解りますか?

三点提督

解りますか?

「また、会えたね?」

 誰かが僕にそう言った。

 ――誰だ?

 ふと、どこからか誰かの声がした。僕はその声に耳を傾けてみた。するとペタリ、

ペタリ。と、何かがこちらに近づいてくるのが解った。僕は怖くなり、一目散にその

場から逃げ出した。そして無事に校舎の外に逃げることが出来た。

 ――一体今のは何だったのだろう?

 そんなふうに僕の頭の中は多少の疑問とかなりの恐怖に支配されていた。とは言え

今は僕自身がここにいる。という確かな安堵感のお陰で徐々に気持ちが楽になりつつ

あった。

 しかしその帰り道、僕はある事に気づく。

 ――しまった、忘れ物しちゃった。でも、もう時間も時間だし、どうしよう?

 またしてもそんな不安が僕を襲い、恐怖心が襲ってきた。

 ――仕方ない、今日は諦めて、明日取りに行くか。

 そう思い、再び帰路に歩みを刻んだ。

 

それからしばらくして、ある公園で、僕は一人の女の子と出会った。見たところ僕と

同じ学園の制服に身を包んだ、学年も同じ子のようだった。僕は少しの不安と、だが

それとは裏腹に変な話、その子がかなりの美少女だったという理由で声をかけてみる

事にした。

「こんなところでどうかしたの?」

 するとその女の子は、「学校に忘れ物をしてしまったの」と言った。

「え」

 ――この子、今何て。

 学校に忘れ物をした。聞き間違いでもなければ、僕は確かにそう受け取っていた。

 ――ひょっとして、ちょっと拙い事に首突っ込んじゃったかな?

 今現時点での時刻は、もう既に午後八時を廻っている。僕のうちは、基本的に門限

こそ決められてはいないが、しかしそれでも流石にこんな真っ暗な時間帯の学校には

行きたくはない。まして僕の通う学園は原則全生徒全職員が大きな大会や文化祭前日

などの特別な日を省いて授業及び部活終了後には速やかに帰宅するというのがルール

であり先程僕が居残っていた時点であり、もう既に誰もいなかったのだ。故にいくら

この子の頼みとは言え……、

「どうしても、大切なものなの」

 そう言ってその女の子は僕を見つめた。深い黒に近い、その青色の双眸は、まるで

見るものすべてを飲み込んでしまうかのようだった。

「……わ、解った」

 何が解ったのだろう?

 いや、それは解っている。

 でも言うな。言っちゃいけない。

 その言葉が喉から出そうなところまできているというのに、しかしそれでも、この

僕のこの減らず口は勝手に動いていた。

「僕も一緒に行ってあげる。探し物、手伝ってあげるよ」

「……本当に?」

「うん、勿論」

「ありがとう、嬉しい」

「それじゃあ、行こうか」

「うん」


 帰路を逆走して、僕達は再び校舎に戻って来た。

 ――八時半、か。

 僕が先程校舎を後にしたのが丁度一時間前。もしもこの子と出会っていなければ、

或いは今頃自宅の自室でゆっくり出来ていたのかもしれない。

 ――でも、仕方ないよね?

 最早乗りかかった船。この子には大船に乗ったつもりで安心して貰いたい。

「それで、キミは一体何を忘れて来てしまったのさ?」

 校舎内の暗い廊下で歩みを刻みながら、僕はその子のそう訊ねてみた。するとその

子は、「そうね」と呟き、僕の手を取った。そして、「来て?」と言ってきた。僕は

ほとんど言われるがままにどこかへといざなわれていった。

「どこに行くのさ?」

 僕はまた徐々に恐怖心をいだきはじめ、その子にそう訊ねてみた。けれどその子は

何も応えず、代わりに、

「もう少しで、あなたに――」

 後半部分は、まるでモスキートーンか何かのように聞き取ることが出来なかった。

「ごめん、何だって?」

「――」

 やはり聞き取る事が出来ない。でもその代わり、長い前髪のせいで一瞬だけ目元が

隠れてしまっていたが、その口元にはグニャリとした歪な笑みが浮かんでいた。その

笑みを目の当たりにした僕は、何かとても嫌な予感がした。

 ――まさかこいつ、僕の事を……、

 いつしか多少の恐怖心はそんな大きな不信感へと変わっていた。

 ――僕の事を、殺すつもりなんじゃ……。

「ところであなた、こんな話は聞いた事はある?」

「話って、何さ?」

 再び唐突に口を開いた少女は、前を向いたままこんな話をはじめた。

「実はこの学校にはこんな昔話があって――」


 それは何年も何十年も前のこと。一人の少女がここの旧校舎に入学したらしいの。

少女はこの学園で勉強をするのが楽しみだったらしくて、いつもいつも、まだかな?

