第5話 オリジン


 気づいた時にはそこに立っていた。地下で生きてきた俺が緑でいっぱいのそこが森の中ってことを気づくためには多少の時間が必要だった。


「ここが2世界か……」


 ほかの参加者たちは見えなかった。俺が一番最初に上ってきたって可能性もあるが、今は召喚された場所がそれぞれ違うと思うのが自然だろう。


 クエスト画面も見えないし、全部上ってきたわけでもないみたいだ。

 下にどれぐらいの人員が残ってるかはわからないけど、時間ができたのは俺にとってもいいことだ。

スキル見剣を使って獲得できる自分のスキルを確認する。


【物の理解】

【スキルブック】

【里程標】


 今確認できるのはこの三つだけか?


 巨獣退治用の兵器も全部使ってしまったし、Ⅾ3のガスもほとんど残ってない俺に最も必要なのは戦力の補充だった。

 武器の調達ができない状況だし、これからはスキルの力が絶対となるディスゲームなだけに急いで使えそうなスキルを会得しておく必要があった。


【物の理解】

能力 : 物の名前や能力など、そのものに対する情報が知ることができる。

獲得条件 : ゲルシューと契約した人間と24時間一緒に行動すること。


 名前通り生物ではなく物のステータスがわかるスキルだ。

 各世界は環境が違うだけに使う道具も違うんだけど、このスキルがあればだれかから説明を聞く必要がなくなる。

 見たことない武器について知ることができるって点でもこのスキルは結構使えそうだった。

 ただ獲得条件が結構むずいんだけど、ゲルシューって神は聞いたこともないしもし契約者が珍しかったら獲得そのものが不可能となる。


【スキルブック】

能力 : スキルを解析してコピーし、そのスキルをスキルブックにセーブしておく。セーブしておいたスキルを可能な回数だけ使うことができる。

獲得条件 : 5人以上、スキルを使うところを直接見ること。


 俺の解析が間違ってないのなら、これもまた相当理不尽なスキルだ。

 スキルをコピーして使うなんて…… 神と契約もせず、スキルを得るための努力もしてないのにそのスキルを使えるようになるってことだ。

 ある意味見剣よりもチートなスキルといえるものだ。

 獲得条件も物の理解に比べればずっと簡単だ。

 本当に…… ネリエル様万々歳だ。


【里程標】

能力 : 探している人がどの世界のどこにいるか知ることができる(ただし、探している人の顔と名前をはっきりと知らなければならないし、また使うためには365日のローディングが必要となる。)

獲得条件 : 1.5つ以上の世界を越えなければならない。2.メイン、サブ関係なく20個以上のクエストを完了しなければならない。3.誰かを探したいという切実な気持ちが必要だ。


 最後の里程標スキルの能力を見た瞬間心臓が大きくはねた。

 探している人がどの世界のどこにいるか知ることができるって、俺の心を見抜いたような文句だ。

 すぐ獲得条件に目を向ける。だが一つでもなく3つもある条件項目を見ては眉を顰めざるを得なかった。

 3番目の条件はともかく、上の二つの条件はどうしても時間がかかるし、難易度も相当だ。

 まるでそう簡単には会えないと、俺にそう言っている気がした。


 でも……


 落ち着くために目をつぶって息を深く吸い込む。

 このスキルさえ得れば、マリアがどこにいるか探すことができる。

 これで彼女に、一歩近づける方法ができたのだ。

 それさえわかれば十分だ。


『あ↗あ↘あ↗あ→ お待たせしました!神の選択を受けた偉大なるアドベンチャーの皆様!』


 急に聞こえた声に顔を上げる。

 どこにも声を拡散させるようなものは見当たらないのに、空からは続けて声が響き渡った。


『ここは第2の世界であり、オメガの慈悲とも呼ばれる世界でございます。ここがそう呼ばれている理由は、神であるオメガ様は我々人間のことを愛しクエストを失敗しても元の世界に帰してくれるからなんです。本当に慈悲深いと思いませんか?』


