第11話
中田は同じ部活の仲間だ。部活の事を思い出すと連鎖的に大学の事を思い出し、ゼミの教授を思い出し、そのまわりにあるすべての面倒なことを思い出して少しうんざりした。
人の機嫌や義務や顔色やエロ上司のセクハラや自意識やそれら26色なら26色の風船をいくつかつかんでそれぞれなんとか浮いたり沈んだりしているたくさんの人の中で、自分だけそれらの一切の風船を離して地面に落ちて死んでしまうのと、逆にそこにもっと多くの風船をどんどん加えていって他の人間よりずっとずっと高くに飛んでいくのとどちらがいいか。夢の世界から現実の世界へ無理な力によって引き戻された時にはつい考えてしまう。どちらも僕には不可能な生き方だとはわかっていても。
僕はきっと他の人間と同じようにうまく風船の数を調節して浮いたり沈んだりしながら無難に生きていくのだ。表向きには無謀でギリギリで、自分のためだけに生きていくような風来坊を装っているくせに、腹の中では自分がどんな風に見られているかを気にしていたり、緻密な計算の下で、何かあった時の保険をかけておいたり、結局は何をするでもなく浮ききるでも沈み込むでもなく、少し浮いたり、少し沈んだりしながら毎日を同じように生きていくのだろう。
買った原付がアパートに運ばれてきた日の翌日、国道8号をひたすら西に走ったことがあった。
手に持っていた全ての風船を離して地面に落ちてみようとしたのだ。
でもそれが叶うことはなかった。
離したつもりでいた風船は僕の背中にいつまでもひっかかっていて、国道沿いにある看板や店の名前を見る度に風船は僕を宙に浮かせた。
中野歯科を見れば部活のマネージャーの中野の顔を思い出した。山本という名の交差点を見ればキャプテンの山本さんを思い出した。両耳に突き挿さったイヤホンから聞こえる洋楽の歌詞が、全く意味のない日本語に聞こえたりすれば同級生の塩谷に教えてやりたくなった。
昔科学雑誌で読んだ、1をひたすら2で割ると0にどんどん近づいていくが結局は0にはならないという、「目的地にはいつまでもたどり着かない」定理だか法則だか理論だかのように、風船を離して地面に向かって落ちていっても僕らはきっといつまでも宙に浮いている。
どれだけ地面に近づいても永遠に地面は近づいてくるだけで、僕は地面に触れることはできないのかもしれない。
現実の明日を藪の中へと放り込んでも、現実からは逃れられなかった。逃れられたとしても、その先にあるのはおそらく現実だろう。現実の明日にはタコ糸がついていて、走る僕に永遠についてくる。
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