第24話
――絶望を教えよう。
敵対者を殺せと叫ぶ者。ただひたすら逃げる者。神に懺悔するように天を見上げる者。
それらを俺は『平等』に攻撃し続けた。
今この場に救いなどはない。
たとえたまたまその場にいただけであっても、『運』が悪かったと諦めてもらうしかないのだ。
――まあ、そもそもこんな辺境の要塞にいる時点で、何のかかわりもなかったなどという言い訳が通用するわけがないがな。
一切の容赦なく魔弾を降り注ぐと、下から必死に声を上げて反撃をしてくる教団の男たち。
大司教ほどではなくとも、ここがやつらの本拠地であるのであれば
帝国の精鋭を相手に出来る連中であり、もし騎士団にここの攻略を命ずれば、多大な犠牲が出るに違いない。
魔力が強い者も多く、空を飛んでやってくる敵など体のいい的なのが普通だ。
だが俺が乗っているのは翼鳥でもなければワイバーンでもない。
かつて神々に反逆し、戦い続けた偉大なる『古代龍』である。
『主の攻撃に比べたら鬱陶しいだけでなんと弱いものか……やはり化物で頭がおかしいな主は』
「おいレーヴァ、聞こえているぞ」
『ピェ⁉』
「あ、リオン様! レーヴァさんが可哀そうだからあんまり踏んじゃ駄目ですよ」
「ふん……こいつは定期的に調子に乗るから、ちゃんと躾をしておかなければならないだけだ」
そう言いつつ、レーヴァが今後俺に逆らうことはないだろうことはわかっていた。
なにせあれだけの力の差を見せてやったのだ。
力を信仰する古代龍であれば、もはや俺以上の存在など考えられないことだろう。
「それにしても、くくく。阿鼻叫喚の地獄絵図、というのはまさにこのことだな」
要塞から聞こえてくる怒号の声と悲痛の叫び。
――あれはなんだ⁉
――助けてくれ!
――どうしてドラゴンが、いやそれより頭上に人間が……。
やつらは今、なぜ自分たちがこうして襲撃を受けているのかもわからないだろう。
なにせエルフを助けるために人間がやってきたなど、想像も出来るはずがない。
「まとめて吹き飛ばしてやりたいところだが、それでは肝心のエルフを救出出来ないからな」
「そうですね」
「ん……?」
俺の言葉に相槌を打つフィーナに、俺はほんの少し違和感を覚えた。
「どうされましたか?」
「……いや、なんでもない」
だがその違和感はすぐに消えて、いつも通りの彼女となる。
――今のはなんだ?
視線を下界にだけ向けながら、しかし背中を刺すようなヒリヒリとした感覚がずっと纏わりついてきた。
これを無視するなと、今まで破滅への気配を避けてきた俺の心が言っている。
「……フィーナ、お前はこの光景を見て、どう思う?」
「そうですね。命の灯が消えていくのは心苦しいですが……ですがそれも邪教に身を寄せ、悪事を働いたゆえに仕方がないこと。来世では良き人生を歩んで頂けたらと思います」
「そうか……」
この反応をどう取るべきか、俺は今悩んでいた。
確かにクヴァール教団は聖エステア教会からすれば憎き敵。
旧神である破壊神クヴァールと、現神である創造神エステアは対となる存在だからだ。
それゆえに聖エステア教会はクヴァール教団の撲滅を掲げているし、見つけ次第断罪すると決めていた。
実際ゲームでも、クヴァール教が敵のときのフィーナはかなり性格が変わる。
本来は回復術師として活躍するはずが、攻撃的な魔術をどんどん使うのだ。
しかし、今羽虫が潰れるのを見るような、無関心の瞳で下界を見下ろす彼女の姿は、どうにもらしくはない……。
「まあいい……今はこちらの始末が先だ」
いかに頑強な要塞であっても、所詮は人の手によってできたもの。
「『ギガントブレード』」
俺は魔力で作った巨大な剣を空中に生み出す。
太古の大巨人の持つような大剣は、レーヴァの身体ですら切り裂きかねない大きさ。
