第18話 コレット

 茶色の髪を後ろで束ね、長さは肩に触れるぐらい。

 服装はよく似合うメイド服、左手の小指には銀色の指輪。

 胸が大きく抱きつかれてその柔らかさがダイレクトに伝わってくる。

 とても美人な彼女ではあるが……頭には牛の角が生えており、それが胸に当たって少し痛い。


 こいつは向こうの世界で俺が助け、それ以来なつかれてしまったのだが……

 まさかコレットまでこっちの世界に来るとは。

 思ってもみなかった。

 いや、モモが来た時点でその可能性は十分にあったはずか。


「で、何しに来たんだ」


「何しにって、蒼馬様と暮らすために来たんですよ」


「暮らすって……モモも一緒だぞ」


「ええっ!? あいつまでいるんですか?」


 モモの名前を聞いて、露骨に嫌そうな顔をするコレット。

 仲は悪くないのだけれど、彼女らはお互いを認め合おうとは一切しない。

 だから一緒に暮らすのなんて不可能であろう。


「……分かりました。蒼馬様と暮らすのならば、それぐらいは我慢しましょう」


「我慢するのかよ」


「我慢します! 蒼馬様がいない世界より、あいつと一緒に暮らす生活の方が何千倍もマシですから!」


「蒼馬、帰った?」


 俺の声が聞こえたのか、アパートの中からモモが顔を出す。

 そしてコレットの顔を見るなりポカンと口を開ける。


「牛……なんでここに?」


「そんなの決まってるじゃない! 蒼馬様と一緒に暮らすためよ!」


「蒼馬はモモと暮らす。牛はどっか行け」


「どっか行くわけないでしょ! どっか行くとしたらそっちだ」


「お前ら、喧嘩は止めろ」


 モモがこちらに近づいてきて、コレットを引き剥がしだっこをねだってくる。

 俺はモモを抱き上げ、コレットと向き合った。


「牛、本当に一緒に暮らす?」


「うーん……こいつもこいつで強引な奴だからな。ダメって言っても素直に従わないだろ」


「従うわけありません。蒼馬様には絶対服従ですが、離れることだけは従うことはできませんから!」


「だそうだ。でもあの部屋で三人で暮らすとなると……ちょっと狭いよな」


「狭い。だから無理」


「無理じゃありませんー! 暮らすって言ったら暮らすの!」


 いつもより気怠そうな顔をするモモ。

 殴り合いはしないからまだいいけど、いっつも言い合いをしているな、二人は。


「だけど三人で暮らすのは不可能なんじゃ……」


 なんて思っていると、二階の部屋からメグが顔を出す。


「おお、メイドさんだ! 蒼馬、その美人さんは誰?」


「あー、俺の友達だよ」


「友達!? ちょっとそんな言い方はないんじゃないですか? 私は蒼馬様の従順な僕でありつつ、永遠の伴侶ではありませんか!」


「そんな関係じゃねえよ」


「ふーん。蒼馬がいた世界の人だよね?」


 メグは二階の手すりに持たれかけながら、こちらを見下ろしている。

 白色の可愛らしい服にダメージジーンズをはいており、私服はラフな印象。


「そういうことだ」


「で、何しに来たの?」


「一緒に住むなんて言ってるんだけどさ、こんなところで三人暮らしは狭すぎるだろ?」


「でも私らは五人暮らしだよ。まぁどんなところでもなんとかなるっしょ」


 メグはなははと笑いながらそんなことを言う。


 しかし彼女の言うことに一理あるかも知れないな。

 向こうは五人暮らし。

 三人でも生活できないこともないか。


「そうか……尚早狭いぐらいなんとかなるか。分かった。じゃあ一緒に暮らすか!」


「ええそうしましょう。そうしましょう。元からそのつもりですし!」


 コレットは嬉しそうに笑っているが、モモは複雑な表情をしている。

 俺はそんなモモに笑顔で話す。


「こうなることはある程度予想できてたんじゃないか? これまでずっと一緒だったし。俺も最初はまさかとは思ったけど、モモが来た時にコレットが来るような予感がしてたぞ」


「予想できたけど嫌」


「だったらこれまで通りでいいだろ? モモがいてコレットがいて……まぁ家は狭いけど、コレットがいるなら安心して俺も学校に行けるしな」


「えー……牛と一緒はヤダ」


「私だってあんたと一緒なんて嫌よ」


 二人は睨み合い、険悪な雰囲気が広がっていく。

 だがふっとコレットは笑ってモモに言う。


「でも、蒼馬様と離れ離れになるのはもっと嫌。それはあんたも同じでしょ」


「確かに」


「だからお互い我慢して一緒に生活しましょ。あんたなら、蒼馬様と離れる寂しさは分かってくれるでしょ?」


「仕方ない」


 渋々と言った様子で納得するモモ。

 コレットもヤレヤレとため息を漏らしていた。


「じゃあ新しい住人さんってことだ。よろしくねー」


 ヒラヒラ手をこちらに振るメグ。

 コレットは会釈をし、俺に彼女のことを訪ねてきた。


「あれは誰ですか? もしかして……蒼馬様の愛人!?」


「まず本妻がいないから愛人関係なんてありえないだろ。あれは魔王の部下らしいぜ」


「魔王? なんですか魔王って?」


「俺もよくは分かってないけど、俺をスカウトしたいらしい」


「ああ。蒼馬様に戦ってほしいってことですか」


「何をしてほしいのかは知らないが、そういうことだろうな」


「なるほど……蒼馬様はその話に付き合うつもりですか?」


「まさか。絶対付き合わない。でも俺を説得するためにこの世界にとどまってるようなんだ」


 それを聞いたコレットは突然顔を歪ませ、新庄兄の脅しなんて比にならないぐらい怖い顔でメグを睨み付ける。


「だったら、今すぐあの女ぶっ殺してきてもいいですか? そうすれば蒼馬様もわざわざ断る必要もないでしょ?」


「止めろ。ここでは暴れるの禁止。いいな」


 ちなみにコレットは人間ではない。

 ミノタウロスという牛型モンスターである。

 ミノタウロスであるがゆえに好戦的で血の気が多いのが玉に瑕ではあるが……まぁ基本的には良い奴だ。


 とにかく、こうしてコレットも一緒に暮らすこととなった。

 また騒がしくなりそうな予感。

 でも、これまでより楽しくなりそうな予感もあり、俺は密かに胸を踊らせるのであった。

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