第2話「久しぶりの全力」
ウィルマ伯爵が治める領地は、山を挟んだ向こう側にある。
ぐるっと迂回すれば三日ほどで辿り着けるが、悠長にしている時間はない。
私は山道を真っ直ぐ突き進むことにした。
道の険しさを考えれば愚策と言うべき選択だったが、それは『普通に』山を登った時の話だ。
私は聖女の力を解放する。
「【
【聖鎧】――身体の周辺に極小の結界を張りつける技だ。
見た目はそのまま、まるで重厚な鎧を着ているかのように身体を守ってくれる。
これを発動すると、たとえ獣に噛みつかれても傷一つ負うことはなくなる。
そして、【疲労鈍化】
疲労回復の力を
これらの技は二つとも聖女の本分である【守り】と【癒し】の力だが、生み出された結果はまるで別物。
これが魔法研究家である私の提唱する理論『魔法の拡大解釈』の効果だ。
詳しい説明はややこしいので割愛するが、魔法というものは個々人の解釈によって大きく効果を変容させる性質を持っている。
その性質を利用して、魔法の原理をわざと『曲解』することで普通では起こりえない事象をムリヤリ起こす……というものだ。
聖女の力を授かったとき、試しにとやってみたらできてしまった。
聖女の力は魔法とは別と思われがちだが、元となるのは魔力だし、原理としては同じモノなのだろう。
それ以来、私は聖女の力の拡充に情熱を注いでいる。
▼
「ついた」
夜が明けないうちに森を抜け、ウィルマ伯爵が治める領に辿り着く。
山中にいる間ずっと全力疾走を行っていたが、疲労は皆無だ。
その足で殴り込み――と、いきたいところだけど、その前に寄るところがある。
領地の離れにポツンと建っている一軒家。
そのドアを無遠慮に叩く。
「おーい。おーーーい!」
大きめの声で呼びかける。
五分ほどそれを続けると、ようやく扉が開いた。
「んだよ、こんな時間に……」
出てきたのは、燃えるような赤い髪をあちこちに跳ねさせた女だ。
彼女の名はエキドナ。
格好はだらしなく口調も男勝りだが、彼女もれっきとした聖女だ。
聖女仲間の中では一番気が合う、私の数少ない友人の一人。
「久しぶり」
「久しぶり、じゃないだろ……なんだよこんな朝っぱらから」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるの」
「……」
エキドナは無言で扉を閉め――ようとしたが、私が足を挟んだため失敗に終わった。
「そんな大したことじゃないから、お願い」
「……聞くだけ聞いてやる」
「一日だけ、私の分まで『極大結界』の維持を頼みたいの」
繰り返しになるが、この国に聖女と呼ばれる国の守護者は五人いる。
聖女の仕事は多岐に渡る。
魔物を寄せ付けない防衛装置『極大結界』の維持や難病の治癒、大規模な戦闘時の補助・鼓舞要員……などなど。
基本的にはそれぞれ得意分野を率先してやっているが、『極大結界』の維持だけは五人共同で行っている。
私のいる国は近隣に生息する魔物の数が多く、そして強い。
『極大結界』の維持は聖女の最も重要な仕事だ。
しかし、聖女も人間だ。どうしても力を割けないときは出てきてしまう。
そういう時は別の聖女に負担をお願いすることになっている。
「大したことじゃねーか!?」
頭を下げると、エキドナは目を見開いて食ってかかってきた。
「アタシはお前と違って魔力オバケじゃないんだぞ!」
「緊急事態なの。お願い」
重ねて頭を下げると、エキドナは喚くのを止めて真剣な声音になる。
「……本当にワケアリみたいだな。一体何があった?」
「ルビィがキズモノにされたの」
▼
「なるほどねぇ……」
ことのあらましを簡潔に伝えると、エキドナは神妙な面持ちで頷いた。
「気持ちは分かるが……ウィルマを懲らしめたいなら、お前んとこのメイドを使った方が早いんじゃねえか?」
「メイザはダメよ。血生臭くなるわ」
今でこそ無表情系クールメイドとして一部の執事や庭師から絶大な人気を得ているが、彼女は元は戦場を渡り歩く暗殺者だ。
その気性は昔と変わらず荒いままで、ひとたび自分が敵と認めた相手には容赦が無い。
「それに、これは私がやらなくちゃいけないの」
「その理由は?」
「妹が泣かされた。だから私がやる……それ以上の理由が必要?」
エキドナは一瞬、呆気に取られた顔をしたが……すぐに唇を歪めて笑う。
「ハッ……このシスコンが」
「悪い?」
「いや、最高だ――結界は任せとけ」
「ありがと。さすが我が友」
軽く手を叩き合ってから、私は『極大結界』に割いていた魔力を解放する。
聖女の力を十全に使えるようになるのは、いつぶりだろうか。
結界の維持に使っていた魔力が戻ってくる様子を見ながら、エキドナがポツリと呟いた。
「しかし、ウィルマの奴も馬鹿だな……クリスタの魔力値が歴代最高ってことを知らないのか?」
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