ヴァルキリーズストーム外伝 プロジェクトX(ちょめ) 戦車を開発せよ!

綿屋伊織

第1話

●事前説明

時代は三十年戦争初期、1970年代位になります。




 戦場で兵士達を最も苦しめた存在。

 それは―――狩野粒子。

 ICやLSIといった電子装備を破壊し、それをもって制御される兵器を尽く使用不能にしてのけた、まさにバケモノ。

 世界最高水準を誇る帝國軍の90式戦車を始め、人類ほとんどの主要戦車が、この存在のために鉄くず同然に破壊されていった。

 搭乗する戦車兵と共に―――。


 帝國軍は、この問題に対して、当初、90式戦車の電子装備全てを外し、稼動させるという無茶苦茶なことを企画。

 完璧に失敗した。

 何しろ、軍司令部は、戦車の中で最も高額な電子装備を外して、それで同じ性能を出せと要求してきたのだ。

 一体、何のための電子装備か知ってるか?

 そう、聞きたくなるような要求。

 これこそが、当時、軍そのものが狩野粒子という存在に対して混乱していたことの顕著な証明といえるだろう。


「何としても、前線に戦車を送らねばならない」

 帝國軍開発局戦闘車両開発部門2課課長は、会議室に並ぶ技官達を前にそう切り出した。

「現在、74式戦車を狩野粒子下でも稼動するよう、1課が研究を進めているが、かなり厳しい」

 背の低い、ごま塩頭の課長の声に覇気はない。

「そこで、我々もやらねばならない」

「課長」

 席を立って発現したのは、2課の新米技官新井だ。

「74式がどうして稼動状態に持ち込むのに苦労しているんですか?」

「近代化改装の悪影響さ」

 新米に諭すような口調で課長は言った。

「あんだけ無駄な予算かけて、全部を電子装備で固めちまったんだ。元に戻すことなんてこれっぽっちも考えずにだ。おかげで戦車を一度全部バラして、倉庫で眠ってた旧式のパーツで組み上げて、何とかしようとしている。当然、困難が付きまとう」

「はあ……」

「まだわからないという顔だな。新井、もう二度と戻さないことを前提に行われた改良だ。そして、狩野粒子の下では真空管以上の電子装備は全て使い物にならん。そこで、我々がやろうとしていることは―――わかるな?」

「まず、テストとして1940年代、電子制御がほとんど使われていない戦車の試験的生産と、実戦向けの改良」

「その通りだ」

 課長は嬉しそうに頷いた。

「すでに3課がS-Tankをベースに開発中だ。我々も、それに遅れるわけにはいかん」


 帝國軍が開発局戦闘車両開発部門に命じたことは、ある意味で合理的だった。

 帝國軍は、3つの可能性を考慮したのだ。

 まず一つが、現代戦車の改良。

 これを1課が74式戦車で実施している。

 第二が、過去の戦車の改良。

 これが新井達2課の仕事。

 第三が、海外戦車の改良。

 これが3課の仕事だ。


 74式戦車は、数年前に終了した60式戦車の退役(つまりスクラップ)にあわせ、現代の電子戦に対応できるよう、電子装備がこれでもかと搭載され、基本性能を主力戦車である90式戦車に近いレベルまでアップグレードしていた。

 これが狩野粒子下では逆に74式戦車を使い物にならなくしており、1課はもっぱら、この尻ぬぐいに奔走しているが、


 “一から再生産したほうがマシ”


 1課の技官達は半ばさじを投げているという。



 そして新井達2課は―――


「この仕事は、面白いといえば面白い」

 課長が黒板に貼り付けたのは、新井にとって嫌でも思い出のある図面だった。

「戦車オタクが高じて、この世界に入ってきた若手、その指導に当たった私が何年もかけて書いては直し、書いては直し、書き上げた設計図だ」

 課長の顔は、どことなく誇らしげに見える。

「1940年代、ドイツ帝國軍が開発した重戦車ケーニヒス・ティーガー。技官のおもしろさを知ってもらおうと、私はこの戦車の設計図を渡し、現代第一線で活躍できるよう改良しろと言ったもんだ」

