御主人様

 ・・・意識が戻ってきたが頭が重い。それにしても、ここはどこだ。いやその前にオレは生きてるのか死んでいるのか。オレは間違いなく絞首刑を生き延びたはずだ。本当だったら釈放の手続きに入ってるはずなんだ、だが変な注射をされて意識を失った。


 手足が動かない。ようやく視界が戻ってきたが、椅子に縛られている。それもだ、素っ裸じゃないか。死んでいるのなら、ここは地獄か。オレが天国に行けるはずもないし、天国で椅子に縛り付けれるはずがない。


「目覚めたかね熊倉君」


 声のする方を見ると男が一人。色の白い、背が高そうな優男だ。見回しても部屋は刑務所内でないのはわかる。優男も刑務官の制服じゃない。部屋の内装は、そうだな高級ホテルの感じだ、


 だが置いてあるものは、目に入るところではベッドとテーブルと椅子だけ。部屋の広さは十二畳ぐらいか、いやもっと広いかな。ベッドの横にテーブルが置かれ、椅子に足を組んで優男が座っている。


「ここはどこだ。お前は誰だ。それよりオレは生きているのか?」


 優男は楽しげに、


「君は生きているぞ」


 生き残ったんだ。それは嬉しいが、この格好はなんだ。生き残ったのなら釈放だろうが。それをこんなところに連れ込まれるとはどういうことだ。刑場から拉致されたとでもいうのか。そんな事が出来るはずが、


「あるから君はここにいる。当然だが拘置所の全面協力を頂いている」


 なんだと。この国の拘置所はそこまで腐っていると言うのか。


「そう怒るな。これでも私は君の命の恩人だぞ」


 信じられない話だが、オレは死刑囚の中でも特に選ばれたから、あの死刑執行が仕組まれたと言うのか。


「そうでなければ、君はここにいない」


 だから命の恩人か。だがこの拘束はなんだ。命こそ助けられたが、オレを自由にする気がないのは丸わかりだ。


「なかなか察しが良くて助かる。君は生命体として生きてはいるが、法律では死んだことになる」

「ならあの死刑でオレは死んだことに」


 そんな事が信じられるかと思ったが、優男はオレに新聞を広げて見せた。そこには、


『大松銀行事件の熊倉吾郎に死刑執行』


 大松銀行とはオレが襲った銀行だ。死刑が執行され、オレが法律上は死んだことになったのはわかるが、一体なんのために、そこまで手の込んだことを、


「知りたいだろうな・・・」


 優男の話は長かったが、奇想天外も良いところだ。犯罪が起これば被害者が出る。だから罪を犯して捕まれば、罪に相当する刑が与えられる。それぐらいはオレにもわかる。オレもあれだけやらかしたから死刑になっている。


 だが被害者側から見れば犯罪者が刑を受けても満足しない者がいる。いるだろうな。オレがやった銀行強盗でも、殺された連中の遺族からすれば、


『殺しても飽き足りない』


 そうなるぐらいはわからないでもない。復讐の鬼になっても不思議無いだろう。大昔の刑罰はそうだったこともあったらしいが、


「その通りだ。日本では個人の復讐は許されず、刑を決めるのも、刑を執行するのも国家だ。さらにたとえ罪人であっても残虐な刑は禁じられている」


 死刑も残虐だとして廃止運動があるぐらいだからな。だから刑と言っても、刑務所に閉じ込められての懲役労働の長短になっているはずだ。


「よく勉強してくれていて助かる」


 ウルサイわい。死刑が決まってから嫌でも勉強したからな。だが、それがすべてじゃないか、


「そう、すべてだ。だが犯した罪に対して行われた刑による罰が軽すぎると考える意見もある」


 そりゃ、あるだろうな。無い方が不思議だろう。たとえばだが、オレが猟銃を奪った家だが、娘を犯したのは両親の目の前でやった。あの時は四人まとめて撃ち殺したが、娘だけ殺して両親が生き残っていたら怒り狂うだろ。それぐらいはオレにもわかる。


 だがな死刑は極刑だぞ。それでも足らんと思うのは勝手だが、それ以上、差し出すものがないじゃないか。あるとしたら殺し方で、火炙りとか、八つ裂きとかだろうが・・・待てよ、まさか、これからオレにするとでもいうのか。


