第8話「お父さんの娘さんを俺にください‼‼」
現在、俺は制服である学ラン服の第一ボタンをしっかりと閉め、背筋をすっと伸ばし、橘さんの家のダイニングテーブルの椅子に座っていた。
初めての橘さんの家。最近は一人暮らしをしているらしく、親元から離れて高校近くに1ルームの部屋を借りているようだった。家に入るとまだ誰も来ていない。しかし、俺の緊張は心臓の爆音と共に増していくばかりだった。
「っあ、木田くん、お茶とかいる?」
「え、それなら僕がっ——」
「大丈夫だよ。私がやるし、木田くんって紅茶知らないでしょ?」
「こ、ぇ……あぁ、うんっ。じゃあ、お言葉に甘えて……」
「うんっ、よろしいっ」
妙に明るい橘さんに比べてどうして俺がここまで震えながら姿勢を正しているのかと言うと……。
女子の家に来たから?
そういうわけでもなく、
橘さんと二人っきりだから?
っていうわけでもなく、
二人だけの夜が待っているから?
ていうわけでもなかった。というか、まじで橘さんとエッチしたい。だってあんなにエロかったし……あ、やっぱ、今のは殴られそうだからなしで。
ていう御託はなしにして、今日は——親御さんへの挨拶だからだった。
急すぎる。
にしても急すぎる。
俺はまだ未成年で、18歳以下で結婚できるわけでもないというのに王族のように子供の頃からそれを考えなければいけない状況に陥っている。すべてはあの日からだったが——なかなかどうして、悪い気はしない。
「はいっ……どうぞ」
「あ、ありがとう……」
淹れた紅茶を優しく渡され、俺は縮こまった少年のようにコップを啜った。
ずずずっと喉を通るレモンティー。市販のよりも味が濃くて、レモンの甘酸っぱさをより一層感じる。緊張で味覚がおかしくなっているのか、それとも素で美味しいのか定かではないがその温かさに心は少し落ち着いた。
「緊張してる?」
ふぅ……と飲み干して息を吐きだすと、向かい側に座った橘さんは心配そうにそう言った。
「え……ま、まぁ少し」
「だよねっ……なんか、急にごめんね、私のせいで」
「え、いやいや!! そんなことないよ‼‼ 別に橘さんのせいでも何でもないし、いつか言う時は来るって思ってたし……」
「ありがと。ん、でも、言うって何を?」
俺が目を逸らして答えると、目の前の橘さんは紅茶片手に首をかしげる。俺も同時に首をかしげるが橘さんはうんともすんとも言わずにもう一度こう言った。
「あれ……私、なんか重要な話したっけ?」
あれ、なんか変なことでも言ったかな。少し怖くなって、俺は言う。
「重要な話って……え、俺、彼氏になったから挨拶したいって……」
「うん……それはそうだけど、何か言うことあったかなぁって」
沈黙。
静寂。
そして、静謐。
橘さんの家からすぐの中学校のグラウンドのバッティングの音が聞こえてくるくらいに部屋が静まり返る。
さすがに怖いので俺も確認を取ろうと口を開こうとした瞬間。
——ピンポーン。
インターホンが鳴った。一瞬、びっくりして肩がビクッと震えたが「待っててね」と橘さんに諭され、結局何も言えなかった。
しかし、まぁ。結論は変わらず、俺は言わなければならないだろう。付き合って2週間と少し。まだまだ新米の恋人同士ではあるが神様は今こそ言うべきだと言っておられる。
託宣と言うのやらを受け取ったと思って精一杯ぶつかろう。
「ふ~~ん、これがぁ……六花ちゃんの彼氏っ」
目の前に座った橘さんの母親、橘奏さんがニヤニヤと笑みを溢し、俺を一眺めするとそう言った。
心臓が壊れる。女性に見つめられる―—というか、お母様に見つめられていると無性に緊張が増す。俺の顔に変なものでもなかっただろうか、髪の毛は整えられているだろうか、ニキビとか身だしなみとか全部整っているだろうか。
先程なんども洗面器で確認したことがぐるぐると頭の中を巡る。
「まm……お母さん、木田くんが困ってるじゃん」
「あらあら~~この子、庇ってるの? 可愛いところあるじゃない!」
「べ、別に庇っているわけじゃ……ね、木田くん?」
え、急に!?
