八 「稀代の眼」

「なんの騒ぎです」


 歩きながら声を掛けると、全員の視線が一斉にアルビスに注がれる。見習いグループの中の一人がハッとしたように他の少年達に耳打ちすると、全員が驚いたように予期せぬ介入者を見つめ、片脚を半歩下げて一礼した。

 その中の一人、中心格と思われる長い金髪の少年が一歩前に出ると、仰々しい仕草で語り始めた。


「これはこれは、アルビス様。お目にかかれて光栄です。僕たちは育成所の七十七期生、あなた方の一期上の魔術士です」


 「一期上」を殊更強調して誇らしげに言い放った少年に、アルビスは「こいつと同期にならなくて本当に良かった」と思った。遅れて入所したのは僥倖だったようだ。


「先輩方、ご一緒する機会があればよろしくお願いします。ところで、職場でのいざこざは良くないと思いますが」


 フン、と鼻を鳴らした見習いグループから、敵対している少年へと視線を移す。目が合った少年はニッと笑みを作ると、こちらも大袈裟な仕草で片脚を半歩引き、アルビスに向かって頭を下げた。


「これはこれはご機嫌麗しゅう、アルビス?様。俺やそこの連中みたいな『下民』達に、何のご用でしょうか」

「な、なんだと?!僕たちを貴様なんぞと一緒にするな!」

「はは。こっちがほんとの、ジョウミンってやつだろ?俺んただの精肉屋だし、あんたらもどう見ても家名持ちじゃなさそうだしな。四大名家以外、みんな一般人だろ」


 こっち、とアルビスを指して少年は言った。アルビスの名は知らなかったようだが、見習いグループの態度で彼が王宮内の者だと察したらしい。その不遜な物言いに、未来の上司の登場で落ち着きかけていた灰色の一団の熱が、再び上がっていく。「無礼なことを!」「早く城から出て行け!」等と口々に捲し立てる魔術士見習い達と、軽い調子で舌戦に応じる少年。どうしたものかと関わったことを後悔し始めたアルビスの所へ、痺れを切らしたサフィラがザインを伴ってやって来た。兄の時と同様その姿に気付いた見習い達は、しかし今度は言い合いを止める事はなかった。サフィラを一瞥し、なぜか得意げな顔になる。

 その態度の深意に気付き、アルビスの表情が曇った。


(まずいな。これ以上関わるとたぶん……精神衛生上よくない)


 本心を言えば、面倒でしかない。放置したい。勝手にやって勝手に両方撤収してくれたら最高なのに。


 両者に背を向けて去ってしまいたい気持ちは、しかしその先で向かい合う事になるだろう弟と友人の存在に、ぎりぎりの所で競り負けた。


 溜息ひとつ、アルビスが両者の間に歩を進めた。「いい加減にしろ」とでも仲裁に入るつもりかと、少年達の目が険を含んでその姿を注視した。

 アルビスの瞳は、涼しげではあるものの常ならば気怠げな印象を抱かせる。それが今は、鋭利な刃物のように光っている。光輪が浮かんだその双眸は、澄んだ碧玉のように美しい。思わず誰もが口を閉じ、その挙動の全てに目を奪われた。


 見習いグループと自称精肉屋の少年の間、通行路沿いに植えられている林檎の樹。小さな白い花が咲き誇る頭上の枝の一つに、アルビスは手を伸ばした。切長の眼が細められる。


「兄様、何を——」


 サフィラが声を上げた、その時。

 ポン、と場違いな軽い音を立てて、アルビスの指先に触れていた林檎の花が、一瞬で真っ赤な果実に変わった。


 全員が呆然と林檎を見つめること、たっぷり五秒。今度は、その左隣に咲いていた花が、そして更にその左が、ポンポンと順番に果実になった。


「……え?」


 精肉屋の少年から疑問符が漏れた瞬間。

 ポンポンポンと次々に音を立てて、まるでドミノ倒しのように樹から樹へと果実の帯は繋がり、白と緑の中に一列の赤が伸びて行った。少年達のいる場所から見える一番端の果樹までそれは伸び、ポンポンという音は角を曲がって遠ざかって行った。


 何が起こったのか分からず困惑し一言も発せずにいる彼等のもとへ、赤い林檎が実っていった方角から、ぱたぱたと足音が響いて来た。角を曲がり、白いローブに身を包んだ二人の魔術士が現れた。




「わあ、なにこれ……すごいね。ああ、犯人アルビスくんか……マジかあ……」

「貴方達、これは一体何事ですか。今すぐ説明なさい」


 駆け寄って来たのは、口調とは裏腹にばつが悪そうなファヴラーと、眼鏡をかけた神経質そうな女性魔術士だった。

 慌てる見習いグループとは対照に、臙脂色の髪の少年は心底楽しそうに、上機嫌でアルビスを見つめていた。







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