第16話

 なんとなく、エルフというのは森の恵みだけで生きているイメージがあった。

 宴と言われても野菜の盛り合わせなどで、簡素なものだと思っていたくらいだ。


「だがこれは……中々壮観だな」


 夜になっても周辺一帯にくべられた篝火によって灯りに困ることはなく、美しいエルフの女性たちから運ばれる料理の数々は、肉やパンなども含まれ、少なくとも帝国の小さな村で出せる代物ではない。


 一品一品も丁寧に調理されたのが分かる。

 香ばしい匂いを漂わせており、横に並べられた酒と相まってこちらの食欲をそそって来るのだ。


「凄い盛り上がってますね」

「正直、エルフという種族に対する無知を恥じてしまう光景だな」 


 少し離れたところではダンスをして場を盛り上げている者、酒を飲み比べしている者、そして食を楽しみ笑い合っている者。


 人間嫌いであるエルフが、自分たちに対してこれだけのもてなしをすることは、正直まるで考えていなかった。


「裏を返せば、それだけ問題になっているということでもある」

「……そうかもしれません」

 

 アリアの話で、ここ最近エルフたちの失踪が続いている。

 理由は人間たちによる拉致なわけだが、これまでは誰一人として戻ってきた者がいなかったために細かい状況もわからなかった。


 ただ今回、アリアが俺の手によって救われたことで、やはり人間の仕業であること。

 そして、精霊喰いというエルフに対する切り札を知ることが出来たのは、彼らにとっては一つの光明となる。


 今回の宴はアリアを連れて帰ってきたことだけではなく、その切っ掛けを作った功労者に対する感謝があるのだろう。


「あ、リオン君! それにフィーナ! どう、楽しんでる?」


 エルフのイメージ通り若草色をしたドレスに身を包んだアリアが、俺たちの方へと近づいて来る。


「アリアか。そうだな、初めての経験で新鮮だ」

「そっかそっか! ならよかったよ! あれ、レーヴァは?」

「レーヴァさんなら、あそこに」


 フィーナの視線の先には、スルトを中心としたエルフの戦士集団がいた。

 

 元々の美丈夫であるため華やかなはずのエルフだが、なぜかあそこだけは妙に男臭い雰囲気。


「なにをやってるのだあいつは?」

「力試し、かなぁ?」


 テーブルの上に肘をつき、腕相撲をしている様子。

 というか、レーヴァは見た目が子どものためエルフたちと腕の長さが全然合っていないのだが……。


「あ、ひっくり返されましたね。エルフの方」

「え? レーヴァってあんなに強かったの?」


 テーブルに腕を叩きつけられたエルフの戦士は呆然としながら、なにが起きたのか分かっていない様子。


 それを挑戦的な眼差しで見ながら、レーヴァは周囲を伺っている他のエルフたちを挑発する。


 力自慢のエルフたちが次々とレーヴァに挑み、そして敗北していくと次第にエルフたちの輪が大きくなってきた。

 誰が最初に彼女に勝つか、そんな盛り上がり方だ。


「はーはっはっは! 我に勝てる者はいないかー!」

「「うおおおお!!」


 そんな高笑いとエルフたちの気合の入った声が離れたところにいる俺にまで聞こえてくる。


「レーヴァさん、楽しそうですね」

「ああ……だが少々調子に乗っているようだな」


 俺に負けて古代龍としてのプライドを崩されたからか、こうして勝てるときに勝とうとする姿勢は大事だと思う。


 とはいえ、相手がエルフとはいえ龍が力勝負で負けるわけがないだろうに、やっていることが少々卑怯な気もするな。


「リオン様?」

「リオン君?」


 また一人、エルフの戦士がひっくり返されたところで俺が立ち上がると、二人が不思議そうな顔をした。


「なに、少し羽目を外してくるだけだ」


 そんな彼女たちに薄く笑い、俺は歩き出す。

 目的はもちろん、エルフたちを倒して高笑いを続けているレーヴァのところ。


「次は貴様か。たしかスルトと言ったな!」

「おおとも! これだけエルフの戦士たちが倒されて、黙って見てはおれん! 戦士長である私が相手をしようではないか!」


 エルフたちの影に隠れながらレーヴァとスルトが腕を合わせる。

 

 全くかみ合う気がしないほどの体格差だが、その内に秘めたパワーは全く逆。


「行くぞぉぉぉぉぉ!」


 審判が手を離した瞬間、スルトの気合いが籠った声。だがしかしレーヴァの腕はまるで固定されているかのように動かない。


「くふふ……まだまだ青い青い!」

「ぐ、ぬぬぬ……」

「貴様がここのエルフ族で一番強いというのであれば、今日から我がトップとして君臨してやろうではないか!」

「なんの、私はまだ本気を出していないだけ、だぁぁぁぁ!」

「むっ?」


 ほんの少し、レーヴァの腕が動く。それは本当に予想外だったのだろう。

 そして同時に――彼女の中にあった古代龍としてのプライドが傷つけられた。


「まさか我が小さき者に、わずかとはいえ押されるとは……」


 彼女の緋色の瞳が一瞬燃え上がり、そして黄金色へと変貌する。

 

「だがそんな奇跡もここまでだ! 我に勝てる者など……勝てる者など……あ」


 黄金の瞳が俺に気付く。

 そしてパクパクと口を開け閉めしながら言葉に詰まり、額からダラダラと汗を流し始めた。


 どうやら自分が下僕になったことも忘れて、調子に乗っていたことに気付いたらしい。


「まあ、もう遅いがな」


 俺は全力を出してレーヴァの腕を押し続けているスルトに強化魔術をかけてやる。

 その瞬間、先ほどまで動く気配のなかったレーヴァが急に慌ただしくなった。


「ぬわ⁉ ちょ、主⁉」

「お、おおおお! なんだこの身体の奥底から溢れる凄まじいパワーは! まさかこれは私の奥底に眠っていた力が覚醒しようとしているのか⁉ いや、今はなんでもいい! エルフ族たちの無念、この私が晴らしてみせる!」

「いや違うこれはお主の力じゃなくて――ぬ、ぬおおおお⁉」

「おおおおおおおおお!」


 凄まじい力によってテーブルが割れてしまい、そしてレーヴァの小さな身体はひっくり返りながら地面に落ちる。


「見たかエルフの戦士たちよ! お前たちの仇は、戦士長スルトが取ったぞぉぉぉぉ!」

「「「おおおおおー!」」」


 そうして起きる大歓声。

 完全に盛り上がっているエルフたちを横目に、俺は地面に倒れたまま呆然としているレーヴァを拾いに行った。


「主……」

「なんだ?」

「……ずるい」

「古代龍のくせにエルフ相手に力勝負をして調子に乗るからだ」


 しかも最後は少しだけ本気を出そうとしていたからな。

 さすがにあの辺りで抑えておかなければ、取り返しのつかないことになりかねなかったのだ。


 まあ、お灸をすえるつもりだったのは、否定しないが。


「もう十分調子に乗っただろう? 出された料理も中々に美味だからな。それを食べて機嫌でも直せ」

「はぁ……そうするかぁ」


 レーヴァはのそのそと立ち上がり、スルトを胴上げするエルフたちの横を通ってフィーナたちのところへ戻って行く。


 それを見送ってから、俺はこちらをじっと見てくる一人のエルフの方へと歩いて行った。

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