第10話 協力

「あなたがズザンナね! 私はヴィレッテ! よろしく!」


 隣町までアネットと共に電車で訪れたズザンナは、高級レストランにて、アネットの従姉なる人物に出会っていた。

 ヴィレッテなる人物は非常に美人で、自信に満ち溢れた佇まいをしていた。シャンデリアの光で金髪がきらきらと輝いていた。

 ヴィレッテはズザンナに興味津々のようだった。


「あなたの作ったお菓子、素晴らしいわ! 是非、ピクニックの日に持ってきて欲しいの。あ、もちろん、作りすぎなくて結構よ。できる範囲で言いから作ってきて欲しいのよ。あのドボシュトルタとベイグリ!」

「あ、そ、そうですか。お気に召していただけて良かったです」

「あなたにはお菓子作りの才能があるわよ! うちの屋敷で雇いたいくらい」

「それはズザンナがどうしたいかによるわね」

「いいわね~アネット! ズザンナのお菓子が毎日食べられるなんて!」

「毎日作ってもらっているわけじゃないのよ。ねえ」

「あ、はい」

「まあ、ヴィレッテにはちょっと珍しいお菓子だったのよ」

 アネットは説明する。

「ヴィレッテはウスタリヒに住んでいるから」


 ズザンナはなるほどと頷きかけて、「えっ!?」と叫んだ。


「西側の……ウスタリヒ共和国に!?」

「そうよ」

「そうなのよ!」

「えっ……アネットさん、親戚は西側に多いんですか?」

「ええ。だからピクニック計画で西側との連携は私の担当なのよ」

「そういうこと! 私もパンフレットを配ったりしたのよ! ウスタリヒ政府や、BTOに頼んでね!」

「へああ!?」


 ズザンナはすっかりたまげてしまった。

 ウスタリヒ政府ばかりか、西側の軍事協定であるBTO(ボニッヒ条約機構)にまで働きかけることができたというのか?

 信じられない。そんな一大企画を立ち上げられるなんて。

 ヴィレッテは一体どういった立場の人なのだろうか。


「西側に協力してもらったおかげで、パンフレットの印刷から人員の確保から何から何まで、スターツィに悟られずに準備することができたのよ。だから今日はそのお礼も兼ねてヴィレッテに会いに来たというわけ」

「あの、ヴィレッテさんはどういったお方なのですか?」

「どうって、大したものじゃないわ! ちょっと国際連合やエウロパ連合に関わっているだけよ! お父様と一緒にね!」

「国際連合!? エウロパ連合!?」

「だから伝手が多いのよ! みんな、ピクニック計画の成功のためならって、ちょっと無理な要求でも飲んでくれたわ! よかった!」

「……」


 自分は意外と凄い人に雇われているのではないかとズザンナは思った。いや、前々からそう思っていたが、想像より上だった。

 まさか、西側や世界との伝手をたくさん持っていたなんて。家に盗聴器をしかけられたりするのも納得だ。いや、納得はいかないが、色んな所から目を付けられている理由が少し分かった気がする。

 そんな中でよくも器用に、民主フォーラムの活動やら、執筆活動やら、色んなことに取り組めているものだ。


 ズザンナは改めて、目の前に並べられた高級な料理を眺めた。


 今はメイン料理の、ワインで煮込まれた分厚い牛肉が来ている。


「……」


 夫の暴力に耐えかねて、身一つで逃げ出してきたときは、こんなことになるとは夢にも思わなかった。

 何やら凄そうな人たちに囲まれて、こんな高級な料理を口にしているなんて。

 人生、何が起きるか分からないものだ。


 ***


 ズザンナは台所でベイグリの試作をしていた。


 ピクニックの開催まであと残り三週間ほど。


 最初はただのお遊びだと思っていたイベントだが、今やそれが東ジェルマ難民を逃す計画であることが公然の秘密となっている。


 前にベイグリを作った時はエリカと一緒だったな、とズザンナは思いを馳せる。


 エリカはスターツィを裏切るつもりらしい。

 そしてピクニック計画に協力すると言っている。いや、言ってはいないが、そのつもりだということをアネットとズザンナに伝えた。

 それをアネットはすげなく断った。


 あの時のアネットは、いつもの優しいアネットとはちょっと雰囲気が違った。


 ──アネットがただ底抜けに優しいだけの人でないことは、ズザンナも分かっていた。

 謎めいていて、凛とした強い心を持っていて、そして意外と慎重だ。

 エリカを拾ったのだって単なる無謀ではない。あの魔法の指輪を見て、本当に困っているのだと判断したから、家に上げたのだ。


 ズザンナは力を込めてパン生地を捏ねた。


 エリカには大切にしている人がいると聞いていた。

 その人が死んでしまった以上、スターツィに身を置く義理はないのだろう。ズザンナはあの状況からそのように理解していた。

 だったら計画を手伝ってもらってもいいのに。


 計画の最大の敵はスターツィだ。

 東ジェルマ人が西側に流出すると東ジェルマにとっては大打撃。それを阻止するためならどんなことでもやりかねない。

 そんなスターツィの中に協力者がいたら心強いではないか。


 そこで、ベイグリが焼き上がった後、ズザンナは思い切って聞いてみた。


「アネットさんは怒ってるんですか? エリカのこと」


 アネットはちょっと驚いたような顔をした。


「怒っていないわよ」

「でも、協力すると言うのを断ったでしょう。とんでもない、なんて言って」

「だってエリカはスターツィだもの」

「でもスターツィを裏切るつもりですよ、エリカは。それは本当のことだったでしょう?」

「本当にそのつもりでも、本当にそれをやりきる能力があるかどうかは別だもの」


 アネットは切られたベイグリを皿に取った。


「……ああ……エリカが失敗するかもしれないってことですか?」

「そうよ。そういう意味で信頼していないの。……うん、美味しい」


 真実と嘘とは難しい問題だとズザンナは思った。

 この指輪があれば人間社会を渡っていくことなど容易いように思えたが、真偽が分かったところで万能ではないのだ。


「そういえば、その指輪、どうしてトゥルルが彫ってあるんです?」

「ん……トゥルルはマージャ建国神話に関わる霊鳥だからよ」

「それは知ってますが……」

「特別な力を持つものには特別なものが描かれているものなのよ」

「……そんな特別なもの、どうして持ってるんです?」

「……」


 アネットは静かに笑んだ。


「それは内緒」

「内緒ですか」

「ピクニックが上手くいったら、話してあげるかもしれない」

「そうですか」


 ズザンナはそれ以上は聞かなかった。


 ただ、ピクニックが来るのが楽しみなような……わくわくする感じがし始めていた。


「ピクニック、成功するといいですね」

「ええ、本当に」


 アネットは微笑んだままだ。


「せめて大惨事にならないよう、全力を尽くしましょう」

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