 かつて開発局戦闘車両開発部門の新人指導員だった課長は、かつての教え子達を前に、昔を懐かしむように言った。

「どう考えても走りもしない設計図を書いてきた者もいた。コストというものを忘れてきた者もいた……懐かしい」

「あの……それで」

 新井の横にいた松本技官が苦い顔で言った。

「我々はどう?」

「何だ。君のことだったのに」

「……課長」

「そんなに苦虫を潰しなさんな。君はいいセンスはしていたんだ。現に、今では私の後釜に入れるほどじゃないか」

「事態はそんな悠長なことを言ってる場合ではありません」

「……そうだな」

 課長は、黒板に貼り付けた図面をちらと見て言った。

「最新版の設計図はこれだ」

 新井は少し恥ずかしそうに目を伏せた。

「そこにいる新井君の設計だがね―――なかなか、考えたものだよ」

 技官達の視線が自分に注がれるのを、新井は目を伏せて耐えた。

「元々のケーニヒスティーガーの性能諸元だが―――

 全長 10.286 m

 車体長 7.26 m

 全幅 3.755 m

 全高 3.075 m

 重量 69.8 t

 速度 20 km/h

 行動距離 170 km

 主砲 88 mm

 ……この戦車を、74式戦車並に仕立て直すことから、君たちはスタートしたのだ」


ちなみに、74式戦車のスペックはこうだ。


 全長 9.41 m

 車体長 6.70 m

 全幅 3.18 m

 全高 2.25 m

 重量 38 t

 速度 53 km/h

 行動距離 300 km

 主砲 105mmライフル砲


「諸君」

 課長は新たな紙を黒板に貼り付けながら言った。

「まず、新井君の設計図を元に、開発を進める。問題点その他は、すべて新井君の責任ということで、文句はすべて、新井君に頼む」

「そんな殺生な……」

「新井君の示した性能諸元は、こうだ。


 全長 9.38m

 全幅 3.1m

 全高 2.57m

 重量 34t

 乗員 3名

 速度 55 km/h

 武装 71口径105mm戦車砲×1


 ……頑張ろうじゃないか。 」


 しくじったらお前の責任だ!


 先輩技官達にさんざん冷やかされた新井は、食堂で無理矢理カレーを喉に押し込んでいた。

 美味くも何ともない。

 砂を噛んでいるようなものだ。

「新井君」

 そこに近づいてきたのは、同期の技官、後藤綾子。

 同じ大学出身ということもあり、新井にとっては気の知れた友人、そんな関係だ。

 背は高いし、顔立ちもそれほど悪くないため、技官の間では人気の高い女性となっている。

「どうしたの?そんなお通夜みたいな顔して」

 ここ、いい?

 そう断って、後藤は新井の前に腰を下ろした。

 トレイにはAランチが載っていたが、今の新井にはとても食べられる代物ではなかった。

「うん……実は……覚えてる?あの、新人研修で書いた設計図」

「ああ。ケーニヒスティーガーの?」

「そう。2課、あれ本気で作るんだって。しかも、僕の設計図で」

「まぁ!」

 後藤はびっくりした顔で新井を見ると、心底感激したという声で言った。

「すごいじゃない!あれ、過去20年間在職する技官全員が書いた設計図よ?その中で、あなたの書いた設計図が採用されたなんて!」

「……なんか、そう言われると嬉しいけどさ」

「何?何が嬉しくないの?」

「……改めて考えると、恥ずかしい」

「成る程?」

 後藤は言った。

「だけどもう、そんな事言ってる場合じゃないでしょう?アフリカや南米を取り戻すためには、勝てる武器が必要なのよ」

「えっ?」

「私達は、戦車を作る。戦車こそが、戦場で勝つための最高の兵器なんだから」

「……後藤は、強いね」

「知らなかった?女は強い生き物なのよ」

「くすっ。その強いお方は、どんな戦車をお作りで?」

「3課はもう、戦車にすること止めた」

「えっ?」

「3課の福田課長、戦場での魔族軍の攻撃記録を見て、戦車は不要だって主張しているのよ」

「言ってることが矛盾している」

 新井は言った。

「戦車が必要だって言って、その後に不要だなんて」

「あら。ごめんなさい」

 後藤は軽く手を合わせて微笑んだ。

 普段、鉄の塊相手に仕事をしているため、こういった女性のちょっとした仕草だけで、新井は顔が赤くなるのを押さえられない。

「戦車砲を搭載しない―――そう言ったらわかる?」

「戦車砲を?……自走砲?それとも対空砲?」

「対空砲―――というか、航空砲を搭載する」

「20ミリ?」

「ううん?30ミリ」

「A-10の!?」

 新井は目を見張った。

 米国空軍の攻撃機A-10に搭載される30ミリガドリング砲GAU-8。

 それを戦車に搭載する?

 出来るのか?