 慈悲深いのか? ……いや、違うな。確かにそうかもしれない。

 クエストに失敗して故郷に帰られず、その世界に定着してしまうのはよくあることだ。


『舌が長引く物語ほど面白くないものもないので、とっとと本題に入りますね!』


 それなりに緊張してきたこっちの頭の上に、小さな画面が現れた。


<サブクエスト : 生き残り>


 難易度 : B

 内容 : 500人になるまで生き残れ

 時間制限 : なし

 クリア補償 : 3600コスト

 状態 : 進行中


 ……サブクエスト?生き残り、だと?


『皆様画面が見えるでしょうか?なんでメインクエストではなくサブクエストが現れたのか疑問に思う方々がいるはずです。ですが今は!先にこのサブクエストに集中してください!』


「…………」


『手段!方法!!それは自由!!!今この2世界には全部で3972名のアドベンチャーの方々がいらっしゃるんですけど、これを500人になるまで減らしてください!』


 ……なんだと?


『正確に500人になった瞬間クエストは終了となりますので、その時まで頑張って生き残ってください!』


 突然すぎて聞き間違った思った。


『また夜の0時ごと何人残ってるか放送しますので、みんなその時またお会いしましょうね~』


 だが、それが聞きまちではないってことをクエスト画面が証明していた。


 それを最後に声はもう聞こえなかった。

 気のせいかもしれないけど、森の中の静かさが放送が出る以前よりも一段とひどくなったようだった。


 その時、ギャアアアア!とどこかで誰かの悲鳴が聞こえてきた。


 方向はわからない。風に乗って伝わってきた血の匂いだけが、ここからそう遠くないってことを教えてくれた。


 3972人を500人に減らせ、か…… 何がオメガの慈悲だと、心の中であざ笑う。

 そして懐に入っていたナイフを取り出し心を落ち着かせた後、後ろから俺を狙ってきた男の首を切り裂いてあげた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これは悪くねえ。」


