第12話 別れ

『引っ越し?』


『あぁ…あたしは反対したし行かないって言ったんだけどさ、もう決められちまったみたいなんだ…』


 中学3年になって間もなく白桐家の引っ越しが決まってしまった。この時期に転校とは正直絶対に嫌なタイミングだが、こればかりは自分たちの気持ちだけではどうにもならなかった。


『それで、どこ行くことになったんだ?』


『行くのは厚木の方だって…』


 樹も引っ越しと聞いてどうしていいか分からなくなってしまったが、場所を聞いて心なしかホッとしていた。


『なーんだ、同じ神奈川じゃんか。電車ですぐだよ』


『まぁ、そうなんだけどさ…』


 優子は中1の頃家出したあの日に見せたような寂しそうな顔をした。


『…あたしは、ずっと樹と一緒がよかった』


 そんな風に言われて樹も胸が一気にギュッと苦しくなった。


『樹。あたしはあんたがいてくれたからこんなに楽しかった。あんたが支えてくれて、キックボクシングだって誘ってくれて、あたしを強くしてくれた…』


『優子…』


 彼女が泣いてるのを見たのは、1年の時不良に命令されて優子が樹を殴ったあの日以来だった。優子は悔しそうに涙を流し続けた。


『ごめんね…なんか、だからさ…これからあんたが一緒じゃないんだって思ったら、ちょっと不安なんだ…』


 そう言って優子は悲しそうに笑った。


 樹はそれを見て声をかけずにはいられなくなってしまった。


『バカだなぁ優子。何が…何が一緒じゃないだよ。あたしたちいつも一緒だろ?あんたが家出する時はあたしも一緒。最後のタバコ1本吸うのも一緒。あんたが不安ならあたしだって一緒だよ。でも…さ。だから、離れたってどこにいたってあんたとあたしは一緒にいようぜ?厚木?近いじゃん。大丈夫だって。あたし、あんたに何かあったら原チャリパクってでもチャリンコこいででも絶対すぐに行くから、安心しなよ』


 樹は精一杯笑顔で励ましたが、その両方の目からは本音が零れてしまっていた。


 いじめられっ子のパシリだった頃からの親友。その優子がいなくなるなんて夢にも思わなかった。


 支えていたのは樹だけではない。


 あの日優子が指差した見えない光のおかげで樹もまた今の自分を手にすることができたのだから。


『でも、本当に樹とみんなとCRS作りたかったな…』


『バカ。あたしだって優子が一緒じゃなきゃCRSは作れないよ』


『そうだ!樹が描いたあの絵、あたしにくれない!?』


 あの絵というのは、優子が命名したCRAZYVENUS、REDQUEEN、SEXYMARIAのチーム名や特攻服を絵が得意な樹がデザインし描いてくれたもので、優子はそれをとても気に入ってしまったらしく是非欲しいということだった。


 そして優子はそのお返しに樹に指輪をプレゼントした。


『これさ、あたしとお揃いだからさ、大したもんじゃないんだけどもらってよ』


 クロムでできたそのリングを中指にはめると樹は少し照れたように笑った。


『何言ってんだよ…カッコいいじゃん、これ。大事にするよ』



 優子は新学期が始まるのに合わせて引っ越していった。それからも2人はもちろん連絡を取り合っていた。



『そっちはどうだ?友達できたのか?』


『なんか困ってることねーか?』


 樹はいつも心配していた。だが


『大丈夫だよ』


『ボチボチ上手くやってるよ』


 と特に問題がないことを優子は伝えていた。


 中学ではほとんどの人が3年になってからやっと卒業後のことを本格的に考え始める。


 だから3年になってやっとあることに気づいた。


『あ!高校優子と同じとこにすればまた一緒になれるんじゃん!』


 そうすれば学校が一緒どころか、そもそもCRSを共に結成することだってできる。


 厚木と相模原の距離なら全然できないことではない。樹はそれに気づくと早速優子に連絡した。


『中学卒業したらさ、また同じ高校行って優子もこっちで一緒にCRS作って暴走族やろうぜ』


 しかし、この時返ってきた答えは意外なものだった。


『…あたしはあたしでこっちで暴走族作るからさ、だから、お互い…どこにも負けない、神奈川で一番カッコいいチーム作ろうぜ』


 樹との別れに不安を口にしていた優子からは想像できない言葉だったが、樹もそれが優子がちゃんと問題なくやれている何よりの証だと思うと少し寂しい反面嬉しくもあり、だから気にするのをやめた。


『分かった。約束な!』


 しかし、その直後樹は優子と連絡が取れなくなってしまった。優子の番号が急に解約されてしまったのだ。


 なんの予告もなしに。


 最初はすぐに連絡が来るだろうと思っていたが、結局優子から連絡が来ることはなかった。


 あれからもう3年が経ってしまった。


 樹はこれまで何度も優子の消息を気にして、たまに厚木方面を1人で走り何気なく探したり、鬼音姫のメンバーに最近どこかで優子を見なかったかとさりげなく聞いてみたりとしてはいたが結局なんの手がかりもないままだった。


 不良や暴走族、何かのチームに属していればある日突然誰かがいなくなるなんてことは少ないことではない。


 それは捕まってしまったり、地元から逃げたり又は追放されたり、時には事件や事故で亡くなってしまい永遠の別れになってしまうことさえある。


 だが優子に関しては全てが謎。


 理由も不明。いるのかいないのかも不明。生きているのかも分かっていない。


 樹は自分と優子は唯一無二の親友だと信じていた。


 だから2人の関係がずっと会わなかったからといって終わるなんて思っていなかったが、この謎の失踪はずっと樹の胸の奥に引っかかっていた。


 そして、樹は優子との約束を守るべく相模原に鬼音姫を結成した。

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