第7話「嫉妬と連絡」
翌朝、登校中。
隣を歩く彼女は妙にそわそわしていた。
「……ん?」
「っ……」
まあ、原因はわかっている。
それは昨日のアレだ。
まぁ簡単に、この前まで流行っていた切り抜きをしてみると……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「人柄? 生徒会長をやっている私が悪いはずないでしょう? それと私はおっぱい星人じゃないんです、橘六花って言う立派な名前があるんですぅ!!」
「立派ぁ? そんなおっぱいだけのとりえのやつが立派な訳っ」
「うぐっ―—じゃあその何にもないまな板で私が料理してあげましょうか、ねぇ⁉」
「ま、まままま、まな板っ⁉ 私だって、あるんだよ、ぺったんこじゃないんだよ‼‼ うちのP90でぐちゃぐちゃにしてやるその自慢のパイを‼‼」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
鮮明すぎてびっくりするくらいには覚えている。あれは一言では言い表せられないほどに凄かった。
昔から彼女の事は知っているつもりではあるがあそこまで我を忘れて言い合っている橘さんは初めて見たと思う。
中学の頃にあった他校の生徒会との討論会でもあそこまでは感情をあらわにしていなかった。
むしろ、俺たちの知っている橘立花生徒会長のように冷静と淡々としていた。巷では氷の女王とまで謳われていたのだ、無理もない。
しかし、今の橘さんといえば「うぅ」と悲しそうな弱々しい声を吐きながらチラチラとこちらの様子を窺っていた。
それに、彼女も彼女で俺が何かを言うのを待っているようで、こっちもこっちで気が滅入りそうになる。
信号待ちに差し掛かり、沈黙が二人の間に現れる。
気まずい。
何か言った方がいいだろうか、そう考えていると——先に動いたのは隣でもじもじしている橘さんの方だった。
「…………ぁの」
「……んぇ」
「っ……ぁ」
ぼそっ。
小鳥よりも、もしかしたら蟻の声よりも小さい声で彼女はそう言った。
アリの声は知らないので余計なツッコミは入れないでね。
「……き、昨日はほんと……ごめん、なさいっ……」
「あ、あぁっ。大丈夫大丈夫っ。気にしてないよっ」
真っ赤になっている頬を手で隠しているつもりなのだろうか。でも実際は隠すところがずれて目元しか隠れていない。これでは真っ赤な頬が丸見えだ。
いやはや、生徒会長があそこまで言い合えるというか、ただただ驚きしかなかった。引いてるわけでもなく、悪口と罵倒が入り混じって、一生分の言ってはいけない言葉を聞いたかもしれないほどにだ。
それに、橘さんの方もかなり興奮していたせいか部長との言い合いはさながらラップバトルの様で少しだけ白熱してしまった。
角オナの件もそうだが、彼女は案外ハチャメチャするタイプらしい。
「……ぅ」
それに、俺は本当に気にしてないし、むしろ尊敬の念まで湧いたけど彼女は悲しそうに俯いて呟く。
「……ほんと、すみません」
しゅんとした可哀想な潤んだ瞳からの視線。少しSな心が湧いて意地悪をしてみたくなったがグッと堪えてこう言った。
「いいからっ……気にしないで。僕は大丈夫だし、それに橘さんが結構折れてくれたのも知ってるからむしろありがたいよ」
「え——」
「ほら、だってさ。本当だったらすぐにでも廃部にしなきゃダメでしょ?」
「そ、そうだけどっ……なんで……」
「一応、行く前に規則のところ読んだからね。こっちもダメ元だったけど橘さんが優しかったからなんとかなっちゃったっていうかね……こっちこそ、部長がすまない」
「……え……うんっ」
優しく諭すと橘さんは顔を隠している手を外し、こちらを見つめる。
思わず見とれてしまいそうだったが、生憎と俺はあの件も含め頑張る女の子にはめっぽう弱い。それに今回のようなギャップがある橘さんにはもう惚れこんでいる。
それにというか、俺たちは付き合っているしな。
「……ありがと」
「うんっ。気にしないで」
それからゆっくりと歩いて学校に向かった。
いつになく恥ずかしそうだった橘さんも話しているうちに調子を取り戻してくれて、俺も俺で普段通り会話が出来て楽しかった。
それに、こんなふうに笑う橘さんが可愛いのは言うまでもないか。
「……あの。木田くんって文芸部だったんだねっ」
「え、あぁ、まあそうだね」
「もしかして、部員って二人だけ?」
「それもそうだけど——って、橘さん資料見てたから知ってるんじゃない?」
「——あ、そっか」
てへっと笑みを浮かべる表情がこれまた良過ぎて思わずスマホでパシャリ。
「やっ、何してっ——」
「ごめんごめん、可愛くてつい」
「っ————次撮ったら退学にする」
「いや、それは勘弁してくれ」
「嘘……も、もっと撮っていい」
急にえげつないことを言ってきたかと思えば、どうやらただMなだけだった。まったく、撮ってほしいなんてエッチな奴だな。なんて考えつつも、結局こういう関係になったきっかけはあの角オナ事件なのだから無理もないだろう。
少し恥ずかしそうにした橘さんはすると、向き直ってこう言った。
「でも、そっか……二人きりなんだ」
「え?」
「部活」
「ん、まぁそうだけど……あ、もしかして心配してる?」
「うん」
頬が膨らむ。むすっとなり、目の色が若干変わったような気がした。
「別に、部長とは何もないし……それに俺、だらしない人嫌いだし、大丈夫」
「そう?」
「そうだよ?」
「……でも、なんか信用できない」
「え、俺なんか悪いことした?」
「何もしてないけど……なんとなく」
「理不尽だなっ」
「そうだね……」
「……あ、それともう一つ」
俺の頬に人差し指を立てる彼女。
すると、すぐにこう言った。
「近々っ、まm……お、お母さんが彼氏見たいって……来るかもしれないからよろしくね」
「え、お母さん?」
「うんっ。まぁ、でもっ。多分来週とかだから気にしないでねっ」
つまり、ニコニコと笑い、少し嫉妬する橘さんは可愛いというわけだ。
そして、あれから数時間後。
ラインに一件の通知が入っていた。
橘『ごめん。今日、直ぐに帰れる? お母さんとお父さん、もう来ちゃった』
どうやら俺は言わなければならないらしい。
「あなたの娘さんを僕にください‼‼」
「どこの馬の骨か分からんやつに娘はやれるかぁ!!」
「そこをどうか、お父さんの娘さんを僕に‼‼」
「私は貴様にお父さんと呼ぶことを許してない!!」
―—なんてべたな台詞を。
次回、第8話「お父さんの娘さんを俺にくださいっ‼‼」
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