第2話 壊れたココロ その2

桜井美奈子の日記より


移動教室の後は体育。というより体力測定。

当然、私達と騎士は別。

生で騎士の人たちの動きを見たのは初めてだったので、体育の間中、ほとんど私は見学状態。「授業に集中しろ」って先生に怒られた(^_^;)

最初、校庭の隅に立てられたポールの意味がわかんなかったけど、よく見たら走り高跳びのポールとバーだった。

高さは10メートル以上。

騎士養成コースの人たちが器用に上っていってポールを設置。

みんな楽々とクリアしていく。

アゼンとしてみているしかなかった。

あんな高いトコロにあるものを、みんな平気な顔して飛び越えていくんだもの。

私が超えられなかった1メートル50なんてものじゃない。

特にすごいのが水瀬君と草薙君。後は御劔さん。

草薙君は1メートル80センチ近いし、御劔さんも女の子だけど175センチの堂々とした体格。

対して水瀬君は150センチもない小柄な体。

でも、水瀬君は一つたりとも、草薙君や御劔さんに負けていない。

ほとんどが20メートルで脱落したのに、この三人はその後も次々と高くしていった。

「23!?ダメやダメや!30いけや!」

「ちょっと!測定なんだからきちんとやりなさいよ!」

「なんや、涼子、30も飛べへんのか」

「なんですってぇ!?」

結局、34メートルで御劔さん。34.5メートルで草薙君がバーを落とした。

35メートルを超えられたのは水瀬君だけ。

「運動神経じゃなくて、もう常識・非常識の問題な気が」って唯ちゃんがいっていたけど激しく同意。

ただ、水瀬君、着地に失敗して保健室送りになっていたけど……(−_−)。


「あいつ、絶対魔法使ってた!」

水瀬君がタンカで運ばれていった後、クラスメートの数人が騒ぎ出した。

「じゃなきゃ、あんなに飛べるはずがない!」

「あいつキタねぇ!」

というのが彼らの言い分。

特に新井君かな。20メートル超えられなかったのが悔しかったんだろう。一番怒っていた。

「自分が越えられなかったことを、他人のせいにするのはどうかと思うぞ。新井」

「ぐっ」

南雲先生にたしなめられて悔しそうに先生をにらむ新井君だけど、南雲先生は新井君を無視するように、草薙君をチラリと見た後、言った。

「草薙、オマエはどう見た?」

「……アイツ、そこそこ本気やったな」

草薙君はつまらないって顔で校庭にねそべりながら続けた。

「着地も魔法がどうこうやからやない。アイツ、何かを避けようとして失敗したんや」

「何かってなんだよ!わかるようにしゃべれよな、草薙!」

「バカでもわかるようにしゃべってるつもりやで?」

「んだとぉ!?」

「大体、魔法を使ったら、着地じゃあんな無様な失敗になるんか?」


授業の後、水瀬君が新井君達に更衣室で殴られそうになった。

何でも、魔法を使って測定をごまかしていたという新井君に、水瀬君は「使っていない」と否定したのに、「気に入らない」といって、新井君が水瀬君に殴りかかり、秋篠君や草薙君に取り押さえられた、というか、草薙君に殴り倒されたという。

