転生したラスボスは異世界を楽しみます

平成オワリ

第一章 ラスボスに転生した男

プロローグ

 シオン・グランバニアとは有名なゲームに登場するラスボスの名前である。

 それと同時に、十八年前から今世の俺に与えられた名前であった――。




「ようやく、終わったか……」


 父である皇帝に与えられた屋敷のソファに座りながら、血のように紅いワインを片手に俺は一人で感傷に浸っていた。


 足元には血を流して倒れている黒いフードの男。 


 破壊の神クヴァールを信仰する教団に属する幹部であり、俺を唆して世界を滅ぼそうと画策していた、黒幕的な存在だ。


 本来の歴史であればシオン・グランバニアという人間は、クヴァール教団によって破壊神クヴァールの器とされ、世界を滅ぼそうとする。


 それを防ごうとするゲームの主人公たちと敵対し、結果敗北する運命にあった。


 だがそれは『本来の歴史』。


「このゲームの世界に転生してから十八年」


 黄金の君、破壊の獣、邪神の器、残虐なる皇帝。


 作中では様々な呼び名で呼ばれたシオンに宿った魂は、日本でサラリーマンをしていたどこにでもいる普通の男。


 平凡な家庭に生まれて普通に生きて、事故で死んだと思ったら赤ん坊に転生をしていたのだ。


 最初は戸惑った。なにが起きたのか全く分からず、ただ驚いた。


 そして次第に状況を理解していくと、ここが前世で好きだった『幻想のアルカディア』の世界で、俺がそのラスボスである『シオン・グランバニア』であることを知り、今度は絶望した。


 なにせ、ラスボスである。


 単純に倒される役目であることはもちろん、ゲームのシナリオ的にも作中屈指の不幸フラグを秘めた存在だったのだ。


 とはいえ、当たり前の話だが破滅すると分かっている人間に生まれて、なにもしないやつはいないだろう。


 大好きだったゲーム『幻想』の初代ラスボスに転生したと気付いた俺は、これから自身に降り注ぐ不幸という不幸に立ち向かうため、ひたすら努力をし続けた。


 さすがはゲームのラスボスだけあって、持って生まれた才能と能力は最高クラス。

 

 やればやるほど結果が出るためモチベーションは途切れることを知らず、若くして帝国最高の魔術師として名を馳せることが出来、皇族や貴族たちから支持を得ることが出来た。


 人間、やれば出来るものだなと我がことながら驚いたものだ。


「まああとは、選択肢を一つ間違えただけで終わる人生だったというのもあったな……」


 火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、俺の人生は常に追い詰められていたと言っても過言ではない。


 なにせ一つ選択肢を間違えば、自分が世界を滅ぼすことになるのだ。


 幸いにして、このシオンがクヴァール教団に唆されるまでの過程や過去はゲーム内ですべて明かされている。


 そのため成長して動けるようになってから一番にしたことは、世界の流れを日本語でメモすることだった。


 テーブルの上に置かれた日記は、この世界の『攻略本』とも言えるもの。


 それを手に取って、ペラペラと一枚ずつ捲ってみる。


「……改めて見ると、このシオン・グランバニアの人生は本当に酷いものだな」


 もはや自分以外には読み解くことも出来ない日本語で書かれた『IF』の歴史を見て、頭が痛くなる。


 近寄ってくる貴族たちは味方などではなく、甘い汁を啜りたいだけの輩たち。


 他の皇子たちによる暗殺は日常茶飯事で、少し油断をすれば毒を盛られる始末。


 破壊神クヴァールの器に相応しいと判断されてからは、大陸一の軍事国家であるグランバニア帝国の国力を削ぐため、ありとあらゆる手段を取って来るクヴァール教団。


「だがそれも、すべて叩き潰した!」


 他の皇子たちの陰謀はすべて返り討ちにし、帝国に対するクーデターを起こす組織は原作知識を使って懐柔済み。

 

 本来の歴史であればクヴァール教団によって封印が解かれ、グランバニア帝国を半壊させる大魔獣は、先手を取って倒してしまった。


 そして、足元に転がっているクヴァール教団の大司教オウディももう死んでいる。


 これにより俺をラスボスへと唆す存在はおらず、俺の人生を遮る存在もすべて消えた!


 俺は、運命に打ち勝ったのだ!


「ははは、ははははは!」


 改めて歓喜の声を上げると、体内から漏れ出る魔力が部屋中を覆い空間を歪ませる。


 この身体に宿った世界最強の魔力は、たとえ魂が別人であっても健在で、敵対する者には圧倒的な絶望を与える。


 今日は俺の人生至上もっともめでたい日だ。


 普段は抑えている魔力も、今この瞬間だけは全力で解き放ってもいいだろう。


「ふっ……」


 窓を開けて空を見上げれば、満天の星空が広がっていた。


 幻想のような、夢のようなこの世界。


 剣と魔法が広がり、魔物が跋扈し少年少女たちが未来を手に入れるために戦うファンタジー。


 俺は今、何度も何度も繰り返し遊んだ『人生で一番好きだったゲーム』の世界にいる。


 それは夢でもなく、幻でもなく、この十八年の歩みは本物で、そして現実だった。


「長い戦いだったが……これでもう私の邪魔をする者はいない」


 暗殺を謀る兄弟たちはすべて倒し、次の皇帝となるべき人物の選定も終わっている。


 この帝国のクーデターはもう起きない。


 帝国を半壊させる大魔獣は、その存在ごと滅ぼし二度とエステア大陸には現れないだろう。


 そして、最終的に俺を唆す大司教は殺し、教団自体もすでに半壊状態でこれ以上俺に近づくことは出来ないはずだ。


 俺は俺に降り注ぐすべての不幸の元凶を、ひとつ残らず叩き潰した!


「もし私をこの世界に転生させた神がいたとしても、もういいだろう?」


 いったいどんな理由でこの世界に転生したのかはわからない。


 だがしかし、もし『本来の歴史』をなぞらせるだけの運命を望んでいるなら、そもそも転生させる必要もなかったはずだ。


 ゆえに、もし神に望みがあったとすればそれは『変化』。


 そしてこの世界における『ラスボス』になるためのフラグはすべて叩き折った。


 もうこの世界でシオン・グランバニアが破滅を引き起こすことはないし、ラスボスとして君臨することもない。


 これ以上の『変化』などないはずだ。

 

 神の望みは叶えた。たとえ望みが違っても、これ以上はもう関係ない。


 俺の破滅フラグがなくなった以上、ここから先はもうシオン・グランバニアの人生だ。


 ――もしも、大好きだったゲームの世界に転生したら?


 そんな質問をされたら、様々な答えがあると思う。


 原作主人公と一緒になって冒険をしたいという願望もいいだろう。


 原作ヒロインと仲良くしたいと思う者もいてもおかしいとは思わない。


 本来は死ぬはずだったキャラクターを助けて、歴史を変えたいと思うのも当然だ。


 もしかしたら、原作に関わることで世界が滅びるから干渉しない、という道を選ぶ者もいるかもしれないし、それも一つの選択肢だと思う。


 そして俺はそんな『もしも』を経験する機会を得られたのだ。


「これまでは私の行動一つで世界が滅びる可能性があった。だから慎重に慎重を重ねて行動してきたが……」


 すべての破滅フラグに打ち勝った俺はもう自由。故にどんな選択肢だって取っていいはずだ!


 俺はこの世界『幻想のアルカディア』が大好きだった。 


 登場人物は誰も彼もが生きることに必死で、それでも前向きで、魅力的なキャラばかり。


 せっかく転生したのだから、リアルな彼らを見てみたいとずっと思っていた。


 ラスボスになる可能性があった以前なら出会うことも許されなかったが、今は違う。


 もう俺が何をしようと世界は破滅することもないのだから、己の願望を優先してもいいだろう。


「私はこれより、誰よりも『幻想のアルカディア』の世界を愛そう」


 そのためにはまず、この世界を謳歌しよう。この世界をもっともっと好きになり、愛そうじゃないか!


 俺は次期皇帝であり、この世界で唯一心許せた弟に手紙を残して、星空が浮かぶ外の世界へと出ていく。


「ああ、なんと美しい夜空か」


 そのままゆっくりと歩き、これからはシオン・グランバニア皇帝としてではなく、ただ一人のシオンとして生きていこうと決めた。


 すべては、大好きだったゲームの世界のすべてを楽しむために――。


「さあ、始めようか。『幻想のアルカディア』を!」


 俺は天を掴むように手を伸ばして拳を力強く握る。


 その瞬間、夜空に浮かぶ星々が力強く輝き――そして暗い闇を消し去った。


 


 この日、世界中の人々は広大な空を覆いつくすほどの流星群を見た。


 世界の破滅を予兆するような超常現象を前に、ある者は運命を感じ、ある者は旅立ちを決意し、ある者は恐怖する。 


 ただ共通しているのは、誰もが悪魔に魅入られたように空を見上げ続けるのみ。


 そして一人の魔術師によって引き起こされた神のごとき奇跡は、いつか神々に選ばれる未来の英雄たちの運命を変えることになる。


「さて、まずはゆっくり南に進むか」


 そんな事態が起きていることなど露知らず、未来を変えた本人はただ機嫌よく流星群の下を歩き続けるのであった。

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