私と鍵の十一月
なかの ゆかり
1日目 鍵
昨日買った古い鍵が動き出したのは、仕事を終えて家に帰ってきた時だった。
鞄の中に適当にものを入れる性格は親譲りだ。いつものように家の鍵が見当たらず、玄関の前でがさごそと鞄をあさっていた。
「どこにいったの~、ねえ、出てきてよ、鍵~」
「ここにおるが」
しわがれた声で返事があって、それだけなら私への答えとは思わなかったかもしれない。けれど鞄をあさる指先にひやりと冷たいけれど柔らかい何かがふれて、心臓が飛び出るかと思った。心臓は出なかったけれど、実際少し飛び上がっておどろいた。
「わしを探しておったのではないのか」
「なに、なんなの」
手を引き抜くと、小さな真鍮色の鍵が付いてきた。……鍵? いやでもこれ、頭の丸いところに目が付いてるし、鍵の歯の部分が伸びて手足のように動いているし、何……いやこれなにごと?
「わしは付喪神じゃよ」
「つくもがみって……長く使った道具が神様になるっていう、あれ……?」
左様、と鍵は目を細めて頷いた。いや、鍵が目を細めるってなに? でもそうとしか見えないし、何度まばたきしてもそれは変わらないし、鍵から生えた手足が手のひらをくすぐってこそばゆいし……。
「ところで、あの、私の鍵は?」
「ここにおるじゃろ、わしが」
「そうじゃなくて、家の鍵よ。探してたの」
訳が分からないことに出くわすとなぜかしら人は冷静になるらしい。たまにそんな話を読んだことあったけど、本当だったんだ。
やはり冷静な頭でどこか遠い出来事のように考えながら、私は言った。鍵は人間のように顔(?)を細い手で掻いた。
「さあのう、わしは見てない。おぬし、鞄をもう少し整理した方がいい」
「…………家の鍵が付喪神になってくれたんなら、良かったのに」
そのようにして、私と鍵の生活は始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます