第12話 あっさり溶け込みました。


 屋敷到着し、私達を出迎える為に数人の使用人が玄関前に待っていた。


 公爵ともなれば使用人一同がズラリと並び立ち、恭しく「ご主人様お帰りなさいませ」と声を揃えて迎えるイメージだったけれど、お父様はそういう恭しいのは遠慮したいのだそう。

 わざわざ仕事の手を止めてまで玄関に出迎える意味が分からないと、さっさと止めさせたそう。

 代わりに執事の人と、身の回りの世話を担当してくれている数人の使用人だけが出迎えている。

 世話をするのがお役目の使用人達は、私達が帰ったらお世話がお仕事になるので、無駄がないという事でお父様もそれには口を出していない。


 王弟で公爵当主で、権威の塊の存在のように感じるけれど、お父様はそういうものに頓着していないといった感じ。

 その為、公爵家で御給金がトップレベルにも関わらず働きやすい職場として我が家は大人気の職場らしい。

 ゼクスは「父親が公爵家の筆頭使用人だから執事見習いとして働けてると思われないように、全て完璧にこなしてみせる!」といつも口癖のように話している。


 親の威光で――――と、他家に執事見習いとして就職している知人に言われたそうで、それがとっても悔しかったんだって。


 ゼクスはちょっと鬱陶しい所はあるけれど、優秀な執事見習いだと思う。

 やっかみを真に受けて縮こまってしまったら勿体ないと思うから、見返してやる! って息巻いてる姿は頼もしさを感じた。






 と、話はだいぶ逸れてしまったけれど―――

 並んだ使用人達と目線を合わせ「ただいま」と告げた後、お父様が振り返り屋敷の中に入るよう手を流れるように動かし「どうぞ」と促す。


『中々に立派な屋敷だな。お邪魔する。』と子狼さんがズンズンと玄関を通り抜け屋敷内へと入っていく。


『僕はいつでもリティシアと一緒。』と子虎さんは私の左側にぴっとりとくっついたまま、私が屋敷の中に入るのを上目使いで見上げながら待っている。


 あざと可愛いとはこういう顔をいうのだろうか…等と内心で悶えながら、

「では、子虎さんも中に入りましょう?」

 と子虎さんを促して歩き出した。


『はーい♪』と嬉しそうに返事をすると歩調を合わせるようにして一緒に玄関を抜けて屋敷内に入っていく。



 一瞬だけ酷く驚いた表情をした使用人の人達は、すぐに表情を引き締め仕事モードの顔になる。

 執事の人も屋敷の主人であるお父様とお母様が話すまでは何も言うまいと、静かに応接室へと案内してくれた。


 応接室へ付いて椅子に座り、全員にお茶が淹れられる。

 聖獣様たち熱いの苦手そうだけど…と心配していたら、熱いのも平気そうに飲んでいた。

 すごい。ただカップは持ち上げられない為、ぺろぺろと舐めていた。

 この際マナーは全て無視だ。

 聖獣様のぺろぺろ舐める音を訊きながら、お茶を飲んでいると、お父様が「ちょっとよろしいでしょうか、聖獣様」とお父様。


『うむ、いいぞ』

『なにかなー?』

 二匹とも機嫌よさげに返事をする。


 聖獣様の許可を得て、お父様とお母様は二人揃って真剣な表情になる。


 そしてお父様が「恐れ多くも聖獣様たちを自分達の屋敷に滞在して頂く栄誉を賜り―――」と語り始めた。


『堅苦しいのはやめよ、僕はリティシアと一緒に居て守ってあげたいだけで、恭しく傅かれる為に天界から降りてきたわけじゃないから。』

 と子虎さんがお父様たちに首をフリフリ説明する。


 それを訊いた子狼さんも『我も同じだ』と子虎さんの言う通りといわんばかりに頷いている。


「では、自分の家に居ると思ってくつろうでお過ごしください。御用のさいはなんなりと、この執事のチャールズに申し付けて下さい。」

 壁際で控えていたチャールズが一歩前に出て、綺麗なお辞儀をした。


『ああ、宜しく頼む。』

