第5話 怠惰

何もかもを放棄したくなる時は無いだろうか?

それが大きな不利益であるのにも関わらず。自分の命という取り返しのつかない物を捨ててしまうこともある。

苦しみ、悲しみ、未来に対する不安などから逃れらる死は時として何よりも救いに感じられるだろう。大小関わらず死にたい、消えてしまいたいと思ってしまうことはおそらくは多くの人が一度は思い至るだろう。

宗教では自殺することを罪としているものが多い。神から貰った命を捨てることは許されないのかもしれない。命は自分だけの物ではないのかもしれない。責任を生きて果たさなければならないのかもしれない。

だが、たとえそうだとしても手に届く安らぎに手を伸ばしてしまうのが人間性なのかもしれない。



「何で俺の周りではこんなに変な事件起きるんだよ。」


金髪の派手な青年である蓮潟黄神はすがたおうじはそう叫び頭を抱え込む。


「ネタに困らなくていいんじゃないか。」


受け答えるのは館の主である悪七嶺亜あくしちれいあ。ソファーに唯だ横になっているだけでも美術品の様な美しさを感じる。


「俺はオカルト話は確かに好きだけど巻き込まれるの嫌なの。」


「日頃の行ないが悪いからと思って諦めたら。」


確かにこの悪魔のような主に関わった時点でそのような運命なのかもしれない。面白半分で最初に首を突っ込んだことを後悔した。この地区内でこんなに怪奇事件が頻発するのもコイツと何か関係があるのだろう。