 そうつぶやいた俺は、現在樹木を超えながら空中を移動していた。

 Ⅾ3は使っていなかった。体が軽すぎたのであえてⅮ3を使えなくともこれぐらいはできたのだった。


 おそらく環境のおかげなのだろう。

 第4世界は数多い世界の中でも重力が重いと知らされている。そんなところで生きてきたからこんな世界に来ると体が軽くなるのもおかしくない。


 巨獣とか地下都市とか、いろいろと気に食わなかった故郷がこんな風に役に立つとは思いもしなかった。

 これなら余計にⅮ3を使わずに済む。


「……うむ?」


 森から人が飛び出るのを見てその場に立ち止まる。


 女だった。少し鋭いというか、端正な顔立ちではあるが、非常に頑固そうな印象だ。

 着ている服もとても高級だったんだけど、透明なほど真っ白な肌の手には偃月刀とという重そうな武器が握られていた。

 膝の下まで降りてくる長い髪は他の色が全く含まれていない純粋な黒。

 目はルビーよりも赤い赤色だった。


 とてもきれいな少女だったけど追い込まれたみたいにどこかに向かって必死に逃げていた。

 そして予想通り、同じ方向から現れた骨の獣たちが彼女を追う。

 たとえではない。本当に骨しか残ってない狼どもが生きてるみたいに動いていた。


 追いつかれた彼女は仕方なく握っていた偃月刀をふるってオオカミの骨を砕いた。

 だが壊れたオオカミは、すぐ元の姿に戻って彼女にまた歯をむき出すだけだった。


 続けて森から姿を現した紫髪に角が付いている男がそんな彼女を見ながら自信満々に笑う。


 ソミ・Q・バリアー

 年 :24歳 種族 : デーモン族

 ステータス

 筋力 : 12

 魔力 : 20

 敏捷 : 15

 精神力 : 13

 防御力 : 9

 契約 : レメゲトン

 スキル : 【ネクロマンシーLV1】

 コスト : 1000


 あいつのスキルってことは見ればわかる。スキルそのものは大したものではないけど、種がわからなければ多少手こずりそうだった。

 そんな彼が追い込んでいる女は、正直なんであんな目にあわされているのかわからないぐらい面白いステータスを持っていた。


 レイヴェル・スカーレット

 年 :19歳 種族 : 人間族

 ステータス

 筋力 : 82

 魔力 : 110

 敏捷 : 89

 精神力 : 38

 防御力 : 41

 契約 : フェニックス

 スキル : 【真紅の炎LV2】

 コスト : 1000


 あの女、スカーレット家門だ。

 その昔ディスゲームを最初にクリアしたと伝われるオリジンの一人。エマ・スカーレットの血が流れているのだ。

 ステータスから見たところクオーター以上に見えるんだけど、なんであんな男に追い込まれてるのかさっぱりわからない。


 男が何かを言った。遠くて聞こえはしなかったけど、懐柔するようなことを言ったみたいだった。でも彼女は不快そうに眉をひそめてそれを一言で断った。

 それに男の額にもしわができる。

 指を鳴らすと骨たちがゆっくりとまた彼女を圧迫し始めた。


 当然だけどあそこに首を突っ込むつもりはない。オリジンという強力な敵を始末してくれるなら、こっちとしても願ったりかなったりなんだから。


 ――だが、


「え……?!」


「……は?」


 女にとびかかるオオカミを蹴り飛ばしながら登場した俺を見て、二人とも目を丸く開けた。

 近くで見ると、さらに見ものだった。骨が動くというのは。

 本物の狼なんて見たこともないのに骨から見ることになるなんて、これはこれで不思議な気分だ。


「なんだお前。」


「お前こそなんだ。頭に角なんかつけやがって。いったい普段どんなプレイを楽しんでんだ。」


 あれ?一応あいさつ代わりに言った冗談だったのに、彼は全然笑ってくれなかった。


「……お前まさか、今その女を助けるために出てきたのか?」


「かっこいいか?」


「はは!これは滑稽だな。きれいってことも楽ばかりじゃないんだね?あんな奴までこんな状況にもかっこつけるために出てくるんだから。まぁ、俺が言うセリフじゃないけど。」


