Among the sleep

くるこれさん

第1話 貴方は此処にいるのだと


万華鏡を覗いたような空間が目の前にあった。

手に持つコップの中を見て、キッチンで何やら準備をしている母親の声に気がついた。




ふと辺りを見回す。

なぜ自分がこんなところにいるのかと。



子供椅子に座っている幼児と、ケーキの飾りつけをしている母親の姿。それは俺の知る母でも無ければ家族でもない。

どうして此処にいるのか、前のことを思い出そうとするも、ぼんやりとしていてどうも思い出せない。


だが不思議なことに、誰一人としてリビングに立っている俺のことを気に掛けないのだ。

まるで、さも居ない存在のように。





「やっと出来た」




状況を考えている内に、椅子に座る幼児の母親だろうか、短く揃えた茶髪に欧米寄りの顔立ち、外国人だ。

母親が机の上に、大きなピンク色のケーキを置いた。

これは…赤ん坊が食べるにしては、量が多いような気がする。






「もう五歳になるなんてね。

さ、お母さんが作ったケーキよ。ジャカジャカジャカジャカチューチュー、」






母親は口ずさみ、ケーキの端をすくいとって赤ん坊の口へ運んだ。

五歳になるということは、誕生日会でもしてるんだろうか。海外のパーティーはよく知らないが、普通子供の誕生日なら父親もいるはずだ。

だが今リビングでケーキを食べているのは赤ん坊と母親だけ。単に仕事とか、諸々で帰れないとかだろうか。







「ふふ、口についてるわよ。」







ピンポーン、








先程までの雰囲気とはうってかわって空気が不穏になる。

どことなく冷たくなった空気は、母親のハッとした表情で神妙さを増した。





少し面倒そうに、母親は「ちょっと待っててね」と言い残し玄関へ向かった。

男性の声が聞こえ、プレゼントがどうのと言っていたので宅配かと思ったが、どうやらそうでは無いらしく母親の怒鳴り声が聴こえた。

「話を聞いてくれないか」、「もう帰って」、穏やかな男性の声とは裏腹に母親の声が一層際立って響く。嫌だな、この感じ。



そうえばと気になり、赤ちゃんの方を見ると

やはり泣きそうになっていた。



赤ちゃんの口周りには、さっき食べたケーキのクリームがついていた。

俺がそれとなく指で拭うと、“感覚”があった。えっ、と思い赤ちゃんの方を見るとじっと一方を見つめていた。その目線の先は壁か、はたまた俺か。



見えているのか?違和感が更に増した。

指先でとったクリームを口に入れると、“味を感じた”。

感覚がある、そのことに俺はもしやと感じ机に置かれていたコップを“手に取った”。










「ごめんなさいね。

あら、これは何かしら」






母親が戻ると、大きなプレゼントボックスを持ってきていた。

さっきまでの怒声はどこへいったのか、赤ちゃんに話しかけるその姿はまるで別人に思えた。

俺は思わずコップを置いて、じっと見ていた。赤ちゃんも母親が戻ってきたとわかったのか、目線が外れた。



目の前でプレゼントの箱を開けようとするが、時計が鳴り「そろそろ寝る時間ね。これは明日までお預け」と言って赤ちゃんを抱えて二階へ登っていった。

俺はさっきまでの男性の会話が気になって、どうも穏やかではいられなかった。



おかしい、赤ちゃんはともかく母親にさえ俺の存在について触れない。本当に見えていないのか?

いや、見えているなら追い出すなりするだろう。

なら尚更なぜ、





「おやすみ、可愛い坊や」




母親は赤ちゃんの頬にキスをし、部屋の電気を消す。

子供部屋にしては大きく、たくさんのおもちゃが散らばるその部屋の中央の篭に、子供は眠っていた。




俺は何も出来なかった。いや、することが無かった。

目の前にはスヤスヤと眠る赤子、母親は視えていないような反応だし、俺に出来ることは何だろう。いや、そもそもあるのか?



揺りかごの近くで静かに座り、ただ虚空を見つめ、じっと潜めていた。

戸棚に置かれたプレゼントは気にならなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る