第2話

2


「あの虹を捕まえに行くの!」

ふとこんな言葉を思い出した。


 僕がまだ小学校低学年だった頃、近所に住んでいた兄ちゃんの言葉だ。初めて虹を見た兄ちゃんは虫取り網を握りしめ、あぜ道を虹に向かって走り出した。


「何しに行くの?」

母親の質問に対する答えだったそうだ。

「あの虹を捕まえにいくの!」


 低学年の僕でも、虹が捕まえられないことぐらいわかった。でも実はその話を聞いた時、僕はまだ一度だって虹を見たことがなかった。

 空には虹が出ること、虹は捕まえられないことを知識として知っていたけど、本物の虹を見たことはなかった。


 兄ちゃんが今何をしているのか知らない。見当もつかない。もしかしたらもう二度と会えない人の1人なのかもしれないと思った。


 アパートから北に向かい、浅野川にかかる若松橋を目指した。そこからなら360度の空が見渡せる。雨に濡れた路面は滑りやすい。カーブを十分に減速して、上体を倒さずに左に曲がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る