国を守護している聖女ですが、妹が何より大事です

八緒あいら(nns)

第一章 妹の元婚約者を分からせる

第1話「泣く妹と怒る姉」

 私にはルビィという可愛い妹がいる。


 両親はもちろんメイドから執事まで、彼女の笑顔に魅了されない人間は存在しなかった。

 もちろん私もだ。


 彼女には、人に愛される才能があった。

 普通であれば溺愛され、甘やかされて育てばワガママに育つところだが、我が妹は性格すらも死角がない。

 品行方正で誰にでも優しく、領民からも人気があった。


 そして個人的にポイントなのが、お姉ちゃん子ということだ。

 「姉様、姉様」と私の後ろをついてくる姿が可愛くて、私はいつも彼女に構っていた。


 どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹。

 ――そんな子が、婚約破棄されて帰ってきた。



「う……うぅ……」


 ベッドの上で泣き崩れる妹の頭を、ずっと撫で続ける。

 もう何時間、こうしているだろう。


 彼女は、婚約者であるウィルマ・セオドーラ伯爵にハメられたのだ。

 庭師と不貞を行ったとして、婚約破棄とともに多額の慰謝料を要求してきた。


 もちろんそんな事実はない。

 ただ、その庭師が育てる花が綺麗だったから、時折話をしていた程度だ。


 庭師は即刻解雇された。

 自分が声をかけたせいで職を失わせてしまった。

 相手の命があるだけまだマシと言えるが、今のルビィにそんな慰めの言葉はかけられない。

 ショックは察するに余りある。


 おまけに当のウィルマはちゃっかりメイドと関係を持っていた。

 しかも、複数だ。


 不貞がバレれば、あちらの家の汚点になる。

 だから人を疑うことを知らないこの子を利用して、『先に』不貞行為をでっち上げることで自分の罪を隠したんだ。



 許せない。

 絶対に……許せない。


 吐息から漏れる怨嗟で人が殺せそうなほどの憎悪を胸中で燻らせながら、私はそれを表に一切出さず、努めて優しく声をかけた。


「大丈夫よルビィ。お姉ちゃんに任せなさい」

「……姉様? どちらへ?」

「ちょっと、悪者を懲らしめてくるわ」

「え?」


 ぽかんと呆けるルビィの頭を撫で、額にキスをする。

 途端に目がとろんとして、そのままベッドにぽてんと倒れこんだ。


「おねえ……さ、ま」

「メイザ。あとはよろしく」


 立ち上がった私は、部屋の外で控えていた側近のメイドに声をかける。

 彼女は私の代役を務められるように、執務関係の全てを教え込んである。


「クリスタ様。あなた様が行かずとも、その様なゴミはわたくしが」

「いいえ。これは私にしかできないことよ」


 私、クリスタには聖女の力が宿っている。

 神の代行者として国を守護すべく選出された、五人の清き乙女たち。

 その中の一人が、私だ。


 聖女になる前から魔法研究に情熱を注いでいた私の興味は、すぐにこの不可思議な力に移った。

 その結果、聖女の力を拡充する術を編み出していた。


 いま、ルビィを眠らせたのもそういった研究の賜物だ。


 聖女の力を転用すれば、あらゆる不可能が可能になる。

 人々を守るのではなく――破壊することも。


 神を冒涜する行為?

 聖女としての自覚?

 力ある人間の責任?


 知ったことか。

 私にとっては妹が、家族が全てだ。


 妹の汚名をそそぎ、復讐する。

 景気よく拳を打ち鳴らし、私は不敵に笑う。


「ウィルマ伯爵が誰を敵に回したのか、分からせてやるわ」

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