『わ、我にそれを向けるなよ! 絶対に向けるなよ!』
「心配するな。魔力のコントロールには自信がある」
そんな剣を、俺はゆっくりと城壁に向けて一気に振り下ろした。
本来なら敵の侵入を阻むはずだった城壁は真っ二つに割れていき、付近にいたクヴァール教団の者たちはあまりにも現実離れした光景に戦意を喪失してしまう。
地面に降りた俺は、逃げ出そうとする教団のやつらに魔力を飛ばし、ついでにこの要塞全体を囲うように、先日行った土の魔術で壁を作る。
もしこの壁を突破しようとするならば、俺の魔力を超えた攻撃で穴を空けるか、空を飛ぶしかない。
「レーヴァ、分かっているな?」
『うむ。飛んで逃げようとする者は全部燃やし尽くせばいいのだな?』
「その通りだ」
これでもう、誰も逃げられまい。
クヴァール教団は俺にとって破滅フラグそのもの。
それゆえに生き延びる道など欠片も用意はしてやるつもりはなかった。
「さて、それでは行くとしようか」
俺は真っ二つになった城壁の方へとゆっくり歩いて行く。
背後からはフィーナが付いて来るが、その足取りに不安はなく厳しい瞳を向けていた。
「大丈夫か?」
「はい……神様の敵である邪神の使徒は滅ぼさないと……」
どうやら彼女は彼女で、聖エステア教会の人間としてクヴァール教団には思うことがあるらしい。
人の死に関して目を背けることがないのはきっと、この世界がそもそも現代日本と比べて遥かに厳しい世界だから。
そうでなければ、聖エステア教会が彼女に『そういう教育』を施したことになってしまう。
「……まあ、今考えることではないな」
ゲームでも、そしてこの世界でも見覚えのある格好の敵が襲い掛かってくるが、これまで戦ってきた大司教ほどの者はおらず、俺を傷付けることすら叶わない。
要塞の中を進んでいくと、その奥には侵入者の存在に慌ただしい様子。
「あぁ……偉大なる神クヴァールよ。我らを助けたまえ……」
ブツブツを神に祈りを捧ぐ者は念入りに息の根を止めておいた。
既に戦意があるかないかは関係ない。
この状況になってなお、あの破壊神に祈りをささげるような狂信者は今後の危険の芽となるからだ。
クヴァール教団を闇とするなら、聖エステア教会は光。
その溝は、あまりにも深かった。
「ゲーム原作でシオンに近づいたオウディ大司教。やつも幼い頃に家族や仲間を光の教団に殺され、自身も追手から逃げるために顔を焼いた過去があったからな……」
生まれる場所は選べない。
それは大司教オウディも、そしてこの破滅フラグ満載だったシオン・グランバニアも変わらないというもの。
オウディの場合、邪神を信仰する両親のもとに生まれただけで、幼い頃は普通の教徒でしかなかった。
それがあれほどの狂気を内包した化物に変貌してしまうのだから……。
「それは私も変わらないか」
俺だって、一歩道を間違えれば今とは異なったところに立っていたかもしれないのだ。
その一歩を間違うことなく歩めたのは、未来の知識があったから。
「……まったく因果なものだ」
この身体に生まれたからこそ背負った数々は、この身体だったからこそ乗り越えることが出来た。
神は試練を乗り越えられる者にだけ与えるなどと誰かが言うが、余計なお世話にもほどがある。
俺はただ、せっかく生まれ変わったこの世界を堪能したいだけなのに……。
「なぜこんな、血塗られた道を歩いているのだろうな?」
「リオン様?」
「なんでもない。行くぞ」
そうして俺はフィーナを連れて要塞の奥へと進んでいく。
その先に待っているであろうクヴァール教団の幹部を叩き潰すために。
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