精霊【ふぉっこ】と行く異世界ぶらり旅 〜【赤いきつね】が異世界人にも大受けだった件〜
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
行き倒れの女性に恵みを
俺の名前はタカヤ。
どこにでもいる普通の男子高校生だ。
しかしある日、ふと気がつくと異世界に転移していた。
それから早くも1か月が経過しようとしている。
とあるチート能力を活用しつつ、気ままにこの世界を旅しているところだったのだが——
「…………むう」
俺は今、森の中で道に迷っていた。
森に入ってから、既に数日が経過している。
チート能力のおかげで戦闘や飲み食いに不安はない。
だが、残念ながら見知らぬ森で人里の方向を把握するようなチート能力はない。
このままでは、まだまだ脱出できずにしばらく彷徨うことになりそうだ。
そんなことを考えつつ歩いているときだった。
ふと、森の奥から人の気配を感じた。
「どうしようかな?」
誰かいるなら、道案内をお願いしたい。
しかし、もし盗賊などの無法者だとしたら厄介だ。
とりあえず、俺は気配を殺しながらそっと人影に近づくことにした。
木陰に隠れて覗き込むと、そこには一人の少女がいた。
年は13歳くらいだろうか。
長い金髪がよく似合う美少女である。
1つ問題があるとすればーー。
「……うう…………」
彼女が力なく倒れ込んでいる点である。
うめき声が聞こえるので、死んではいない。
しかし、目は閉じている。
意識を半ば失っているようだ。
俺が彼女の様子を伺っているとき。
ぴくり。
彼女の腕が動いた気がした。
「ん? 目が覚めたのか?」
もう一度よく見てみると、彼女は目を開けていた。
どうやら意識を取り戻したらしい。
そして、ゆっくりと起き上がる。
その顔には疲労の色がありありと浮かんでいた。
「お腹空いた……」
ポツリと呟く彼女。
俺は思わず声をかけてしまう。
「おい、大丈夫か?」
「えっ……?」
少女が驚いたように目を見開く。
しまったと思った時には遅かった。
「誰ですか……?」
警戒するように身構える彼女。
まあ、当然の反応だろうな。
俺はため息をつく。
「怪しい者じゃないんだ。道に迷って困っているだけさ」
「道に、迷った……?」
少女はキョトンとする。
そして、「ぷっ」と吹き出した。
「何それ……。変なの……」
少女が力なく笑う。
先ほどお腹空いたとつぶやいていたし、空腹で元気がないのだろう。
疫病などではなさそうか。
「笑うなよ。こっちだって好きでこんな状況になったわけじゃない」
「ごめんなさい……。でも、まさかこんな森で人に出会うなんて思わなくて……」
「それはお互い様だ。そんなことより、ずいぶんと元気がない様子だな? 腹が減っているのか?」
「うん……。魔物に襲われて……。昨日から何も食べていないの……」
やっぱりそうか。
こんな少女が1人で森にいるなんておかしいと思っていたのだ。
「それなら、俺に任せておけ」
「え……?」
「来てくれ! ふぉっこ!」
パチン!
