03-03-11 漢九 順帝劉保

 順帝じゅんてい、名は「劉保りゅうほ」。孫程そんていらによって立てられたことにより、宦官のうち功あった十九名を列侯した。

 りょう皇后の父の「梁商りょうしょう」を大将軍に任じた。梁商が死ぬと、子の「梁冀りょうき」が大将軍に、「梁不疑りょうふぎ」が河南尹かなんいんになった。


 八つのエリアにそれぞれ使者が遣わされる。ただこの時、「張綱ちょうこう」だけは車輪を洛陽らくようの駅に埋めてしまい、抗弁した。

「都を豹や狼が牛耳っておる中、田舎の狸や狐を問うて、いかがするのだ」

 そうして、堂々と梁冀や梁不疑の罪状に関する十五条を提示。順帝自身梁冀らに罪があるのは分かっていたが、結局採用することはできなかった。


 この事件があったため、梁冀も張綱を中傷しようと企んだ。おりしも広陵こうりょうにいた「張嬰ちょうえい」という賊を長らく討伐しきれずにいたため、張鋼にも失敗させようと広陵太守に任じた。

 すると張綱は単身張嬰の砦に乗り込み、相まみえて説得。ついには張嬰は一万人あまりを率い、張綱に投降する。張綱は砦の中で宴を催し、その後降伏を申し出てきたものに対し好きなところに去るよう伝えた。こうして広陵周辺の地方は平和を取り戻す。

 張綱は広陵に在任中死亡した。張嬰らは喪服にて張綱の葬儀に参列した。



 この頃の郡主クラスには、他にも能吏がいた。冀州きしゅう刺史の「蘇章そしょう」である。彼の友人が冀州の一都市、清河せいがの太守になっていた。蘇章が友人のもとに視察に赴くと、友人は酒を出して蘇章を歓待。友人は喜んで蘇章に言う。

「わしは皇帝陛下のほか、蘇章殿といういまひとつの天にも守られておるのだ」

 それを聞いた蘇章は真面目な顔で言う。

「いま、わしは友人と酒を飲むためここにおる。明日よりは冀州刺史として働くがな」

 そして友人がなしていた贈賄を暴き、検挙した。



蒙求もうぎゅう


暴勝持斧ぼうしょうじふ 張綱埋輪ちょうこうまいりん

 前漢武帝ぶていの治世、地方反乱があった。暴勝之しょうぼうしは斧をぶん回して思いっきり地方反乱を駆逐した。

 後漢順帝じゅんていの時代、張綱は中央で奸臣が跋扈する中地方風俗の視察に出向かされることになった。そこで巡察に当たって乗る車の車輪を洛陽に埋め「中央の虎狼をどうにかしないまま地方の狸狐を見てどうするのだ」と、奸臣たちの弾劾状を提出した。もちろん奸臣たちからは煙たがられて左遷させられた。

 強すぎるふたり。ひとりは武、ひとりは悪を憎む心。


虞卿擔簦ぐきょうたんとう 蘇章負笈そしょうふきゅう

 戦国ちょう孝成王こうせいおうにまみえた虞卿はわらじに簦(長柄の傘のようなもの)のみをもった程度の格好だったが、ひとたび自説を説けば、たちまち孝成王に重んじられるのだった。

 後漢順帝じゅんていの時代に郡太守として清廉な政治を貫いた蘇章は、若い頃勉強のためであれば本の入った篭を背負い、どこまでも赴いたのだという。

 簦と笈は部首的にも、ともに竹によって作られた道具なのでしょうね。そういった道具に絡む知恵者ふたり、という感じだろう。

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