第41話「夏休みのBBQ1」


 俺は知る由もなかった。

 この夏が今まで歩んできた16回の夏よりも刺激的で、何より絶望的なものになることなど無論、知るわけもなかったのだ。







 一週間前。

 修了式を終え、無事に夏休みを迎えることが出来そうな俺は教室で適当にスマホを触りながら六花の帰りを待っていた。


「ねぇ、今日どこ行く?」

「やっぱゲーセンっしょ」

「私はカラオケ行きたいしー」

「んじゃどっちも~~」

「クレープ食べに行こ!」

「ジュースも飲みたいよね、駅前のさ!」


 と掃除を終えて、この後の予定を楽しそうに述べながら帰るクラスメイト。その中で俺はリュックを教室に移動させて、窓際の席に座る。


 途中。


「義、お前帰らないの?」


「あ、あんときの失礼な奴じゃん」


 誰だよ、失礼な奴って。俺はし連れな奴なんかじゃないし、そんな行動した覚えは——あります。


 ギロッと一睨み。

 晴彦の彼女こと明日香(ギャル)のカラコン入りの青色の瞳で睨まれる。さすがに怖くて心の中でも思わず引け腰になってしまったがここで引いていては余計にやられる気がして、喉に力を入れる。


「あ、あぁ……」


「何? 会長待ってるの?」


「会長も可哀想だよね……こんな奴って」


「そうだが————って、ギャル!! 俺はそんな人間じゃ——」


「あぁん!?」


「——すいません。僕はそう言う人間です…………」


「そうよね、私の目は間違っていないものね」


「……お前、いつの間に奴隷に」


「奴隷にはなっとらんわ!!」


「はははっ……まぁ、冗談はここまでにしてとりあえず楽しんでな。会長も疲れてると思うし、しっかり優しくしないと駄目だからな?」


「はいはいっ、分かってるって」


「んじゃ」


「おう……」


 晴彦はそう言うと、隣で俺を睨みつけていた彼女の手を引いて教室を去っていった。


「って言われてもなぁ……」


 札幌の夏も本番。

 そろそろ蒸し暑くなってくるだろう時期。夕暮れで蜜柑色に包まれたグラウンドではサッカー部や野球部がトンボ掛けをして夏休みに向けて準備をしている姿が見える。


 そんな景色を見ながら、机に頭を突っ伏して俺は考える。


 何を隠そう、文化祭が終わってから俺と六花の仲が悪い。いや、仲というのは少し気ちがうかもしれない。間柄というか、雰囲気というか、どこか付き合った時から熱が冷めている気がする。


 だから、あんな風にテスト前に予定決めたりしようとしたのだが結局のところはお互いに色々と会って決められてはいなかった。


 無論、六花の事が嫌いになったわけじゃない。勿論、今でも好きだし、これからも一緒に付き合っていきたいとも思っている。あんな出会い方で、おかしいのは承知だし、ちょっと修羅場的だったけどお互いにそれは乗り越えている。


 だというのに、正直なところ俺の気持ちもぐちゃぐちゃだった。


 どうすればいいのか分からないというか、何を言えばいいかがよく分からない。というのも六花がこの感じに気づいているのも分からないし、急に謝って変なことになるのはごめんだ。


 自己中心的な気がするのは分かっているがどうにも答えが出ずにいた。


「まぁ、お互い初めてなのもあるのかなぁ……」


 今まで、恋愛のれの字も知らない俺が高嶺の花のような六花と付き合ってきたのが凄いことだって言うのに、これ以上を求めて何がある。だなんて思いも少しばかり上がってくる。


 それに、進展がゼロ。

 ココが一番現れている点だ。


 初めて手を繋いで、花火を見た。

 何より名前呼びになった。

 お互いをいじったり、一緒に帰ったりだってしている。


 ここまではいい。たったの2,3カ月でこの進展はそれなりに早い気がするが……次の一歩がない。


 ハグ、キス……恥ずかしい。


 したくないわけがないが——素直になれない。


 なんとなく体が動いていなかった。


 唇を奪うなんてことできるのだろうか。と六花のあんな姿を見たって言うのに俺は悩むことしか出来ていなかったのだ。


「唇ねぇ……」


 桃色の唇。

 綺麗な黒髪が揺れて、夕暮れの教室でそれを奪う。


 ——なんて。ロマンチックの権化のようなことできるわけ。


 とりあえず、機会を探るしか……ないか。




 ガラガラガラ。


「——っ」


「あ、いたいたっ」


 俺が机に突っ伏していると、教室の扉が開く。

 何度も聞いた高くて可愛らしい声に思わず方がビクッと跳ねあがる。


「よしくん、帰ろ?」


 ぼーっとした顔でそう言う彼女に俺は「あぁ」と返事をして、一緒に帰ることになった。


 

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