「元から大型だから、戦車にでも搭載するのが妥当でしょ?」

 食事を食べ終わった後藤は新井に言った。

「破壊力はバツグンだから、見ていて?有効性は、絶対に証明してみせるから!」



 3課の開発が最も順調らしい。

 3課の試作型が陸軍高官に気に入られた。

 3課の試作型は、すぐに採用される前提で開発されている。


 新井の耳にそんな情報が入ったのは、星が降った翌日だった。

 仕事の手を休めて、新井は3課の実験光景が見える場所に自転車で移動した。

 小高い丘の先。

 戦車用の壕に入っているのは、S-Tankだ。

 だが、その上に載っているのは何だ?

 待ち伏せ戦術に特化した車高の低いスタイルが身上のS-Tank。

 その特徴を台無しにする物体。

 一目で後藤とわかるつなぎ姿の女性がその近くに見える。

 新井は彼女達、3課に見つからないように、そっと身をかがめて様子をうかがった。


 ギィィィィン


 何か、モーターが回転する音が新井の耳に届く。


 そして―――


 Vooooooom!


 その射撃音と共に放たれるのは砲弾。


「あ、あれ、ガドリング砲か!?」

「―――声が大きい」

 驚愕する新井の横で、さらに新井を驚かせる声があがった。

 横を見ると、課長がいた。

「かっ!?」

「後藤君と乳くりあいかと思って見物に来たが、これは意外なモノを見た」

「あ、あれは」

「ああ―――考えたモノだ」

 課長は言った。

「飽和攻撃を仕掛けてくる魔族軍に対抗するため、大口径のガドリング砲を搭載したわけだ。成る程?それで低い車高のS-Tankを強行に主張していたのだな」

 ガドリング砲弾を浴びるのは74式戦車。

 すでにズタズタにされている。

「3課の採用は決定的だな」

「では!」

「何」課長は不敵に笑った。

「100ミリ砲以上でなければ対抗できない敵を相手にするのは、我々の開発した戦車だ」

 課長は斜面を滑り降りながら言った。

「30ミリじゃ、かならずしも勝負にはならんよ」



 キュラキュラ

 キュラ……ズシャッ!

「ストップ!」

 新井は額に手を当てた。

 新井の目の前で試作型戦車の履帯が見事に外れ、整備兵が駆け寄っていく。

 まただ。

 74式戦車の油圧サスペンションを組み込んでみたが、何故か上手くいかない。

 戦車で最もモノをいうカ所。

 足回り。

 それがこんなに信頼性が低ければどうしようもない!

 最悪なことに、その原因がわからないのだ。

「問題は油圧の制御にある」

「制御システムを改良したのが問題ではないか?」

 連日開かれる会議で新井は叩かれまくった。

「課長、設計図に問題は」

「調べろ」

 課長は他の技官の言葉ににべもなく答えるだけ。

 絶対、この人は答えを知っている。

 皆がそう思うのに、肝心の課長は知らん顔だ。

「他、開発状況は?」


 機械式半自動装填装置。

 軽量化された複合装甲。

 エンジン。

 機械式トランスミッション。

 砲スタビライザー制御

 戦車として必要な機能のほとんど全てが動作面、耐久性、整備性で合格している。

 あと、問題になるのは、新井が担当している足回りだけだ。


 どうしても、どうして油圧式サスペンションが上手く動作しないのか。

 それがわからない。


 夜、居残った新井は自分のデスクで頭を抱えていた。

「……ん?」

 ふと、気づいたことがあった。

 そういえば、S-Tankも油圧式だったな……。


 新井は3課に向かった。


「あら?まだいたんだ」

 後藤がデスクでコーヒーを飲んでいた。

「後藤……済まないが」

「ほら」

 後藤は、新井に書類を手渡した。

 その顔は、何故か怒っていた。

「2課長から言われてる。あんた……ホンモノのバカね」

「えっ?」

「74式戦車の油圧サス、ダウンサイズさせてそれで事足りてるなんて錯覚してることに、何で気づかないのよ!」

「……あっ!」

 新井は目を見張った。

 そう。戦車のサイズが違うからといって、サスペンションを小型化させたのだが、

「油圧の効果、ろくすっぽ調べないで組み込んだでしょう?―――ほら、あんたの気の遠くなるような設計図元にして、再設計してあげたから」

「あ、ありがとう!」

 感極まった新井は後藤を抱きしめるなり、その唇を奪った。

「ば、バカッ!」

 びっくりした顔の後藤にお構いなしで新井は叫んだ。

「責任はとるさ!」

 設計図を手に部屋を駆け出す新井の背に、後藤は言った。

「とってよね!」



 新井は、後藤の書いた設計図と自分の書いた設計図を比較するなり、105ミリ砲弾を喰らって自殺したくなった。


 同じサスペンションをベースにしたのに、まるで別物だ。

 格納庫に納められた試作戦車はサスペンション整備の状態で放置されている。

「幸い……」

 新井は、サスペンションの部品をかき集め、問題となるカ所の組み直しにとりかかった。

「部品は互換性の効くものばかりで助かったな」



 1週間後。


 ドンッ!

