第34話 ふーふーとエレノア

「蒼馬様。今日はグラタンですよ。熱いから気を付けてくださいね」


「牛。熱すぎ。ちょっと冷まして」


「うっせー。勝手に火傷しとけ。そしてさっさと寝ろ」


 夕食時、コレットがグラタンを用意してくれたのだが……彼女の言う通り、グラタンはとても熱かった。

 表面も熱そうだが、中身はグツグツと煮えている状態。


 モモは湯気が出るグラタンにフォークを刺し、冷めるのを待っていた。

 コレットはモモにぶっきらぼうな態度を取っている。

 しかし、彼女のために大量のグラタンを用意しているのだから、結局のところ優しいんだよな。


「俺が冷ましてやるからこっち食えよ」


「うん」


「蒼馬様! 私の分も冷まして下さい」


「コレットは自分でできるだろ」


「あんたも自分でできるだろ」


 コレットは俺に冷ましてもらえない怒りをモモにぶつける。


「モモ、蒼馬にやってほしい」


「私だって蒼馬様にやってほしいわ! でもやってくれないんだもん!」


「子供かお前は」


「子供でいいです! 蒼馬様にふーふーしてもらえるなら子供でいいです!」


 コレットは涙を流しながら自分のグラタンをふーふーして食べ出した。

 そんなに俺にふーふーしてほしいのかよ。

 と言うか、そんなに価値あるか? 俺のふーふーに。


「ほら、モモ」


 冷ましたグラタンをモモの口元に運ぶと、彼女は「あーん」と大きな口を開けて一口で食べる。


「美味い」


 もぐもぐと咀嚼しゆっくり食べるモモ。

 味は完璧らしく、モモはコレットに親指を立てていた。


「くっ……こいつのために食事を作ってるわけじゃないのに……」


 そんなことをいいつつ、おかわりを沢山用意しているコレット。

 ちなみにコレットも量を食べるので、キッチンの方はグラタンまみれとなっている。

 

 グラタンを冷ましつつモモにグラタンを食べさせていく。

 すると玄関のチャイムが鳴り、コレットが返事をする。


「はーい」


「俺が出るよ。二人はグラタン食べてろ。少し冷めたしモモも自分で食べれるだろ」


「うん」


 玄関の戸を開け来客を確認する。

 

「エレノア。どうした?」


 訪れたのはエレノア。

 しかしなんだか様子がおかしい。

 俺の問いかけに答えることなく、ただ俯いたままその場で立ち尽くしている。


「おい、どうしたんだよ。いつのも元気はどこ行った?」


 するとエレノアは突然顔を上げ――俺を睨み付ける。


「エレノア?」


 その表情は見たこともないほど、歪み、醜い物であった。

 白目をむいているようだし……そこで俺はハッと気づく。


「操られてるのか!?」


「どうしたんですか、蒼馬様?」


 俺が叫んだことにコレットはグラタンをテーブルに置き、こちらの方に視線を向ける。

 

 それと同時にエレノアが俺に襲いかかろうとしていた。

 コレットに返事をすることなく、俺は手を伸ばすエレノアの両手を掴み、彼女に叫ぶ。


「おい、目を覚ませ! エレノア!」


 エレノアは完全に操られているようで、彼女の意識は無い模様。

 俺を全力で襲おうとするエレノアを見て、気絶させるしかないと考え至る。


「悪い、エレノア」


 エレノアの腹部に衝撃を与えると、ガクンと膝から崩れ落ちる。


 俺はふーっとため息をつくが――瞬時にエレノアは起き上がり、俺に噛みかかろうとしてきた。


「今のでもダメか……面倒だな、ったく」


「蒼馬様! 私が代わりにぶっ殺しましょうか!?」


 エレノアの顔をガッと掴む俺。

 コレットは俺を襲うエレノアを見て、怒り狂っているようだった。

 顔面中に青筋が浮き上がり、鬼の形相でエレノアを睨み付けている。


「殺すな殺すな! 操られてるようだから生かして助ける!」


「なんて優しい蒼馬様! なら手足をもぎ取るぐらいならいいですよね」


 今度はピクニックにでも行くような楽しそうな顔でそんなことを言うコレット。

 こいつの発想は少し危険だ。

 いつだって暴力で解決しようとするからな。


「コレットは手を出すな! モモの面倒を見ててくれ!」


「えー! 戦いの方が楽しそうなのにぃ」


 俺はエレノアの体を羽交い絞めにし、アパートから飛び出す。

 宙を舞い、そこそこ大きいマンションの屋上に降り立つ。


「落ち着け……って言ってもダメだよな」


 エレノアから手を放すと、彼女はすぐさまに俺を襲って来る。

 

 殺されるようなことはないが、このままじゃ決着がつくこともない。

 だが一つだけ安心できることがある。

 それは今まで操られてた奴らのように、足の骨に支障をきたしていないこと。


 どうやらこれまで操られてた奴らは限界を超えた動きを強要され、体が耐えられなかったようだが、エレノアの体はこの世界の住人基準から考えらば頑丈なのであろう。

 操られていた奴らより速い動きだが、体に支障をきたしているようには見えない。


「しかしどうするかな……殺すわけにもいかないし、気絶させてもすぐに動くし……って」


 エレノアの背後に二人の人影が現れる。

 なんとその二人は……新庄兄弟であった。

 

 白目をむいているし、人間の限界を超えた動き……

 こいつらまで操られてるのかよ。

 

 全く、次から次に面倒が起こるな。

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