あまりにも唐突にバトンを渡され、少し震えたが平然を装って俺は答える。
「ま、まぁなっ……」
「あれぇ……震えてるけど? 大丈夫?」
「うぐっ――――」
「ちょっと、お母さん。困らせないで、今日はそういうことするつもりじゃないでしょ?」
「私は査定しに来たのよ? 六花ちゃんの彼氏がちゃんとした感じの人じゃないと……嫌だからねぇ?」
ちょっと、なにこれ怖いんですけど!! お母さん、怖すぎませんか? なんですかその意味深な台詞は!? 俺の心臓の音逆にちっさくなってるし、それに隣に腕組んで座っている強面のお父さんが何も言わないから余計にヤバいんですけど!!
だめだ、すでに俺の心はHP0。もはや何も言う気力は残っていないまである。
口元を結び、ぐっとこらえると——目の前に座った美人なお母さんは一息ついてこう言った。
「——んっまぁ。合格ね……真面目そうで、体つきもいいっ。これなら夜の方もおっけいね」
「ま、ママ!! そう言うこと言うのは……あ」
ママ?
気持ちが高ぶったのか、橘さんは大きな声で言っていた。気づいてしまったのか、口を開けて固まるがすぐに咳払いして言い直す。
「んんっ―—じゃなくて、お母さん! そう言うのはしなくていいから、やめて!!」
どうやら、触れてほしくないらしい。
それなら、ここは甘んじて無視しておこう。
ちょっと恥ずかしそうに起こる橘さんに余計にニヤニヤしているお母さんは「いいのいいの」と娘の攻撃をかわすと俺に視線を向ける。ドキッとして体が強張ると優しそうな声で言う。
「——ねぇ、娘のこと、六花ちゃんの事は好き?」
「は、はいっ! 好きです!!」
「ふんふん。どういうところが好きかな?」
「え、あ——っとそれは、優しい所とか真面目なところとかカッコいい所とかです!!」
「普通ね……他にはないの?」
やばい。どうしよう。
改めてそう言われるとどこが好きなのか分からない。しかし、ここで言わないわけにもいかず、コンマ一秒間に俺は頭をフル回転させる。
——可愛いところ。いやこれじゃあ無難すぎる。
——髪が綺麗なところ。それは果たして好きなところなのか。
——思いやりがあるところ。これもこれで普通すぎるし……
——むっつりすけべなところ。いや、これじゃあ隣の静かなお父さんにぶん殴られる。
考えれば考えるほどいい案が浮かばない。
しかし、言わないわけにもいかない。
2秒ほど固まって、拳を握り考えると一瞬、一か八かの案が浮かんでくる。
正直、自爆でもあるし、最高の一言でもある。
ちょっといきなりな気もするし、挨拶もまともにしていないし……逆に失礼って思われる可能性だってある。
「……?」
思わず、隣の橘さんに目を配ると頬を若干赤らめて首をかしげていた。
確実に待っている顔だ。何か言わないことは想像できない。言わなければ彼女も傷つけてしまう。
決心。それだけが必要だった。
今だ。
今しかない。
そんな好きなところとか全部ひっくるめて言えることはこれだけ。
ふぅ……と息を吐き、声を張り上げて白昼堂々。
俺は全力で叫ぶ。
「————全部、全部が好きです!! ど、どうか―—娘さんを僕にください‼‼‼」
やまびこの様に部屋中に響き、驚いた全員が目を大きく開けた。
言った。
そんな喜びと、緊張で肩を撫でおろす。
しかし、周りは——
「え?」
「っ……」
「な、なにっ——木田くん!! きゅうにど、どどどd、どうしたの⁉」
どうやら、俺は地雷を踏んでしまったようだった。
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