教養

 道が見えてきたアリサにマリ様は、


「アリサには教養が必要です」


 アリサって義務教育だから中学を卒業できたようなもの。それぐらいのバカ。でもそんなアリサにこれから必要なものをマリ様に教えて頂けることになったんだ。これはアリサが進んで行くのに必要なものだし、なければ進めないもの。


 とにかくバカだから、笑われちゃいそうだけど、なんと漢字から始まった。それぐらいアリサはバカすぎた。難しい字も多かったけど、意味もちゃんと教えて頂いた。だいぶ反省させられたけど覚えて行った。


 英語もあった。マリ様はアルファベットで覚えなくても良いと仰られて助かったと思ったけど、色んな単語を教えてもらった。言葉の教育は意味だけじゃなく、その言葉が具体的にはどんなことをするのかもあったんだ。


 ちょっと変わった事をするのが多かったし、アリサもいきなり出来るか自信がなっかたのよね。なんでもそうだけど、聞いただけですぐに出来るものじゃないじゃない。だから、まず聞いて覚えて、実地の練習があるはずと思ってた。でもマリ様は


「それは自ら経験して覚えるのです。だからこれは教養です」


 ちょっと変わった事の中には、怖いと言うか、そんなことを本当にするのかみたいなものもあったけど、


「今のアリサでは難しいでしょうが、いつかわかる日が来ます」


 バカだから仕方ないかもね。一方で、


「こういう知識は不要です。今すぐ忘れなさい」


 マリ様に教えて頂いているのは、アリサなりの理解で言えば、正しい女のあり方ぐらいかな。でもアリサには間違ってるどころか、不要な知識がテンコモリあったんだよ。覚えるより、忘れる方がラクチンだからマリ様が不要と仰られた知識は片っ端から忘れたよ。覚えてたって邪魔にしかならないし。


 間違いの訂正もテンコモリあった。あんまり多すぎて、全部じゃないかと思うぐらい。どれだけアリサがバカだったかわかったもの。さらにと言うか、もちろんと言うかだけど、アリサが覚えなければ事も山のよう。だから不要と言われ物はトットと忘れないとアリサの頭がパンクしちゃうじゃない。


 マリ様が言うには、正しく女が生きるために、世の中には間違った常識が多すぎるとしてた。これはマリ様の教えを受ければ受けるほどアリサもそうだとしか思えなかったもの。よくそんな事で女でございと生きてられるものかと不思議だったもの。


 マリ様の教養の教えはアリサにとって目から鱗のことも多かったけど、同時にどれほどバカな考えを持って、不幸な生き方をしていたかもわかっちゃんたんだ。そうなんだよ、マリ様はそんな不幸な境遇のアリサを救おうとしてくれてるんだ。


 マリ様の教えてくれる世界は、アリサにはまだまだ難しい事がいっぱいあったけど、マリ様の教え通りに従えば、夢のような世界がアリサが行けるのは良く分かったもの。そうだね、アリサが道を進むためにも絶対必要だし、進んで行って、いつの日か目的地に到着した時に知っていなければならないものぐらいの感じかな。



 マリ様の教えをアリサは懸命になって吸収したよ。マリ様は口癖のように仰られていたけど、


「これをアリサを覚えてるだけでは意味がありません。覚えて、考えて、行動しただけでも無意味です。アリサの心に深く刻み込み、考えるのではなく、自然にそうしたいと動かないとなりません」


 この言葉はアリサの胸に響いたもの。考えたり、悩んだり、ためらったりするようじゃダメなんだって。アリサが幸せになるためには、全部自分の物にしないとならないって。実はねこの大事な言葉もバカなアリサには最初は難しすぎたんだ。だからマリ様は、


「美味しいものを食べたら美味しいと思い、楽しいことがあれば楽しいと思い、嬉しいことがあれば嬉しいと思うのとまったく同じです。そう思う時にアリサは、なにも考えないでしょう」


 わっかりやすいでしょう。美味しいとか感じた時に理屈じゃないものね。楽しいも、嬉しいもそう。正しい女の生き方もそうで、マリ様の教えが何も考えずに出ないと意味がないってこと。アリサはまだまだだけどね。


 ホントにマリ様の教えはわかりやすいし、バカのアリサでもわかるように、こんなに親切に熱心に教えてくれるんだ。もっともアリサはバカだから、いつもしっかり反省してる。そうなんだよ、反省までマリ様は一切の手抜きがないから尊敬しちゃうんだ。


 とくにアリサが女としてやらなければならないこと、とくにこの世でなにがあっても大事なことについては何度も、何度も、バカのアリサでも忘れないように叩き込んでもらった。嬉しかったな。


 それはね、簡単に言うと、女が一番大事にしなければならない事。そんなものじゃない、この世に女の存在が許されてるぐらい大事なことなんだ。これを大事にしないと女なんて価値すらなくなっちゃうぐらい。


 子どもを産んだりとかとはまったく違うよ。アリサは産めないらしいけど、大事なことのためには、産めない方が良いとマリ様はしてた。ここもちょっと違うな、子どもを産むなんて女に取って、大事なことに比べれば些細すぎることぐらいだって。


 大事なことってなんだになるけど、女であることの存在価値のすべてかな。そのために女はこの世に生まれ来て、女であることのすべてを捧げるぐらいでそんなに間違っていないと思う。


 この辺はアリサにはまだ難しいところがあって、マリ様は「すべて」じゃ、全然足りないし、どう言ったら良いのかな、アリサの根っこみたいなところから捧げても全然足りないとされてた。