「まぁ、前回の事件と違って犯人に明確に狙われてるわけじゃないから無視すればいいんじゃない?僕的にはつまらないなけど。」


酷い無責任な言葉が返ってくる。


「確かに前回と違って直接的な脅威は少ないけど、それでも自分の住んでいる所の近くで死人が多数出たら気味が悪いだろう。」


「同じマンションの人間が自殺したんでしょ。日本じゃ珍しくないんじゃないの。」


不謹慎すぎるが確かに日本の自殺率は高いし、怪異的とは言えない。


「一夜に十人の人間が全員ベランダで首吊りは異常なんだよ。」


「仲間を募っての集団自殺じゃない?ネットとかで呼びかけてとかの。」


「ありえなくは無いが同じマンションで自殺方法が全員で首吊りとか奇妙だろう。」


どんなコミュニティしてるんだよ今住んでいる場所。


「自殺方法が同じっていうのは打ち合わせでもしたのかな。でも確かに住んでいる所が同じなのは偶然にしては出来すぎているね。何らかの意図を感じなくもないね。」


そう、同じ場所で死ぬのは集団自殺だと考えられるが、住んでいる場所が同じなのはまた違う。


「まぁ、集団自殺は俺も考えたから少しネットとかで調べたんだけどそれらしい情報は見つからなかったな。」


「君なんかに見つけられるようだったら警察かマスコミが見つけてニュースになってるよ。」


悔しいが事実である。そんなのは解りきったことだが何かしないと落ち着かなかったのである。


「自殺の誘導といえば青い鯨ブルーウェールチャレンジが有名だがそれぽっいのがまたでたっていうのは無いみたいだしな。」


「あぁ、ゲームの指示に従っていくと最後は自殺しちゃうってやつね。」


この悪魔はどこでそんな知識を得ているのだろうか。俗物から離れているのか近いのか。


「以外だな。お前って人の世に興味深いって感じだと思っていたのに。」


俺は素直な感想を思わず口から漏らす。


「都市伝説とかには目が無いんだよね。まぁ、俗世や人の感情に疎いって言うのは否定できないね。興味はあるんだけど。正直、自ら死を選ぶなんて僕には理解できない。」


感情の解りにくいコイツにしては珍しく本当に残念そうに返事を返した。


「死にたくなることは俺もあるけど、人の事情や気持ちは人それぞれだ理解できると思うほうがおこがましいんじゃないか。」


何となくバツが悪い気持ちになり真面目な返しをしてしまった。


「ところで君は自殺関連の都市伝説で星を見る少女って言うのは知っているかい?」


急にまた話の雰囲気が変わった。本当にコイツの感情はどうなっていやがる。


「とある男がマンションの一室の窓から星を見ている少女に恋をしたしかし、実はその女性は縊死体だったっていう都市伝説だろう。それがどうしたんだよ。」


実際には縊死体は頭部の重みにより顔が上を向くことが無いので作り話だろう。死体でなく幽霊っていうパターンもあるらしいが。


「今回の集団自殺が全員ベランダで首吊りっていうのに関連あるかなと思って」


「星を見る少女の見立て自殺か。」


ありえなくは無い話ではあるがなんとも言えない。


「そんな風に自殺するのが流行っているとか?」


「そう言われれば最近どこかで月に祈りながら自殺すると魂が救済されるとか変な都市伝説を耳にした気がするな。」


大半の宗教では自殺は良くないものとされ罰が与えられたりもする。都市伝説やホラーでも地縛霊見たいのになる話しが大半だ。自殺によって魂が救われるなんて話しはあまりない。


「それは何で耳にしたの?」


「憶えてないな」


俺はネットで検索し確認してみるが、そんな噂は見つからない。しかし、確かに耳にした記憶はある。


「おかしいなぁ。どこで聞いたんだっけ?」


交流関係は狭い上にそもそもこんな話しを人とすることはあまりないのでネットで目に入った噂だと思ったのだが。


「あぁ、肝心なこと確認して無かった。君が住んでいるマンション何だけど……。」



数日後、悪七嶺亜は俺の住んでいるマンションに連れて行くよう要求してきた。

まぁ、こうなるとは思っていたし、この悪魔に相談したのは俺自身何だけど、正直なんか人の世と浮いている様なコイツとあの屋敷以外で一緒にいるのはキツイ所がある。

悪七嶺亜は管理人の話しを聞きたいと言い出したので受け付けの所に向かう。管理人の七隈賦朗ななくま ふろうさんは温和な人だからなんとかなるだろう。


「やぁ、蓮潟くんが他の人一緒にいるなんて珍しいね。」


ふくよかな体型の50代の男性が優しい笑みを浮かべて声をかける。温和なのかもしれないが配慮が足りない。それでもこうして住人一人ひとりをしっかり認識しているのは感心するし、例の自殺関係で忙しい中でもこのように丁寧に接してくれている。


「始めまして、悪七嶺亜といいます。今回の集団自殺を誘導したのは七隈さん貴方ですね。」


丁寧な口調で物凄い失礼な事を言いやがった。もうこの場から離れたい。そんなこと言うなら事前に相談しろよクソが。


「私の管理人としての能力不足は確かにあるが、何も知らない君に言われたくはないな。」


さすがの七隈さんも怒って声を荒げている。


「いやいや、ご謙遜を貴方はフロントマネージャーの仕事の一部を任されているぐらい優秀らしいじゃないですか。そんな貴方ならそのけがある住民をある程度は選別できていたのでしょう。」


何だか今日のコイツの喋り方は独特な様な気がする。俺以外はこんな感じなのだろうか。


「それができたとしてそれが自殺の誘導になるのかい?」


「それだけではありません。貴方は選別した住民に接して徐々に自殺に誘導していた。まるで自殺ゲームの青い鯨ブルーウェールチャレンジのようにね。大方、月に祈りながら自殺すると魂が救済されるという話も貴方がこのマンション内だけで自然と流行らせた噂の一つでしょう。隣のポンコツは気づかなかった見たいですけどね。」


さらっと俺の悪口を言うスタイルは変えないのかよ。まぁ、確かに我ながら間抜けだと思うが。それだけ七隈さんが噂を流したりするのが自然だったのだろう。


「今の話しは何の証拠も無いよね。君の単なる妄想でしかないだろう。」


ごもっともな意見が返ってくる。確かに今のままでは推理とは呼べない机上の空論でしかない。


「確かに、この集団自殺の首謀者が貴方だと証明するのは難しそうだ。しかし、貴方がこれから起こそうとしていることを妨害できれば良いのです。」


「何を言っている。」


初めて七隈さんに焦りの表情が見えた。


「そもそも貴方がこの様な事件を引き起こした理由は貴方が自殺するためです。」


「なんだよそれは、自殺するためなら集団自殺の時に自分も自殺すれば済む話じゃないか?そもそも人を巻き込む意味なんてないじゃないか?」


俺は思わず、会話を遮て疑問に思ったことをぶちまける。


「普通はそうだね。ただ七隈さんは特殊だった。まぁ、これの説明が難しいんだけど、強いて言うなら真っ当な自殺の理由を作りたかったかな。」


「何だよそれ意味が解らない。」


「生きることに楽しみや意味を見いだせ無い。例えそれらがあったとしても苦痛の方が遥かに大きい。死にたいと漠然と思ってしまう様になってしまったのですね。貴方の調査をしたら隠れてやっているSNSを見つけましてね。勝手ながら見てしまいました。」