俺は指を鳴らし、魔力を供給する。
そして、虚空から1人の少女が虚空から現れる。
「コン! 呼ばれて登場! ふぉっこちゃんだよ!」
「よく来てくれた、ふぉっこ」
俺はそう言って、彼女を出迎える。
彼女は、狐耳と尻尾を持つ獣人だ。
赤い髪が美しい。
年齢は10歳ぐらいである。
「さあ、ふぉっこ。お腹を空かせたこの子に『赤いきつね』を出してあげてくれ」
「了解だよん」
俺の言葉を受けて、ふぉっこは虚空から『赤いきつね』を取り出した。
日本で定番のあのインスタント食品のきつねうどんである。
俺も日本にいるときはよく食べていた。
関西だしにこだわった醤油味の汁。
フライ麺のうどん。
油揚げの甘煮。
そして、卵とカマボコが入っている。
全体として調和の取れた、素晴らしい食べ物である。
俺の魔法で沸かしたお湯を入れて、5分待とう。
3分ではないところがポイントだ。
「それはいったい……?」
突然出てきた謎の物体に、少女は戸惑っているようだ。
「これは俺の世界で有名な料理なんだ。よかったら食べるといい」
「私のために……? いいんですか……?」
「もちろんだ。遠慮することはない」
「ありがとうございます……」
少女は嬉しそうに微笑む。
「では、さっそくいただけますか……?」
「いや、もう少しだけ待ってくれ。実はまだ完成していないんだ」
完成にはお湯を入れて5分待つ必要がある。
この会話をしている間にも時間は経過しているが……。
あと4分ぐらいは残っている。
「ううっ……。お腹が空き過ぎて死にそうです……。それに、何だかとんでもなくおいしそうな香りが漂ってきました」
少女がそうつぶやく。
昨日から何も食べていない少女に、この5分間は長すぎるかもしれない。
ええと。
今で2分が経過したぐらいか。
既に麺はある程度戻っている。
食べるだけなら、必ずしも5分待つ必要はない。
味や食感はベストよりも落ちるが……。
「コン! 少しずつなら食べていいよ! 熱いから気をつけてね!」
「はい……。いただきます……!」
少女は箸を手に取り、そっと口に運ぶ。
ふぅー、ふぅー、と何度か息を吹きかける。
そして、ぱくりと一口食べた。
「おいしい……!」
少女が目を輝かせる。
まだ麺は完全に戻っておらず、ベストの状態にはほど遠いはず。
それでも、彼女の感覚では十分な味のようだ。
お湯を入れてから、今で3分が経過したぐらいか。
ゆっくり食べていれば、ベストの状態になるはず。
俺はそう思ったが——
バクバクバク!!!
元気を取り戻した少女が、すごい勢いで食べていく。
「お、おい? 空腹時にそんなに一気に食べて、大丈夫か?」
空腹時には、少しずつ食べるのがセオリーである。
「大丈夫! そんなことより、おかわり!!!」
「ええ……?」
少女はあっという間に平らげてしまった。
「お願いします……!」
キラキラした目で見つめてくる少女。
しょうがないな……。
俺はため息をつく。
「ふぉっこ、頼めるか?」
「コン! もちろんだよ! でも今度は、ちゃんと時間を守っておいしく食べてね!」
「今のもとんでもなくおいしかったのですが。あれよりも上があるのですか!?」
少女が信じられないという表情でそう言う。
「ああ。本来の『赤いきつね』の味は、もっと格別だぞ。……君が食べるのを見て、俺もお腹が空いてきたな」
「コン! なら、3人で食べよう! 3人分出すよ!」
ふぉっこが『赤いきつね』を3つ取り出す。
俺はそれぞれにお湯を注ぐ。
麺が戻るのを待つ。
「ううっ……。空腹はマシになったけど……。この香りを前にガマンするのも大変です……」
少女が悲壮な顔でそう言う。
「気持ちは分かる。だが、もう少しの辛抱だ」
今で3分が経過したぐらいか。
あと2分の辛抱だ。
「コン! そんなに楽しみにしてくれて、わたしも嬉しいよ!」
ふぉっこが微笑む。
『赤いきつね』の精霊である彼女からすれば、精霊冥利に尽きるというものであろう。
そして、とうとう5分が経過した。
「よし、もういいだろう」
俺たちは『赤いきつね』のカバーをめくる。
モワッ。
暖かく、おいしい香りのする蒸気が俺たちの顔を襲う。
「わあ……! すんごい香りです! じゅるり」
「いい仕上がりだね!」
「うまそうだ。さあ、食べるぞ!」
俺、ふぉっこ、そして行き倒れていた少女。
3人で、『赤いきつね』を思う存分に堪能していく。
美味いものを食べれば、活力も湧く。
きっと、この森も無事に脱出できるだろう。
俺はそんなことを考えつつ、ふぉっこと少女といっしょに『赤いきつね』を食べ進めていった。
精霊【ふぉっこ】と行く異世界ぶらり旅 〜【赤いきつね】が異世界人にも大受けだった件〜 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei
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