 クスクス一人で笑っては忠告でもするかのように言った。


「ピンチの瞬間現れた主人公コンセプトみたいだけど、無駄だぜ。男選びのややこしいスカーレット家門らしく、俺もさっき振られたばかりなんだ。」


「男選びがややこしくなくても、お前みたいなやつには落とされないと思うんだが?」


 今度は後ろで小さく笑う声が聞こえた。

 それとは逆にビクンと眉が震えた彼は、指パッチンしてスキルを使った。

 さっき俺が蹴り飛ばしたオオカミの骨が元通りに戻る。


「まあいい。どうせ数を減らさなければならないクエストだし。カッコつける相手が悪かったってことを教えてやるよ。このチンピラ野郎。」


 骨どもが俺を囲み始めた。声帯なんかなさそうなのに本物の獣のようにグルルとうなる音を出していた。

 ナイフを握って姿勢を下げると、そんな俺を見て女が言った。


「気を付けてください!なんのスキルかわからないけどあの骨、いくら壊しても元に戻るんです!」


 お前に言われなくてもわかってるよ。


一番最初に、右にいたオオカミの骨が草をけって激しくとびかかった。

なかなか速いけど、Ⅾ3を使ってる人間に比べればはるかに遅い。

後ろの足と肩を引いて攻撃を躱し、オオカミの後ろに向かってナイフをふるった。

すると何か薄いものが千切れる感覚がナイフに乗って伝わってきた。


「………?!?!?!」


「え……?」


 壊れたオオカミの骨が地に落ちる。だがそれはもう元の姿に戻りも、動きもしなかった。それを見た二人がもう一度目を丸く開けた。


「戻らない……?どうして……?」


「お、お前…… なんで…… 俺のスキルが……」


「さあな。俺もそれが知りてえよ。」


 本気だった。どうしてこんなすごい神様が俺なんかと契約してくれたのか見当もつかない。

 でも得た以上、徹底的に使うのみだ。


【ネクロマンシーLV1】

能力 : 死んだ動物に使役の糸をつなぎ、スケルトンとして操ることができる。糸が千切れない限り使役する動物は何度でも動かせる。操れる個体数、7匹


 糸そのものは見えないので適当に奴と狼の間を切ってみたんだけどうまくいったみたいだ。

 うろたえる顔で俺を見ていたやつが「くっ……!」と歯を食いしばっては、今度はすべてのスケルトンを動かして攻撃を敢行した。

 個体による差はなかった。むしろ最初の奴に比べて少しずつ遅い。

 軽い運動でもする気持ちで地面をけった。


 自分の人形たちが一つ二つあっけなく骨に戻るのを見て、男は音のない呻きを垂らした。

 血に落ちた骨を踏むのと同時に男に向かってハヤテのごとく突進した。

 彼は急いでインベントリから取り出したもう一つの骨を動かした。人間の倍にはなるそれは、よくクマと呼ばれる奴の形をしていた。


 かわいい大きさのクマが振るう前足をよけるために後ろへと下がる。その後ろに隠れた男はまるで奥の手を出したような笑みを浮かべていた。


 もう一度周りを囲んだ狼たちが一斉にとびかかる。

 とらえた、と思っただろうけど、柔らかにそこを抜けて、オオカミの糸をすべて切り裂いた。大したこともなく。

 驚愕した男はまたクマの後ろに隠れようとした。

 つぎの瞬間、所詮は骨でしかないクマを突破する。


「クアッ……!?」


 胸を刺された彼を後ろの木まで押し付けた。

 痛みと恐怖に震える男が声を絞り出した。


「ま、待ってくれぇ……」


「命乞いなんかするなよ。知ってんだろ?数を減らさなければならないクエストだって。」


 そのまま引き上げたナイフで首の半分を切ってあげた。

 無力に地に倒れる死体を無視して、顔に付いた血をハンカチで拭く。


 どいつもこいつも、大したことねえじゃねえか……


 今の奴を含めてスキルを使う奴を倒したのはこれで三人目だ。

 なのにみんな覚悟してた割には弱すぎて話にならなかった。倒した奴らの時間を全部合わせても10分もならないはずだ。


 もちろん不満てわけではなかった。見剣のおかげってこともわかっている。ただ、死ぬのまで覚悟した人としては少しむなしく感じられるってだけだ。

 さっきの女がこっちに向かって近づいてくるのが見えた。


「さっきの無礼者に乱暴をされて困っていたんですが、おかげさまで助かりました。」


 ……………ああ?


「私はレイヴェル・スカーレットと申します。ご存じのオリジンの一つ、スカーレット家門の一員です。だからと言って礼をとる必要はありません。」


 俺を上から下までチラッと見た彼女は偃月刀を握ってない手を差し出し、礼儀正しい笑みを浮かべた。


「状況が状況なだけに同行はできませんが、よろしくお願いします。」


 助けてもらったくせに相当上から目線だ。オリジンのお嬢様だから仕方ないといえば仕方ないけど、気に食わない態度だった。

 どうやら俺が自分と同行したくて助けたと思ってるみたいだ。

 そんな誤解はお互いによくないので、彼女が握っていた偃月刀を弾き飛ばす。


「ちょ!?何してるん―― うっ……?!」


「俺がお前を助けるためにそいつを倒したと、本当にそう思うのか?」


 ナイフを彼女の首に突き出して、悪投ぽく笑って見せた。


「俺はただ。おまえら二人とも殺しに来ただけだ。」

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