まだかな? と、それでこそ指折り数えてその日を待ち望んでいたらしくて。だから

その日が来たのと同時に、新しい制服に新しい帽子、そして新しいランドセルを身に

着け、いざ登校した時、


「悲劇は起きてしまったの」

 今まで楽しそうに言葉を紡いでいた少女の声に、いつの間にか氷のような冷たさが

感じられた。そして、再びその昔話とやらが語られた。


 その悲劇は、確かその少女が入学してから数ヶ月後と聞いたかしら? ある一人の

職員から呼び出しを受けたの。それも変な時刻に。少女は不審に思いつつもその呼び

出しに応じてそこに足を運んだらしいの。そしてその場所が――


「――ここよ?」

 そこで少女が足を止めた場所。そこはある学年の教室で、クラスを見ると旧校舎の

一年三組だった。

「ここがどうしたっていうのさ?」

 僕の質問に対して、しかしやはり少女は応えてはくれず、その代わり、「この教室

に、何があると思う?」と訊ねられた。

 ――そんな事、僕が知るはずないだろ?

 内心でそんなふうに思いつつ、半ば適当に、「黒板に何かメッセージが残ってる。

とかかな?」と応えてみた。すると少女は、「半分半分、といったところね?」と、

何か意味深な口調でそう応えた。

 ――やっぱりおかしい。来るべきじゃなかったんだ。

 そんなふうに思ったところで、僕はふと、ある事を思い出す。

「……ところでキミ、いや、僕もそうなんだけど、どうやってここに入ったのさ?」

 今に思えば、そういえばこの旧校舎は傷みが激しい為、それでこそ、文化祭などの

大きな行事以外の時は立ち入り禁止で、おまけに内部は職員すら常に許されていない

はずで、尚且つ出入り口である門も鎖で施錠されているはずなのに、僕達はそれを飛

び越えた訳でも、切断した訳でも、もっと言えばどこぞのアニメのように、いきなり

瞬間移動したりした訳でもない。

 ――だったら本当に何で?

そう訊ねようとした時、「入って?」と言われ、僕は少女に手を取られた。やはり僕

の意思とは別に勝手に足が動いてしまう。僕はその教室へと招待されたのだ。

「まだこんなふうに残ってたんだ?」

 少女が視線を向けていた先、そこに見えたのは、

「……っ!」

 ――何だよ、あれ?

 それは誰かの血を用いて書かれた「死にたい」の四文字だった。

 ――死にたいって、誰が何の為に、こんなものを……、

「ねぇ、あなたはそれを見て、どう思う?」

 その小さな顔がゆっくりとこちらへ向けられ、そして僕はその恐怖に怯え震えた。

 ――まさか、死にたいって、こいつが……、

 少女の姿は大きく変わり果てていた。

 髪はボロボロに乱れ、肌はミイラのように渇いて赤黒い血で濡れ、両目はなく、所々に小さな虫が湧いていた。

「こんな私を見て、やっぱりあなたも逃げてしまうの?」

 そう言って、少女はゆっくりと、歩みを刻んできた。しかし、それは歩くには余り

に遅く、一歩踏み出す度に止まり、また一歩踏み出す度に止まり。それを繰り返して

いた。僕は慌ててそこから飛び出し、一目散に逃げだした。

 ペタリ、ペタリ。最早どこから聴こえてくるのか解らない、そんな湿った音。だが

僕は構わずに逃げ続け、無事に校舎の外へ脱出する事に成功した。だがそこで、僕は

ある事を思い出す。

 ――拙い、また物取りに行くの忘れた。

 必死になって逃げてれば、そりゃそうさ。と思いつつ、その足で更に急いで帰路に

着いた。

 途中、またある公園で一人の少女と出会った。

 ――女の子?

 少女はブランコに腰を下ろし、その綺麗な黒髪で顔を隠していた。

 一見すれば滅法な美少女で、スラリと細く長い手足。そして僕と同じ学園の制服で

同じ学年の……、

「どうか、したの? こんな所で」

 僕の口が勝手に動いた。

「忘れ物ものをしてしまったの」

 その顔がゆっくりとこちらに向けられた。

 はらりと髪が流れるように顔からほどけ、その表情が露わになった。

「とても大切なものを」

 僕が先程目の当たりにした、否、先程とは少し違うそれ。

 左半分が血に濡れたミイラで、右半分が少女。そんなある種で醜くも美しい何かが

存在していた。

「でもね? どうやら見つかったみたいなの」

「そう、あなたのお陰で」

 そう言って、少女はにこりと微笑んだ。


「また、会えたね?」


 現時刻は――

 ――午後八時過ぎを指していた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

解りますか? 三点提督 @325130

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る