第21話

 太陽がのぼり、朝食を食べ、そしていつも通りの日常が始まる。


「エルフの里は自然豊かで、歩いているだけで楽しくなりますね」

「そうだな」


 昨日はエルフの里を観光する暇もなく宴が始まってしまったためゆっくり出来なかった俺は、フィーナと散歩を楽しんでいた。


「レーヴァさんも来れたら良かったんですが……」

「よくもあれだけグータラ出来るものだな。まあ、奴がいてはこんなに落ち着いて散歩も出来んから構わないが」

「あはは……多分宴ではしゃいじゃって疲れていたんですよ」


 木々の隙間から差し込む陽光がキラキラと輝き、現代社会から遠く離れた森の中はとても穏やかな時間が流れている。


 少し辺りを見渡せば、早朝でありながらエルフたちはすでに起きており、各々の仕事に従事していた。

 

 内容はわからないが、おそらく人間の村とそう大差はないだろう。


 子どもたちも親の手伝いをしているらしい。

 中には遊んでいる者もいるが、それはそれでいいと思った。


 少なくとも、誰も信用できない王宮で一人、邪魔する者を始末することばかり考えているよりはよほど健全だ。


「こういうのも、たまには悪くはないな」

 

 この世界に転生してからは息つく暇もなかったため、穏やかな時間というのは俺にとって貴重なものだ。


 もちろん一生こうしていたいとは思わないが、こういう時間が大切だとも思う。


「私もずっと聖エステア教会から出たことがなかったので、こういうのもいいなってちょっと思っちゃいますね」

「そうか」


 そういえば、フィーナは幼い頃に神託を受けて、それ以降はずっと教会で育てられてきたという設定だったはず。

 

 本来の歴史であれば、ちょうどこの時期に神託が下り、南に向かって旅を始めるのだったか。


 旅の中で天秤の女神アストライアの力を徐々に使えるようになり、最終的には主人公たちを導く存在へと変わるのだが、この世界では違う道を歩んでいる。


「神託がなければ、あのまま教会の中で過ごしていたのか?」

「きっとそうですね。それが当たり前だと思っていましたし、周りの人たちはとても親切な方ばかりだったので気にしたこともなかったのですが……」


 その続きを彼女が語ることはない。


 外の世界の方が素晴らしい、と言うにはフィーナの知っている世界はあまりにも狭かったのだから。


「しかしそれでよく、一人で旅に出ようと思ったものだな」

「それはその、神託でしたし……それに本などで旅の常識などは知っていましたから」

「一つ言っておくと、盗賊ごときに後れを取るような女が護衛も雇わず一人で旅をするなど、襲ってくれというようなものだぞ? ましてや貴様のような美人であれば尚更だ」

「え? え? え あ、あ、あの……その……そそ、それって?」


 暗にそれは常識知らずだと突きつけてやると、フィーナはどこか動揺した様子を見せる。


 そんなに傷付くようなことを言ったか?

 確かに弱いなどと言われて気をよくする者はいないだろうが……。


「私、えっと、別に美人ってわけでは――」

「それでも事実は事実として受け止めてもらいたいものだ」

「ひゃい⁉」

「ん? すまない。言葉が被ってしまったな」

「い、いえいえ⁉ なんでもないです! なんでもないですとも!」


 珍しく声を荒げるフィーナに俺は首を傾げながら見ると、彼女はそっと視線を逸らした。


 出会ってからこれまで、聖女というに相応しい淑女の雰囲気であったが、今はまるで年相応の子どものようだ。


 とはいえ実際、十五歳といえば子どものようなもの。

 そう考えると、この危険極まりない世界に一人で旅をさせる神もよほど意地が悪いと思ってしまうな。

 

「まあ、私とともにいる間は守ってやるさ。最初に同行を許可したのは私の方だからな」

「リオン様、えと……ありがとう、ございます」


 なぜ礼を言いながら顔を背ける?


「今リオン様を見たら絶対に、ひゃーってなるからですよ!」

「ひゃ、ひゃー……?」


 おそらく、この世界にやってきてから今までで一番意味不明な言葉に直面した。


 ひゃー、とは一体何なのだ?。


「そ、そんなことを凛々しい顔で真剣に考えないでください! 考えるの禁止!」

「む……だがしかし、知識の探究は魔術師としての義務であってだな……」

「全然魔術のこと関係ないですから大丈夫です! リオン様はちょっと普通からずれてます!」

「そんなことはない」


 たしかにこの世界にやってきてから、帝国の皇族として育てられてきた。


 それゆえに一般人としての感覚が理解出来ないように思われるが、しかし俺は元どこにでもいるサラリーマン。

 当然ながら、一般的な金銭感覚はもちろん常識だって捨ててはいないのだ。


「おそらく私以上に普通の感覚を持っている皇――男はいないとも」

「なんでそこは自信満々なんですかぁ……もう」


 危うく皇族であることを言い放つところだったが、なんとか誤魔化せたらしい。


 しかし聖女である彼女に、普通からずれているなどと言われるとは思わなかった。


 まさか……本当に俺は一般的な感覚からずれているのだろうか?


「でもリオン様がそう言って下さるから私は――」

「あ、リオン君だ! それにフィーナも!」

「む? アリアか」

「うん! 二人は散歩かな?」


 元気いっぱいと言った様子で明るい声を上げるアリアの登場で、先ほどまでの少しおかしかった空気が一変する。


「こうして自然を堪能するのも嫌いではない」

「だよねだよね! リオン君がいいならここに住んでもいいんだよ?」

「さすがに人間の私が、エルフの里に住むわけにはいかないだろう」

「えー、リオン君は人間だけど恩人だからみんないいって言うと思うけどなー」


 しかし最初に会った時に比べて、ずいぶんと元気になった。

 やはり故郷に戻ってきたことが大きいのだろう。


 この快活明瞭な雰囲気は周りを明るくしてくれるもので、軍団の士気を上げることにも有効かもしれない。


 ……このまま帝国にスカウトしてしまうか?


 戦闘能力はいまいち……といってもエルフである以上は期待も出来、貴重な人材として活用できるかもしれない。


 なにより彼女を受け入れることで、エルフ族と人間の確執も帝国内だけかもしれないが解消出来る可能性もあり、意外と悪くない気がしてきた。


 そもそもの話、俺は奴隷制度自体が気に喰わない。

 元々そうだったが、それをクヴァール教団が利用しているというのであれば余計にだ。


 思い付きにしてはいいアイデアが出てきた、と思ったところでエルフの老婆であるシル婆がこちらを見ていることに気付く。


 彼女はどこか意味深に笑い、俺を誘っているらしい。


「あれ? そういえばフィーナ、顔紅くない?」

「ちょ、ちょっと太陽に当たり過ぎました!」

「でもこの森、木が陽光を遮ってくれるから涼しいよ?」


 同年代の少女たちは楽しそうに会話をしている中で、俺はそっとその場から離れてシル婆の傍に向かって行くのであった。

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