「ジャンプ力を高める魔法なんて知らないよ」というのが水瀬君の言い分。

結局、魔法騎士に対する偏見が新井君にああいう行動をとらせたってことか。


「大変だったね」

「ああいうの、もう、慣れてるから」

放課後、掃除当番をしながらそんなやりとり。

「さみしくないの?くやしくないの?私だったら絶対イヤだよ」

「僕たち魔法騎士は、そういうものなんだ。力があるってことは、そういうことなんだ」

「水瀬君……」掃除の手を止めて水瀬君を見つめる。

「忌み嫌われるくらいで丁度いいって、そう思う」

 水瀬君は机を運びながら、なんでもないって顔。

「そんな!」

「……そう思うことにしてるんだ。でなければやっていけないから」

私に背を向けていたのがきっと幸いしていたとだろう。

私は、そんなことを口にした水瀬君の表情を見ずに済んだ。


 掃除が終わって、秋篠君と合流。

 新井君のことで渋い顔した秋篠君をなだめすかして、さて。どこへ行こうかしら。

マックにでもいこうかな。

 「買い食いは悪いことだぞ!」

 小学生か、あんたは。と、真顔で言い切った博雅君に心の中でツッコミいれておく。


「でな。父上も大騒ぎで−」

入学試験の翌日、博正君の家であったある事件について博雅君とやりとりしながら廊下の角にさしかかった時−。

「きゃっ」

よそ見していたから誰かとぶつかって転んでしまった。

いった〜っ!

おしりをさすりさすりぶつかった相手を見上げる。

青い袖章だから三年生。ボブカットのキツイ顔の人だった。

冷たい、どこまでも冷たい感じの人。


中学時代の私の先輩だと気づくのに、少し時間が必要だった。


すらっとした理想的な体型も、整った顔立ちも、すべてがその冷たさで台無しになっている。

そんな印象。

中学時代は、もっと明るくていい人だったのに……。


先輩、変わったな。



 「すっ。すみません。すみません!」

 怖かったから立ち上がって平謝りに謝る私。

 「……」

 でも、先輩は何も言わずに立ち去っていった。

 私も、かける言葉を失っていた。

 まるで、私なんて知らないって感じ……。

 どうして?


 「大丈夫か?」と博雅君。

 「ええ。でも、さっきの−」

 「あの人には関わるな」


 どういうこと?


 聞き返したかったけど、おしりのあたりに何か違和感。


 後ろを振り返ると

 「大丈夫?痛くなかった?」

 なぜか水瀬君の声がおしりのあたりから聞こえる。


 ……へ?


 みると、水瀬君、私のおしりをなで回してる。

 「痛いの痛いの飛んでけ〜っ」


 ゴチっ!


 思い切り振り下ろしたカバンの角が水瀬君のアタマを直撃した。

 「ええ。とんでったわよ!君のアタマにね!」

 「……こいつ、魂がどこかへ飛んでったんじゃないか?」

 ジョーシキがどこかへ吹っ飛んでるのよ!元からね!


 水瀬君、保健室送り本日二回目。


「おせわになりました」

ぺこっとアタマを下げて保健室を出た私達は、まだ涙目の水瀬君を引きずるようにして下駄箱に向かった。

「おまじないしただけなのにぃ」という水瀬君は本気でそういうつもりじゃなかったとはいえ、バツとして一週間、お昼おごらせることに決定!

この私の温情に永遠に感謝なさい!


「で、博雅君、さっきのことだけど」

「沼田先輩のことか?」


博雅君の説明を箇条書きするとこうなる。

・さっきの先輩は沼田恵美子先輩。

・美人だが、性格が暗いせいで周囲にとけ込めず、ようするにイジメられていた。

・そのイジメはかなりのものだったらしい。

・ある日、彼女を特にイジメていた女生徒数名が交通事故で死んだ。

・それ以来、彼女をイジメていた生徒が次々と死ぬか大ケガしている。

・死者だけで7人。けが人はその倍近く。

・あまりに被害がひどかったせいで、クラスが呪われているなんて噂が飛び交い、事態は緊急のクラス替えや担任の辞職までいったらしい。

・彼女に関わると死ぬっていうもっぱらの噂になっている。


なんだが、無意識に水瀬君の横顔を見つめた。

何もしていないのに、いじめられて、そんな噂がたった。

今でも。

それってまるで−。


事件は、この後起きた。

私達は下駄箱で、騒ぎの第一報を聞いた。

男子生徒が窓から落ちたという。

先生達は大騒ぎ。

保健室の先生が血相を変えて走っていったから、後をついていこうとして怒られた。

向かった先は理科棟。4階建ての学校で一番新しい建物。

近づこうとしたら先生達が生徒を追い散らしていた。

「生徒はすぐに帰りなさい!」って。


すぐに救急車が来て運ばれていったけど、どうやら新井君とそのお兄さんらしい。

さすがに心配。


追伸 さっきの袋は、博雅君のものだと判明。

お礼代わりにラーメンをおごってくれました(正しくは、水瀬君がおごらせたというべきだけど……ゴチになりました(-_-))



