第34話
アストライアが生み出したこの美しい空間が広がっている。
普通の人間であればここに神秘性を見出し、自然と生命が溢れるこの空間に心惹かれることだろう。
だが――。
「
当たり前だ。たとえ自分が経験をしたわけでないとはいえ、『あり得たかもしれない未来』で死ぬ場所なのだ。
この世界に生まれ変わってからずっと、この場所にだけは来たくはなかった。
「ゆえに、私はこの空間を拒絶する!」
俺は声を上げ、そしてこれまでずっと破壊神クヴァールを押さえ込むためだけに使っていた『金色の魔力』を開放する。
そしてそれは徐々に空間を歪ませていき、より闇の力が深くなった瞬間――世界が反転した。
青々と広がっていた空は紅く、白かった雲は黒く――。
空を浮かぶ白き天使たちは紅蓮の炎を纏った龍に蹂躙され、翼を散らしながら堕ちていく。
――いずれ
そしてそんな光景を見ながら、蒼銀色の髪をした少女は恐れを隠せない様子で呆然と立ち尽くしていた。
『あ……ありえない……ここは神の庭園。それが、こんな……!』
アストライアが動揺した様に声を上げる中、神秘的な雰囲気だった空間は徐々に金色の闇に吞み込まれ続ける。
そして今、聖域のように美しかった世界は、まるで終焉を迎えた世界のように荒廃していく。
『くくく……さすがは主! もはや神の世界すら塗りつぶすほどの破滅的で暴虐的な魔力! だがこの世界は、我にとっても心地の良い!』
炎のような深紅の空。雷豪鳴り響く黒い雲。草木一つ生えない大地。
まるで命を否定するようなこんな煉獄の世界が心地いいとは、レーヴァも大概な存在だと思う。
「まあ、私も人のことは言えないか」
正直言って俺は今、過去最高に気分が高揚している。
この世界に転生してから、ありとあらゆるしがらみに雁字搦めにされていたが、自分の実力でその全てを叩き潰してきた。
だがそれでも残り続けるものがあったのだ。
それも今、フィーナのおかげで全て無くなった。
「さて……まずは借りを返さなければな」
昔から借りたものをそのままにしておくのは嫌いなのだ。
俺は自然な動作で一歩踏み出し、その瞬間にはアストライアの前に立つ。
『なっ⁉ いつの間に――⁉』
「遅い」
『グゥッ⁉』
その首を一気に掴むと、そのまま持ち上げる。
一瞬の出来事に自分がされたことにすら気付けなかった彼女は、足をバタバタとさせながら苦悶の表情を浮かべていた。
その姿は、つい先日殺したクヴァール教団大司教のイザークと同じだ。
「人も神も、こうすると同じ行動を取るものだな……ハァ!」
そうして俺は反対の手に魔力を込めると、そのまま彼女の心臓を貫くように突き出した。
その瞬間、フィーナの身体の中からまるで幽体離脱をするように別の存在が飛び出してくる。
『がぁっ――⁉』
「ふん、まずはこれでいいだろう」
俺は手から力を抜き、そのままフィーナを地面に降ろしてやる。
「え……? あれ?」
「痛かったか?」
「い、いえ……ただ、あれ?」
「なら気にするな」
どうやら自分の中にいたはずのアストライアがどこかへ消えたことに疑問を覚えているらしい。
だがいくらフィーナが探しても、彼女の中にもう神はいない。
なぜなら――。
「こ、これは一体……なぜ器なく私本人の身体が顕現を……?」
少し離れたところでは、白銀色の髪を腰まで伸ばした女性が戸惑ったように自分の身体を見下ろしていた。
着ている服は軽鎧と法衣の間のような白いもの。
腰には先ほどまでフィーナが持っていた剣が下げられている。
先ほどまでどこにもいなかったこの女性こそ――ゲームにおいてラスボスに止めを刺す女神、アストライア本人だった。
「ここは私の空間だ。これだけ魔力の充満してる場所であれば、本来の力を発揮するには十分だろう?」
「そんな……ですがこの極限まで高められた魔力はまるで本物の神域。人が……創造神様と同じ力を?」
「御託は良い。さあ神としての力を存分に振るえ。そのうえで、貴様の壊れた天秤を二度と元に戻らないように破壊してやる」
「くっ! しかし、これだけあれば本来の力をそのまま使えます!」
そんな言葉とともに、アストライアは剣先を俺に向けると、強大な魔力を練り上げ始める。
その行為を、俺は黙ってただ見続けていた。
「ハァァァァ! 神の断罪を受けなさい! 『ジャッジメント』!」
極限まで高められた魔力の閃光が俺に向かう。
先ほどは受け止めると手が焼け焦げてしまったが、今のアストライアから放たれる威力は先の数倍以上。
普通なら肉片一つ残らない、まさに神の断罪に相応しい威力を秘めている。
「ふん……」
だがそれを、俺は片手で受け止める。
今度は僅かに下がることもなく、ただ真正面から堂々と――。
「なっ――⁉」
「後ろにはフィーナがいるというのに、ずいぶんと雑な攻撃をしてくれる」
俺はアストライアが放った『ジャッジメント』を押し返す様に、小さな魔力球を飛ばした。
かつてレーヴァの獄炎すら押し切った闇の魔力は、光を奪いながらアストライアに向かっていく。
「ぐ、ぐぐぐ……」
「抵抗は無駄だ」
苦悶の声を上げるアストライアに対して、俺は暗い笑みを浮かべながら魔力を高める。
それだけで力の差は圧倒的だったのか、彼女の閃光を飲み込みながら止まることなく進み――。
「あ……あぁぁぁぁぁぁ――⁉」
闇の魔力がぶつかる瞬間、アストライアが決死の声を上げて大きく飛び去った。
それは『逃げる』という、神にあるまじき行為。
「絶望しろ」
「あ……」
俺は空間を圧縮すると、アストライアが逃げた場所へ先回りする。
大きく距離があったために安心していたのか、俺を見た瞬間に顔を強張らせながら身体を硬直させた。
「う、うぁぁぁぁぁ!」
「甘い」
すぐさま剣で切りかかってきたところは流石だが、しかしその動きはどこか散漫。
動揺が隠しきれておらず、剣閃もぶれていた。
この程度の剣が、俺に通用するはずもないだろう。
俺の手にあった黒と黄金の色をした剣によって弾かれ、アストライアの剣はゆっくりと地面に落ちていく。
「ぁ……」
「手放した剣を見送っている場合ではないぞ。這いつくばれ……『グラビティ』」
「っ――⁉」
空中に飛んでいた彼女は、一気に地面へと堕ちていく。
必死に立ち上がろうとするが、俺の重力魔術によって押しつぶされていて身動きすら取れない状況だ。
「さて……それでは終わらせるとしようか」
「ぐぅ⁉」
ゆっくりと地面に降り、もがく彼女の頭を思い切り踏みつける。
散々こちらのことを世界の敵だのなんだと言ってくれたのだ。
ならばそんな彼女の期待に応えるために、いくらでも悪に徹してやろうではないか。
踏みつける足に力を籠め、一切動くことの出来ない彼女に首に剣を沿える。
「最期に言い残すとこはあるか?」
「……貴方はいずれ、この世のすべての神にその命を狙われるでしょう。神殺しがこの世界で平穏に生きられることは決してありません」
「だとしても、すべて返り討ちにしてやるさ」
そうして俺は、闇色と黄金が混ざり合った剣を振り上げると、処刑人のようにその首目掛けて振り下ろすのであった。
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