 とにかく大事だし、これはすべての基本中の基本で、ここからアリサの幸せが花開く重要な出発点みたいなもの。それだけは疑いようがない。というか、マリ様の言葉は、難しくてわからないこともあるけど、疑ったりする必要がないから、聞いてる方はそこはラクチンなんだ。そのまま信じたら良いだけだもの。


 逆に絶対にやってはならないこともあった。アリサは知らなかったけど、この世の女はやってるのが大部分と聞いてビックリしちゃったもの。ここもちょっとだけ難しいところがあったんだ。


「アリサの意思でするのは決して許されません。これはアリサが生きる限りのタブーです」

「マリ様、どういう事ですか」


 ここも実は反省になるところ。だってマリ様の許可なく質問は許されないし、マリ様の言葉に疑問を持つことは論外なんだ。でも、アリサはバカだし、躾けもまだ十分じゃないから思わず出ちゃったんだ。もちろん反省したよ。


「いずれアリサもこの言葉がわかる時が来ます。今はタブーとだけ覚えておけば十分です」


 まさにピシャリだった。ぼんやりだけどアリサがわかってきたのは、アリサの進んだ先には喜びが待ってるけど、その喜びはアリサが求めるのじゃなく、与えられるんだろうって。自分で求めるのはタブーぐらい。この辺はまだまだ勉強中だし、アリサが成長すればわかるようになるってマリ様も仰られていた。



 とにかく覚える事が多かったから、バカなアリサはなかなか覚えられなかったんだ。それがどれだけ悔しくて、悲しかったか。そんなアリサにマリ様は惜しみなく愛のムチを揮ってくれた。このムチにアリサはどれだけ勇気づけられたかわからないぐらい。


 ひたすらにアリサは努力し、精進を重ねた。アリサはマリ様を尊敬する。だって、バカなアリサが覚えるまで、こんなに教えて頂けるんだもの。それにマリ様が教えてくれる教養はアリサの世界を変えてくれる。


 マリ様の導く世界がどんなに素晴らしいものなのかが、バカのアリサでもドンドンわかってくるんだ。その世界に行くには絶対に必要な知識なのはわかるもの。一つ覚えるたびに、アリサが進んで行く実感は確実にあった。


 どれぐらい経ったかなんてわかりようもないけど、長かったのだけは間違いない。来る日も、来る日もマリ様の言葉にひたすら耳を傾ける日々が過ぎて行った。マリ様は不要な知識はすべてアリサから削ぎ落し、教え直し、必要な教えを刻み込んでくれた。そしてついに、


「アリサ、良く頑張りました」


 この言葉を聞いた瞬間にアリサはまた大きく変わったと感じました。これは進化したとも言えますし、アリサの道を大きく進ませた気がします。いやこれでは足りないかもしれません。アリサは何か決定的な変化をしたはずです。


 どう言えば良いでしょうか、もう後戻りできないとこまで進んだと言えば良いのでしょうか。これは悪い意味ではなく、良い意味でです。一つ大きな難所を越えたとか、関所を潜り抜けたに近いかもしれません。


 アリサは進むべき道こそ感じていましたが、進んだ先にあるものが何かはこれまでボンヤリしていました。そんなアリサの前にあった霧が、さっと晴れた感じなのです。それはマリ様が常にアリサに示されているものです。


 それが見えた瞬間にアリサは震えました。体だけではなく、心が、魂が震えたとして良いでしょう。そうだ、これだったのです。まさにアリサが望んでいたそのものに違いありません。わかった瞬間に感激の涙が止まらなくなりました。こんなもの止められるわけがありません。


 アリサが目指すのは単に立派な女じゃない、正しい女じゃない。それは過程の一つで、マリ様が導く真の女、真のアリサになることなのです。なんて素晴らしい目的なのでしょう。真の女、真のアリサを目指さなければ女として生まれた価値などありません。


 おそらく多くの女は真の女がこの世にある事さえ知らずに死んでいるはずです。たとえ知っても、そこにたどり着ける女など滅多にいないはずです。それぐらい価値があり、手にしがたいものが真の女です。


 ですがアリサでもその道はまだ遥かに遠いものでもあります。マリ様からお褒めの言葉を頂きましたが、これで教養をマスターしたわけではありません。やっと基礎部分の成果を認めて頂いた程度なのです。


 それと教養が高まると、アリサの立ち居振る舞いの下品さが嫌でもわかります。こんな無様な状態では真のアリサなんて名乗るのもおこがまし過ぎます。それがわかったのも、マリ様のお蔭で真のアリサと言う生きるための到達点がわかったからです。


 真のアリサへの道はまだまだ遠いものがあります。でも今までのアリサとは違います。そう目指す高みが遠くでも見えてきたのです。ですから、いかに遠くともアリサは真のアリサにならないといけません。それこそがアリサの生きるすべてであり、たとえこの命を犠牲にしても手にしないとならないものです。


 マリ様ならアリサを真のアリサに必ず導いて頂けるはずです。アリサに取ってマリ様こそ世界のすべて、アリサの救世主なのです。もうなんの迷いもありません。この館に入らせて頂いて、マリ様に出会えたことでアリサの人生が変わり、真のアリサを目指せる幸せに巡り合えたのです。


「アリサ、やっとわかったみたいね」

「ありがとうございます」


 部屋の中がバラ色に輝いているようにアリサは感じました。この日の感動をアリサは一生忘れないと思います。


「でもアリサ、覚える事はまだまだあるよ」

「はい、マリ様」


 今日も反省の時間が来ました。至らぬアリサにマリ様から愛のムチを頂きました。でも今日のムチは昨日までと違います。マリ様の愛がより深くアリサに伝わってきます。マリ様の愛のムチの一打一打もまた、アリサを真のアリサに導いて下さいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る