 ドドンッ!

「命中っ!」

 観測官が歓声を上げた。

「素晴らしいっ!」

 技官の中からも声が上がる。

 今のところ、およそ戦車として求められる機動すべてをこなしつつ、的にほとんどの砲弾を命中させることに成功しているのだ。

「全ては、油圧サスペンションの産物だな」

 課長は言った。

「新井君の功績だ」

「いや……実は」

「ああ……そうか」

 課長は思い出したように言った。

「奥さんの功績か」

「はい……へっ?」

「入籍したんだろう?」

「誰が、ですか?」

「君と旧姓後藤君」

「し、してませんよ!?」

「後藤君が君と入籍したと周囲に言いふらしているぞ?」

「……えっ?」

 新井はその時、初めて思い出した。

 あの時のキス。

 あの時、確かに自分は言った。

「責任はとる」

 後藤は、確かに責任をとらせようとしているのだ。

 だけど、キスで結婚まで行くのはどうなんだろう。


「ま、今は、君自身の大砲より、戦車の砲を心配してくれたまえ」

「課長、それ……セクハラです」

「君、男だろうが」



 足回りの完成により、試作戦車は試作車両20両の生産の後、簡単な実戦テストを受けて本格的な生産が開始された。

 制式名称八式戦車。

 ケーニヒスティーガーの直系といって差し支えのないデザインは、生産開始と同時に世界的にセンセーションを巻き起こした。

 抗議するかと思われたドイツ帝国政府からは供与の申し出があった程で、新井達はすぐに127ミリ砲搭載型の八式駆逐戦車の開発をスタートさせていた。


 そんな時だ。


「搭乗拒否って、どういうことですか!?」

 新井達は、顔を真っ赤にして課長に詰め寄っていた。

「私に言われても仕方あるまい」

 課長はうんざりした顔でそう言った。

「戦車兵達が、“乗りたくない”と言ってるそうだ」

「何故です!」

「それはだね」


 八式戦車

 その名を世間に轟かせたもう一つの理由がある。

 それは、


 戦車兵が搭乗を拒否した。


 これだ。


 理由は簡単だ。


 本来70トン近い重量を誇ったケーニヒスティーガーに対して、八式戦車は35トン。

 ほぼ、半分の重量しかない。

 戦車兵達が恐れたのは、この軽量さ故だ。


 装甲がない。


 戦車の中でも重量を必要とする装甲。


 それを削りまくった結果、この軽量が実現した。


 そんな噂が戦車兵達に蔓延したのだ。


「そんなことないのはわかってるでしょう!?」

 装甲担当の女性技官はヒステリックに怒鳴った。

「あの当時の装甲と同じ効果を、今の技術なら4分の1の軽さで実現できることはご存じのはずです!」

「ああ。わかっとるよ」

 課長は煩わしそうに耳をほじりながら頷いた。

「だから、戦車兵相手にデモンストレーションすることになった」

「デモンストレーション?」

「そうだ―――我々にはちと、酷な話だがな」

「?」

「90式戦車の的にして、装甲の安全性を主張することにした」


 すでに試作3号車が被弾耐久性調査のためスクラップになっている。

 それだけでは戦車兵を納得させることが出来ないと判断した軍司令部は、量産15号車から20号車までを90式戦車の的として破壊することを命令してきたのだ。


「納得出来るか!」

 新井は食堂で後藤相手に怒鳴った。

「せっかくの新品だぞ!?」

「妻に怒らないでよ」

「……責任はとるけどさ」

「ふふっ。女の前で軽々しい約束はしないことよ?」

「覚えておくよ」


 その数日後、的に指定された哀れなる八式戦車達は、90式戦車達のエジキとなりながらも、高い耐弾性能を戦車兵達に誇示してのけた。


 実戦配備は迅速に行われ、戦車装備がなかった帝国軍の志気向上に大いに寄与した。


 そして後藤達が開発した八八式自走対空砲―――別名「ハエ叩き」と共に、日本の重工系企業のほとんどで連日生産され、わずか1年に満たない期間で1200両以上が生産され、戦場を駆けることになる。


 なお―――喪失車両680両をどう判断するかは、評価が未だ別れているところであることを付け加えておこう。




   

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