2話目『旅立ちの日』

 少女は泣き止んだ。と思ったら、その後すぐに眠ってしまった。

 その間に、魔王はしばらく考えていた。なぜ少女が国の人全てを消してしまったのか。

 少女は自分の眼を見た人を消してしまう、それは恐らく、少女の年齢からして突然発現したものである可能性が高い。生まれながらに備わっている力ではないということだ。

 しかしそれが分かったところで、魔王にはどうすることもできなかった。


「さて、君のその眼は一体……」


 少女の眼について考えていると、魔王の心臓部から小さな光の粒のようなものが現れた。


「大精霊、この眼の正体について分かるか?」


 魔王はその光を大精霊と呼び、質問を投げ掛けた。


「見た人を消してしまう眼か。そんな眼について今まで聞いたことないな」


「そうか。お前でも分からないか」


「でも眼に関してのことなら詳しく知っている魔女がいるって昔聞いたことがあるかな。確か魔法国家エルドラゴン、とかいう国だったかな」


「ならそこに行ってみるしかないな」


「くれぐれも気をつけてね。少女が見た者は消えてしまうんだから。もし大勢の人が見てる前でその能力が発動してしまったら、その少女は殺されるだろうからね」


「ああ。気をつけるさ」


「それじゃ頑張ってね。私はもう寝るね」


「ああ。おやすみ」


 光は魔王の体の中に吸い込まれるようにして消えていった。

 会話を終えた直後、少女は目を覚ました。


「あれ、寝ちゃってた……」


 少女は目をこすり、寝ぼけながら魔王の顔を見た。一瞬視界にいれたことに動揺してすぐに視線を逸らしたが、魔王が消えていないことを思い出し、またゆっくりと魔王の顔を見た。


「よく眠れたか?」


「う、うん」


 寝ぼけながら少女は答える。

 目を覚ました少女の顔は、最初に会った時とは比べてとても穏やかになっていた。


「ところで君の名前を聞いていなかったね。名前は何て言うんだ?」


「私はレイ。魔王様は?」


「俺か。俺は……そうだな。俺には魔王以外の名前はないんだよ」


 その時に魔王が思い出したのは、険しい表情で自分を見下ろす二人の両親の姿。


「じゃあ何て呼ばれてたの?」


「おい、とか、お前、とか……そういう感じで名前がなくとも困りはしなかったかな。でも……欲しかったかな。名前っていうものが」


 魔王は少し切なそうにしていた。

 するとレイは魔王の手を掴んだ。


「じゃあ私が魔王様に名前をつけてあげるよ」


「今さら名前なんて……」


「助けてくれたお礼くらいさせてよ。私がとっておきの名前を考えたから、だから魔王様にその名前を与えます」


「わ、分かった。なら頼む」


 レイの潔白な瞳で真っ直ぐに見つめられ、つい断りきれず魔王は承諾した。


「それじゃ私の名前の"レイ"と魔王様は優しいからそれからとって"優しい"の言葉を合わせて、ヤサレイ、いや、レイヤサ……レイシー……レイシー」


「それが……俺の名前か?」


「そう。レイシー。どう、かな?」


 レイはその名前に自信がないのか、少しうつ向いていた。

 そんなレイの頭を優しく撫でて、魔王は嬉しそうに呟く。


「ありがとうな。気に入ったよ。その名前」


 そう言われたレイは満面の笑みで喜んでいた。


「それじゃあレイ、これから旅に行こうか」


「旅?どうして?」


「その眼の謎を解き明かせれば、レイ、君をその力から救えるかもしれない。だから今は俺について来てくれ。俺が必ず護るから」


「でも……私が見た人は消えちゃうんだよ」


「それなら大丈夫。目隠しをすれば良い。そして目隠しをしている間は俺の手をずっと握っていろ」


「うん」


「すぐに君をその呪縛から解き放つ。だからそれまで、不便だろうけど耐えてくれ」


 レイはそのことに嬉しそうにしていた。


「それじゃ行こう。その眼の真実を解き明かしに」


 向かうべき場所は魔法国家エルドラゴン。

 そこへ行き、眼の真実を知り、少女をその呪縛から解放する。そのために、魔王は今少女と旅に出る。

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