第11話

 ギルドから出た俺が宿に戻ると、アリアが小さな寝息を立てながらベッドで寝ていた。


「疲れていたのだな」


 この世界では十五歳はもう成人だが、俺の感覚ではまだ子どもと言っても良い年頃の少女。


 それが故郷から離され、奴隷として連れ去られた。

 さらにそこから盗賊にまで襲われたのだ。


 草原から街に来るときは平気そうな顔をしていたが、そのストレスは相当なものだったことだろう。


「さて……どうしたものか」


 俺のことをご主人様と呼びながら近づいて来たのは、決して恩によるものだけでないことはわかっていた。


 彼女は本能的に人に対して恐怖を覚え、庇護してくれる対象として俺を選んだだけのこと。


 もし俺に見捨てられたら人の世では生きていけないから、必死に媚を売っていたのだ。


「あ、リオン様。戻られていたんですね」

「フィーナか」

「我もいるぞ」


 隣の部屋で待機していた二人が俺の帰りに気付いて部屋に入ってきた。


 ここはそれなりに良い宿なので、湯浴みも出来る。

 二人とも髪を湿らせた状態で、少し紅潮している状態だ。


「二人はアリアのこと、どう思う?」

「む? エルフのことはよくわからんが、まあ元気なのは良いことなのではないか?」

「……私は」


 あっけらかんとした風で自分のベッドに寝ころぶレーヴァとは対照的に、フィーナはその場で考える素振りをした。

 そしてしばらくしてから顔を上げると、チラリとアリアを見る。


「無理をしているように見えました……」

「そうか」


 聖女というだけあって、人のことをよく見ている彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。


「ならば、答えは決まったな」

「え?」

「特に急ぎの旅でもない。アリアをエルフの里に送るぞ」


 俺の言葉にレーヴァは目を丸くし、フィーナは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 そして当の本人と言えば、幸せそうに寝息を立てるだけだった。




「え、え、え?」

「どうした?」

「いやだってご主人様……えと、その……」


 翌日、朝食を食べながら昨日決めたことをアリアに話すと、彼女は驚いた表情をしてこちらを見てくる。


 どうやら俺が彼女をエルフの里に戻そうとするなど、想像もしていなかったらしい。


 元々幼さの残る顔をしているだけあって、今は妙に子どもっぽく見え、少しだけおかしく思う。


「なんで? だって私、まだなにもお礼出来てないよ?」

「別にお前から礼を貰おうとなんて最初から思っていない」


 そもそも奴隷に捕まっていたのだから、礼が出来るはずもないだろうに。


「エルフの里というのは人が近づけない場所なのだろう? だったら観光ついでに見に行ってみようと思っただけだ」


 俺は自分に降りかかるはずだった破滅フラグをすべて終わらせて、今はもう自由の身だ。

 

 だからこそこの世界を見て回りたいと思っていたし、実際にそうしている。

 

 エルフは『幻想のアルカディア』でも登場する種族だが、メインキャラにはいなかった。

 そのためエルフの里でのイベントというものがなく、存在だけが示唆されている程度の場所なのだが……。


「エルフは恩を返してくれる種族なのだろう? だったらエルフの里を案内してくれればそれでいい」

「ご主人様……」


 ジーン、と感動した様子でこちらを見てくるのだが、手に持ったフォークとそこに刺さった肉がなんともシュールな状況だ。


 人間に奴隷扱いされることもあり、エルフは当然のごとく人間が嫌いだと公言している。


 だが俺からすれば、ファンタジーの代名詞とも言えエルフやその里は是非とも見たい。


 そんな打算があると伝えてはいるのだが、どうにも理解をしてくれた様子はなく、アリアはうんうんと涙を流し始めるのであった。


 しばらくして、落ち着いた様子のアリアは食事を再開し始める。


「お前を助けたとなれば、エルフたちも友好的になるのだろう?」

「うん……普通のエルフは人が嫌いだけど、それでも恩には恩を返す種族だから絶対に大丈夫!」

「普通のエルフ?」

「あ、いや、それは……」


 つい彼女の言葉が気になって聞き返すと、アリアは戸惑った様子を見せる。

 言うべきか、言わないでおくべきかを悩んでいる様子だ。


「あの……実は僕ね……」

「アリア、別にお前が隠してることを無理に言う必要はない」

「……そうなの?」

「ああ……」


 そもそも、隠しごとをすべて話さなければならないのであれば、フィーナが聖女であることやレーヴァが古代龍であることも話さなければならないことになる。


 別にアリアを信用していないわけではないが、人の耳はどこにあるかもわからないし騒ぎになるのも煩わしい。


 それにもっと言えば、俺が転生したことや帝国の皇族であることも話さないといけなくなるし、それはさすがに勘弁願いたいところだ。


「たとえどれほど信頼し合っていても、内に秘めておくべきことというものがあるからな」

「そういうものなんだ」

「そういうものだ」


 俺がフィーナたちに目配せをすると、彼女たちもコクコクと頷いて同意してくれる。


 それでアリアも納得したらしく、すっきりした顔で笑うのであった。

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