「それは心配しなくともよい。せっかく絞首台から生還させたんだからな」


 とりあえず殺されないとして良さそうだ。だったらどうしようと言うのだ、死刑以上に厳しい罰などこの世にないだろうが、


「無ければ作ればよい」

「そ、それって死刑以上の刑を喰らうって事か」

「君は本当に察しが良くて嬉しいぞ」


 具体的に何をされるかわからないにしろ、今の格好にさせられているだけで、それがどんなものかが怖くなる。


「それって強制労働とかか?」

「そんなものじゃ満足してくれない。タダの釈放無しの無期懲役に過ぎん」


 強制労働を超える罰となると、


「手足をもぎ取るとか、目を潰すとかか」

「君も残酷だねぇ」


 目を潰したり、舌を抜いたりの拷問系ではないということか。じゃあ、なんだと言うのだ、


「それは今から君が経験するから楽しみにしておいてくれ」


 それにしてもだ。これは誘拐拉致監禁になるはず。


「国の非公式の内諾を得ている。だからこそ刑場から君をここに連れてこれた。こんなことは正式に法制化できるはずもないからな」


 加えて、オレは法律上死んだことになり、国民でも市民でもなくなったそうだ。だったらオレの身分は、


「ああ、私が買った」


 優男の説明ではこの館はある種の治外法権となっており、警察も手が出せない仕組みになっているそうだ。オレは日本から売り飛ばされてここで暮らすぐらいの身分で良いのかもしれない。


 あまりにもぶっ飛んだ話だが、そのために籍を抜かれただけでなく、この館に閉じ込められるぐらいの理解になりそうだ。


「オレはお前の所有物か」

「そうだ。煮て食おうが、焼いて食おうが、私の心一つで決まる。ただし、私にも制約があり、君に死刑以上の罰を与えなければならない」


 それさえ守れば、こいつはオレに何をしても良いって事か。それって、


「わかりやすく言えば奴隷で良い」

「そんなものになってたまるか」

「誰でも最初はそう言うものだ。せいぜい頑張る事だ」


 こいつは変態だ。変態なだけではなくサディストに違いない。これから奴隷としてサディストに苛め抜かれて生きていくのが死刑以上の刑なのか、


「君の想像力なら、その辺が限界だろう。だが大筋だけは正しいと思えば良い」


 これはなんとかして脱出しないといけない。何をされるかはわからんが、なんと言っても生きながら死刑以上の苦痛を味わい続けるのはまっぴらごめんだ。それにここは館とかいっていたが、要は普通の家だ。


 拘置所や刑務所から脱獄するのと比べれば、遥かに容易のはずだ。それに逃げ出してしまえばサツに追われる心配もない。サツが追うのは生きている人間で、オレは死んでることになってるからな。戸籍はなくなってるからまともな職業に就けないだろうが、そんなことはオレには関係ない。


 隙は必ず見つかるはず。ガードマンみたいな連中もいるかもしれないが、警官や刑務官に比べたら弱いはず。殴り倒して逃げれる自信はある。とはいえ、この状態のままでは、どうしようもない。


 隙を見つけるには、相手を油断させるのが重要だ。そのためには大人しく従うふりをしないとならない。そうしておいて脱走に必要な情報を集めて行くんだ。館の構造、警備体制・・・これを知らずに闇雲に逃げようとしても失敗するだけだ。銀行襲撃のオレとは違うぞ。綿密に計画して必ず逃げ出してやる。


「とりあえず何をされる」

「そう気張るな。今日は君の歓迎のために最後の晩餐を用意した。最近の死刑囚には出ないそうだからな」


 最後の晩餐と言うぐらいだから、メシが食えるってことだろう。久しぶりの娑婆のメシは楽しみだが、最後って言葉に引っかかるな。このメシの後には犬の餌に変わるとか。


「そんなものは出さないぞ。食事自体は今後も期待してもらって結構だ。きっとお気に召して頂けると思っている。最後の意味が気になっているのだろうが、そのうち身を以て経験する」


 ここは最初の脱出のチャンスかもしれない。豪華な食事であれば手足の拘束はなくなるはずだ。まさか口で食べろとは言わないはずだ。


「そうだ最初の質問に答えてもらってないぞ」

「私のことか。君には御主人様と思ってもらえれば良いし、呼ぶ時もそうだ」


 なにが御主人様だ。この変態野郎が。後で必ず吠え面をかかせてやる。そこにメイド服の女が一人入ってきた。こりゃ、美人だ。久しぶりに見る本物の女だぞ。やりてえな。


「マリが君の教育係になる。任せたぞ」

「承知しました、御主人様」


 ここの使用人ならそう呼ぶか。でも、これはますますチャンスだ。女なら倒すのは簡単だし、人質にするのもありだ。案外脱出は簡単かもしれないぞ。まだ何がどうなっているのかわからんが、とにかくオレは死刑から生き延びた。


 だが釈放になっていないのも嫌でもわかる。さらにオレに死刑以上の刑とか言うのを与えようとしてるのも確実だ。この館が新しい刑務所みたいなものだろうが、誰がそんなもの受けるものか。オレを舐めるなよな。

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