『僕はいつも大体リティシアの傍にいるから、何かあれば宜しくね。』


 二匹にそう言われ「承知致しました。聖獣様。これから宜しくお願い致します。」と、チャールズはまた一礼して壁際へと戻っていった。



 ―――二日後。



 朝食を旺盛な食欲のままにたっぷりと食べ、今、ぽっこりと丸く膨らんだお腹を無防備に見せながら、庭で日向ぼっこする子狼さん。


 平和なのはとてもいい事なのだけれど、無防備過ぎるこの姿は、聖獣様としての威厳が皆無である。


 あまりにも無警戒過ぎて、口も半分開いている。

 そこから長い舌がぺろんと少し出ていた。


 リティシアはその寝顔を長椅子に座り真下で眠る子狼の寝顔に、くぅぅっと呻き可愛い可愛いと悶えていた。


 実は昨日も似た様な感じでご飯後寝ていた子狼。

 そのちょっとお間抜けな姿は、庭でくうくう寝ている姿を見る者に笑いと癒しを与えているのだった。

 聖獣様と崇める存在ではなく、公爵家ではマスコット的な立ち位置になりつつある。


 庭に設置してある長椅子に座る私の膝で丸まって眠る子虎さん。

 子虎さんはいつでも何処でも傍にいる甘えたさん。


 私の姿が見えないのが嫌なようで、子虎さんが子狼さんとじゃれ合いをしてる間に湯浴みでもとその場を離れた時、しばらくして気付いたのか、私の名前を何度も呼びながら湯浴み中の浴室に入って来るほど。


 水が苦手らしい子虎さんは、いい笑顔を浮かべたメイドに捕まって、そのまま一緒に湯浴みをさせられた。

 終始耳がぺたっと下がっていてとても嫌がっていたけれど、自業自得だと思う。

 湯上りの子虎さんはサラサラ感が増して、極上の手触りになった。

 魅惑の手触りに大喜びで撫でまわして差し上げたのはいうまでもない。



 いい気持ちで寝ていたと思ってたいた子狼さんが、くるりと反転してピョンと跳ねるように起き上り『そろそろお茶の時間だな。』と鼻をクンクンとさせる。


 子狼さんが見つめる先を見ると、ワゴンを押しこちらにお茶やお菓子を運ぶメイドがいた。

 子狼さんは匂いですぐに分かったのだろう。


「お嬢様、お茶の時間ですよ。今日は天気も良いですし、そのままお庭でお過ごしになるだろと、準備に参りましたよ。」


 長椅子の前にガーデンテーブルが置かれ、手際良くお茶の準備がされていく。


『今日も我の好きなクッキーはあるか?』

 子狼さんがメイドに話しかけ、メイドは頭の中に直接響く会話にも慣れたのか、

「はい、聖獣様がお好きと伺いましたので、シェフが多めに作りご用意させて頂きましたよ。たくさん召し上がってくださいね。」


 微笑みながら準備を進めるメイドの名はマーガレット。

 私付きのメイドの一人で、年齢は十七歳になったばかり。


『そうか! シェフにお礼を伝えておいてくれ。』

 子狼さんは大変ご機嫌になって尻尾が高速で揺れている。


「はい、お伝えしておきますね。」

 聖獣様の方へ顔を向けるとしっかりと頷き、お茶の準備をテキパキと済ませ、近くに静かに控える。



 私はマーガレットと子狼さんのやり取りを、膝に頭を乗せて眠る子虎さんの頭を撫でながらぼーっと訊いていた。



 ―――聖獣様たち、早くも公爵家にあっさり溶け込んでない?


 聖獣様って、過去の文献で人間の前に姿を現したのって片手で足りる数しか現れた事がないんだよね…?


 人との生活に馴れ過ぎてる気がするのだけど、気のせい?

 尻尾を激しく左右に振りつつ、クッキーをサクサクと頬張る子狼さんはどうみても飼いならされたワンちゃんである。


 飼い主として糖分の摂りすぎには注意しないといけないわね。


 リティシアは、ペットの健康管理も飼い主の努めだと、一人うんうんと頷くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る