12●第二の結末……魂の浄化、そして楽園幻想
12●第二の結末……魂の浄化、そして楽園幻想
そこで第二の結末です。
第二の結末は、“ヒルダは死んだ。そして生き返らなかった”というものです。
救援なき雪原で、死を覚悟したうえ、雪狼に乱打されるヒルダ。
このとき彼女は、“命の珠”を手放して、フレップに授けています。
この少し後、グルンワルドが滅んで、悪魔の呪いが解けることになりますが、その場合、雪原のヒルダは、ただの、生身の人間に戻れるだけです。
極寒の地で吹雪に打たれ、雪に埋もれ、魔力の無い、ただの人間が生き延びられるはずがありません。
これはまぎれもなく自殺……“自死”の行為です。
非情な結末ですが……
“人間として死んだのだから、生き返るはずがない”
……というのが論理的帰結なのです。
ならば、早春の野にヒルダがよみがえって、自力で村へたどり着き、ホルスたちに迎えられるラストシーンは……
あれはすべて、雪原で一人寂しく息を引き取る刹那の時間に、薄幸の少女ヒルダが垣間見た、幸せの幻だったのです。
マッチ売りの少女が、か細いマッチの炎に照らされて見た幻視のような……
この場合、物語の結末は典型的なアンハッピーエンドになります。
ヒロインは死んだ。ヒーローの腕に抱かれることもなく、孤独な地獄の中で。
ただひとつの救いは、天に召されるときに、自分がこうありたいと願った楽園を幻想し、幸せの夢を見ることができたこと……
後年のTVアニメ『フランダースの犬』を思わせる、哀しく切ない終幕ですね。
そう考えると、ヒルダが“生き返る”場面が、かなり日数の過ぎた、梅にメジロが飛ぶという、この世とは思えない桃源郷的な春の野原であることや、ホルスがヒルダを捜索することなく、能天気なほどのんびりと村で働いていても、矛盾は生じません。
すべて、ヒルダが人生の最後に、自ら望んで見た、儚い幻の情景なのですから……
人間に戻ったヒルダは死に、死んだ人は生き返ることはない。
それが現実なのです。
人類は絶対悪のグルンワルドを滅ぼし、勝利を手にしました。
が、そのかわり少女ヒルダを人柱にしてしまいました。
ヒルダは
これまでに幾多の村を滅ぼし、人々を殺戮してきた悪い子である。
大罪人は悔い改めても、死によってしか償う方法はなかったのだ。
……これは人類の性なのでしょうか?
しかしヒルダは命を捧げてグルンワルドを裏切り、人類を救ってくれた。
人類の勝利と引き換えの、尊い犠牲。
歴史は、常にスケープゴートを求め続けるのだ……
なんともはや、救いのない幕切れではありますが……
『ホルス……』を、シェイクスピアばりの荘厳な悲劇として読み取るならば、これも納得のいく結末なのです。
“死によって魂を浄化すれば、
それが、“第二の結末”から得られるメッセージです。
*
しかし観客としては、それだけで納得できるものではないでしょう。
ヒルダは死んだ、死ぬことで魂だけは救われました、合掌。
この話はそれでおしまい……となっては、まるで、クラス内のいじめで自殺に追い込まれた少女の遺影の前で、「学校で調査した結果、いじめを立件する証拠は認められませんので、不幸な出来事ではありますが、ただ、ご冥福のみお祈りいたします」と、教育委員会が宣告するようなものです。
なんという、無責任な幕引き。
いまどき、これでは、あっさりと引き下がれませんね。
では、何が必要なのでしょうか?
ヒルダはなぜ、自死に追い込まれたのか?
今や遺族の気分になっている観客としては、それが知りたいではないですか。
悪魔と共に村々を滅ぼして、おそらく数千数万の罪なき人々を虐殺してきた。
そのような大罪人に、なぜヒルダはなってしまったのか?
その、いきさつが明らかにされなくてはなりません。
つまり……
ヒルダの過去……彼女の生い立ちが語られることです。
これが、『太陽の王子ホルスの大冒険』の物語の中で、ポッカリと大穴を開けたかのように欠落している部分です。
どう見ても『ホルス……』は内容的に、二時間クラスの大作です。
作品の尺がたった82分でなく二時間あれば、残り40分ほどの中で、きっとヒルダの過去が語られていたはずなのです。
たとえば『未来少年コナン』のヒールなヒロイン、モンスリー。
彼女はお話の途中で悪玉から善玉に移行します。
物語の前半では極悪非道の嫌味なオバハンだった彼女が、後半で悪の親玉レプカを裏切って、善の英雄たる少年コナンの側に寝返ります。
自分の心の悪を克服し、美しい純情レディに変身。
その変貌ぶりを違和感なく観客は受け入れます。
なぜならば、モンスリーがかつて幸せなひとりの少女だったことが、キッチリと描かれているからですね。
それが無かったら、モンスリーはただ、勝ちそうな側に転んだだけの
彼女の生い立ち場面が挿入されたからこそ、私たちは納得できるんですね。
モンスリーはもともと、いい子だったんだ。彼女には無垢で善良な過去があり、だから、悪から善に立ち戻れた……と。
まあ、なにぶんにも、美少女モンスリーちゃんの可愛さは半端なく、ヒルダと並んで視線をバチバチ交わして鞘当てしたら、モンスリーちゃんの方が勝ちそうですし。
(『未来少年コナン』に関しては、第14話でハイハーバーの風車村に、モンスリーちゃんといい勝負になりそうな滅法可愛い娘さんがいたような……)
それはさておき……
ヒルダだって、生まれて間もなくの頃は、無垢で善良な少女だったでしょう。
断じて、邪悪な魔獣として生まれたのではありません。
作品の設定資料で少なくとも外見は「15歳」(RAE47頁)であり、グルンワルドから“命の珠”を授けられて不老不死となり、百年過ぎたか二百年過ぎたのか……
そんな特異なキャラクターでありますが、もともとは人間として生まれ、15歳までは、おそらく故郷の村で、一人の人間の女の子として普通に生活していたことは確かなのです。
そして……
何かよからぬきっかけがあって、悪魔グルンワルドに見込まれてスカウトされ……
何かよからぬ事件があって、人間に対する激しい憎悪を抱くに至り……
次々と村を滅ぼす殺人鬼生活に入っていったことと思われます。
生まれたときから生粋の悪玉だったら、ホルスを迷いの森に突き落とすときに、あれほど逡巡するはずがないのです。スッパリと殺していますね。
ですから、知りたいものです。
ヒルダの過去、彼女の生い立ちを。
彼女がなぜ、どのような事情で、村々を滅ぼす殺人鬼となったのかを。
作品中に、映像による明確な説明は一切ありません。
しかし、推理する材料は随所に残されています。
そして、少年ホルスとの宿命的な関係まで……
詳しくは、のちの章で推論します。
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