女と出会った。


 理由もわからずにただ魔力を生み出し続けるモノは、ゲル状の自身の体を変化させ、差し伸べられた手に触れる。



「おっ、意外にお早い答えだね。私の名前は『ベル』。あなたは? ……って、名前がないのか。うーん……それじゃあ困るし、そうだなぁ……」



 ベルと名乗った金髪の少女は、腕を組みながら首を傾げ、しばらくするとハッと表情を変えて微笑みかける。



「よし、あなたの名前はシリウスだ! どっかのおとぎ話にあった、光り輝く星の名前だよ」



 ……そんな、懐かしい記憶が再起した。

 思い出したわけではない。

 ただ、私の内にある魂……森で目覚めたあの日、私を起こしてくれたあの魂が、静かに教えてくれた。


 世界に響いた音の残響を耳に感じながら、私は放心状態になっているシリウスを抱きかかえる。



「……ありがとう、ベル」



 目を瞑り、完全に一つへ溶け合っていくもう一人の自分に向けて、そう告げた。

 そして…………。



「…………私はこの世界が好きです。転生して、ここに来て良かったと思えるほどに。ここでみんなと出会えて本当に良かった……」



 天の中で天を仰ぎ、姿形も、存在すらも感じることの出来ないどこかにいるはずの者に向けて、その言葉を届けようとする。



「だから───────」



 指先を天へ伸ばす……。


 ……私は天使の光翼を一度大きく羽ばたかせ、星へ帰る。

 しかし、もう翔ぶ力は残っていない。

 星へ落下し、光翼が光の粒子となって消えていく。

 光が尾のように伸び、まるで流星に星へ墜ちていく。

 やがて意識も失いかけるが……死の恐怖はなかった。

 今この瞬間に、誰の死ももたらされないことがわかっている……というよりかは、ただ信頼していたからだ。

 そう、時が凍らされる。



「────全く、帰る分の力くらい残しておけ」

 


 そんな声が聞こえ、私は重いまぶたを上げる。



「ごめん、最後に一仕事終わらせたからね……。だからこれで大丈夫。終焉は訪れない」


「あぁ、神色の力も今は収まっている。……シリウスは?」


「あー……気を失っちゃったかな。起きたら復興を手伝わせないと。まだまだやることは沢山あるなぁ…………ヘルツ、手伝ってくれる?」


「めんどくさいな」


「言うと思った」


「冗談だ。さっさと帰って片付けないと居心地が悪くてたまらん」


「……ん、じゃあ帰りはよろしく~……私もう無理……」



 いつもの調子で話すヘルツに安心し、私は眠気に身を委ねる。

 ヘルツはそんな私を抱きしめると、頭をポンポンと撫でながらただ一言、涙声で「おかえり」と呟いた。



 * * * *



 あれから数日…………私は少し、ズルをした。



「────ベル~! ご飯出来ましたよ~!」


「えっっ! もうそんな時間っ!? ごめん今日の当番私なのに! それにルフちゃん、腕治ったばっかなんだから無理しないで」


「もう、大丈夫ですよ! 今なら逆立ちだって余裕です!」


「それならまぁ……いいのかな?」



 そう、砂化してしまった体を復元させて、ルフトラグナの魂を定着させたのだ。


 というのも、あの一件で一時的に神界とこの世界との境界が不安定になっており、なんとかルフトラグナの魂に干渉して、呼び戻すことが出来たのだ。

 今思えば、不安定だったからこそ、私は以前の記憶をベル本人から知ることが出来たのだろう。


 出来れば神様と話をしたかったが、それを試みる前に世界は再び安定化してしまった。

 だが、シリウスたちによる予測終焉日はとうに過ぎているとのこと。


 かといって、この世界に定着してしまった魔物という概念の被害は油断出来ない。

 そんなわけで、シリウスたちは罪滅ぼしも兼ねて、ヘルツを筆頭とした世界の調査を行っている。

 各国が団結し、少しでも被害を抑えるために頑張っている。


 ちなみに、結果的にあの魔王戦での死者は0名。

 でも、それ以前の死者は多数存在するし、当然ながらまだシリウスたちへ恨みを持つ者は……やはり多い。

 きっと途方もない時間と努力を要するが、そんな世界をゆっくりでも良い方向へ持っていくため、私は私でルフトラグナと一緒に行動している。



「ほらベル。ご飯が冷めないうちに来てくださいね」


「うん、すぐ行くよ!」



 ……ルフトラグナも、みんなも、ちゃんと生きている。

 もちろん、生きている以上は死から逃げられない。

 死はいつか必ず訪れるものだから。


 ────だけど、死を忘れることは決してあってはならないと。


 死は乗り越えるべきではないと。


 死が怖いままでいいと。


 私はそう思うことにした。

 それがあるからこそ、こうして生きていることを成し遂げられて、今みんなと共に生きることが出来て嬉しく思う。

 

 生きているからこそ、今後いろいろ課題があるけど…………少しだけ、この行き着いた運命を喜ぶくらいの休息は許されるだろう──────。



 ─────私は辿り着いた。



 ─────私は生きている。


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Ⅰアライブ ゆーしゃエホーマキ @kuromaki_yusaku

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