 夜、美奈子の携帯に、中学の同級生だった未亜から電話があった。

 何かと思ったら、新井君のことだという。

 ゴシップ好きな子からの情報だから、美奈子は話半分で聞いてあげることにした。

 未亜によると、新井君達は「落ちた」んじゃなくて「落とされた」そうだ。

 情報の出所が怪しい未亜なので、美奈子は頭から信じようとはしなかった。

 『でさ−』

 「あのねぇ」

 『にゃ?』

 「新井君は騎士なのよ?騎士!たかが10メートルちょっとの所からなんて余裕で地面に降りるに決まってるじゃない」

 『それが違うんだなぁ』

 「はぁ?」

 『新井君達は、地面に「落ちた」んじゃなくて、「落とされた」っていったじゃん。新井君達、意識が戻らないからはっきりとしたことわかんないけどさ』

 「でもねぇ」

 『それにね?警察の人もいってたけど、正確にはぁ、「落ちた」っていうより、「叩きつけられた」っていった方がいいんだって。騎士じゃなかったら即死してる位。だから、かえって先生達も首かしげてるんだって。どうして、どうやって、どこから二人が地面に落ちたのかって』

 「どこからどこまで信じていいかわかんないけど−」

 『違うもんね!』

 未亜はムキになって否定する。

 『ちゃんと職員会議、盗聴してしいれた情報だもん!』

 「あんたねぇ!」

 

 この夜、美奈子は、盗聴器仕掛けられてないか部屋中を調べた後で、ようやくベットに潜り込んだという。

 




 −同日 深夜−

 −某所−

 −?????−



 グチャ

 

  ビチャ


 鉄の匂いが充満する中、足下に転がるオトコの背広から財布を抜き取ろうとして、体に走る痛みに顔をゆがめた。


 今日、新井達を殺し損ねたのは誤算だった。

 あの新入生のせいだ。

 体育の時、事故に見せかけてまず弟から殺そうとしたのに、それをアイツは邪魔をした。


 否

 

 邪魔どころではない。

 逆襲さえしてきた。

 あの時、私を吹き飛ばしたあの力−。

 絶対、アイツの仕業に違いない。

 放課後、また、しかも、今度は兄弟で私を嬲りモノにしようとした新井達を殺し損ねたのも、あの攻撃を受けて力が足りなかったせいだ。

 

 許せない。

  

 新井達は絶対に殺す。

 それがこの世界のルールだから。

 私を汚した者は世界を汚した敵。

 敵なら殺されるべき。

 そうでなければならない。


 私は手にしたカードケースを開き、目の前で食事中のペットに声をかける。

 新井達を殺しに行くために。

 

 「さぁ−おいで」

  

 この子は抵抗する人間の体を食いちぎるのが大好きなかわいい子。

 内蔵の中でも生きた人間の肝臓は大好物。

 このオジサンも、随分抵抗してくれたから楽しめたろう。

 おじさんが肝臓を引きちぎられた時のあの光景は、私もかなり楽しめた。

 名前くらい−。あ。財布があった。

 

 へぇ。

 市の教育委員長なんだ。

 エライのにね。


 さ、次のご飯はちょっと物足りないかもしれないけど、食べてもらうわ。

 

 「戻りなさい。獣(ビースト)」

 

 命令に従ってケースに戻る私のかわいいペット。

 

 新井達の居場所はわかっている。

 この子以外の子達にも新しいご飯をあげなくちゃ。


 きびすを返す私の背後には、食いちぎられた内蔵をさらす、どこかのオヤジのなれの果てがあった。


 おじさん。この子のエサとお金、ありがとね。

 

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