第7話 始まりの物語
2人は店を出るとトボトボと歩き始めた。
『…樹、あたし家出するからさ』
先に帰っていいよ、とでも言うような切り出し方だった。
確かに樹には家出をする理由なんてない。
だが今日のことについて言えば捕まるのは自分でもおかしくなかったのだ。なのに1人だけ家に帰るなんて樹にはできなかった。
親にあんな言い方されたらいくらなんでもかわいそうだし、優子は何より寂しそうに見えた。
そんなこの友達を放っておける訳もなく、樹の決心は早かった。
『あたしも…家出するよ』
『え?』
優子は目を見開いた。
そして呆れたように、でも少し恥ずかしそうに笑った。
『ははっ…本気?無理しなくていいよ。あたしが帰りたくないだけだから』
『無理なんかしてないよ。あたしも帰りたくないから家出する』
樹はそう言って笑ってみせた。
わずか13歳の少女たちが親や門限や学校といった縛りから抜け出した1歩目だった。
『はは…でも、どうしよっか。行くとこなんてないじゃんね』
『静火と唯も呼んじゃう?あいつら学校行かないし暇してるから来るかもよ!?』
静火と唯というのは今の鬼音姫のメンバーで樹が家として使っているBAR「DREAM」で働いているあの2人だ。
働いているというよりはもうほとんど経営まで丸投げされているが。
静火は同い年、唯は1つ下でこの時まだ小学6年生だったがこの家出にあっさりと乗っかってきた。
『超おもしろそーじゃん。あたしんちテントあるから持ってってさ、どっかで立てよーよ』
ということで唯の家からテントを持ち出し4人の家出がスタートした。
『問題はどこに行くかだね。どーする?なんかいいとこある?』
静火は久しぶりに外に出たらしく楽しそうだ。
この町で近くの公園にテントを立てたのではすぐ噂になって見つかってしまうだろう。
樹が公園か、それとも河原や橋の下かと考えていると優子がまず提案した。
『ねぇ樹、あたし海行きたい』
確かにテントを張るなら海は絶好のポイントかもしれない。
『は?…海?…は?海!?いや、相模原に海はないよ?』
『知ってるよ』
優子はそれがどうしたの?とでもいうような顔をしていた。
『海って、だってどこの?どこの海にしろ、優子どんだけ遠いか知ってんの?』
『知ってるよ?』
優子はまた特になんでもないことのように言った。そして国道のずっと先、遠くの方を指差した。
『とりあえず129をずーっとあっちに真っ直ぐ行けば海まで行けるよ。あはは』
『そんな単純じゃないって!何笑ってんのさ』
樹ははっきり言って無理だと思った。
『いいじゃん海!行こうよ樹ちゃん!』
『まぁ、行けなくはないんじゃない?』
しかし唯にしろ静火にしろ全然その気らしく、もう樹も笑うしかなかった。
(はは…マジかよ)
バカげている。無茶苦茶すぎる。そう思うのが普通で当たり前のはずだが、優子が指差したその向こうには何故か見えない光があるような気がしていた。
そして彼女たちの物語はここから始まるのだった。
『あれ?』
『何か…聞こえない?』
どこからともなく地響きのような轟音が近づいてくる。
『なんだ、この音』
『見て!あれだよ!暴走族だ!』
『暴走族!?』
『うわ~!うるさ~い!』
振り向くと数十台、いや100台以上いるかもしれないバイクの群れが国道を対向車線まで塗り潰し爆音を響かせながら蛇行運転をしたりして何者をも寄せつけず退けながら、さっき優子が指差した方へ向かって進んでいく。
『すっげぇ~!』
『うわぁ~!』
『かっけぇ~!』
『うるさ~い!』
自分の叫び声すらも聞こえず耳が飛んでしまいそうだったが4人は興奮を抑えられなかった。
『お~い!』
すると優子が手を振りだし、みんなつられて手を振っていた。
暴走族たちもそれに気付くと手を振ってくれたりガッツポーズしてみせたりしながら横切っていく。
4人のテンションは最高潮に達した。
やがて群れが通りすぎ音が遠くなっていくのを聞きながら樹たちはまだ目を輝かせていた。
『ヤッバイんだけど!何あれ!』
『すっごい音だった!まだ耳キーンしてる!』
『すっごかったね!カッコよかったー!』
『あたし初めて見た~!あはは!』
4人は胸の高鳴りが治まらないまま出発し自転車をこぎ始めた。
ひたすらこぎ続け3、4時間かかっただろうか。
『ねぇ、ここどこ?』
『決まってるじゃん。湘南だよ』
『湘南って何市?』
『さぁ…湘南は湘南なんじゃない?』
たどり着いた頃にはもう夜中だったが、どこまでも続く暗闇といくつかの星たち、水面に映る月の光。
『綺麗だね…』
『やっぱ来てよかったじゃん』
『でも疲れた~。足ガクガク』
『あたし眠い』
それは4人共初めて見る景色で、こんな夜でも止まらず鳴り続く波の音がまるで自分たちを待っていてくれたように思えた。
少女たちは疲労と空腹、そして自由を手に入れた。
4人は少し休んだ後、人の来なさそうな所に眠いのをこらえてテントを立て、やりきった感、満足感を感じながら疲れきった体と心を癒す為寄り添って眠りについた。
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