コイツにそんな技術や調査能力があったのは驚きだ。そもそも最初からここの管理人に目星をつけていたのかしかし、そこからどうして大衆を巻き込むことに繋がるのだ。


「それと同時にただ死ぬのは嫌だ。世間に尽くしてきた自分がこんな最後を迎えるなんて、自分以外も不幸になればいい。と身勝手な考えを持つようになってしまった。それに加えて今までの自分の名誉を可能な限り傷つけない方法を取ろうとした。」


「そんなくだらない理由でこんな事を引き起こしたというのか。」


俺は怒りに震えながら言葉を口にした。


「まぁ、ここまで上手くいくとは思っていなかったのでしょうけどね。一人で自殺すればアレコレ変な噂が立つのに対し、今は住民の死を嘆いての自殺もしくは責任を感じての自殺の遺書がちゃんと書けますからね。場合によって住民と同じ怪異に魅入られての死と噂する人もいるでしょうが、どちらにせよ貴方の普段の行いもあって悪く言う人は少ないでしょう。」


「何を得意そうに言ったかと思えば結局はお前の妄想。証拠も何も無いじゃないか。」


七隈さんは強い口調で言い返したが、声は震えているし、話しの途中からおどおどとしている様子だったので悪七嶺亜の推理?はある程度当たっているのだろう。しかし、七隈さんの言うとおり今の状態では確信の無いただの迷惑な妄想による言いがかりだ。


「えぇ、そうです。僕の妄想です。正直に言うと貴方を調査したとか、SNSを見たとかはハッタリです。」


衝撃の事実が暴露された。怖いもの知らずかコイツは。七隈さんも驚き過ぎてフリーズしてしまっている。


「正直、ヤツの接触した人物なんて近づいただけで解るんです。まぁ、ある程度の目星をつける必要はありますが。」


「何を言っているんだ君は?」


「でも、それだと人間味が無いし貴方の心情を見る事も出来ないので人間らしく無駄なやり取りをしてみたのです。途中貴方が明らかに動揺したのは面白かったですよ。私の妄想も捨てたものでは無いですね。」


「何を意味の解らない事を言っている。これ以上つまらないイタズラは止めて出ていけ。」


七隈さんがそう怒鳴りながら立ち上がった瞬間。以前に屋敷で見た蛇の様な怪物が七隈さんの首元に噛み付いていた。


「あっああ」


苦痛に顔を歪め上手く叫ぶことも出来ない七隈さんを俺は呆然と見るしか出来なかった。二度目の光景ではあるがその異様さになれることは無いだろう。

やがて熊の様な怪物が引きずり出されて蛇の怪物はそのまま主の元に消えていた。


俺は直ぐに七隈さんの元に駆け寄った。息はあるが弱々しい。


「助かるかどうか微妙なラインだね。」


非常な言葉が放たれる。そう呟いたソイツはもう何もかも終わった様に出ていった。

一瞬悩みはしたが俺は電話で救急車を呼んだ。

結局、七隈さんは運ばれた病院で数日後に亡くなった。過労による心臓の持病の悪化ということになり、俺は深くは追求されなかった。

悪七嶺亜にそのことを報告したがもう興味は無くなっていたみたいだった。


「僕が言えたことじゃないけど人間って色々とまわりくどいよね。死ぬことにも労力かけるなんて。」


「合理的にだけ動いてたら機械と変わりないさ。無駄があってこその人生なんだよ。」


このがらにも無い解答に対し館の主は少しだけ何かを考えたかと思うと。


「そういえば君は意外に香水とかは使っていなかったんだね」


とまた脈略が無い無駄な会話を広げ初めた。


5話完 怠惰

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