第5話 パシリ
哉原樹は相模原に住んでいた。
今でこそ鬼音姫という神奈川4大暴走族の総長であるこの少女も、最初からその先頭を走ってきた訳ではなかった。
樹は真面目すぎず不良でもない普通の女の子だった。
小学校の頃などいつも絵ばかり描いているような子でスポーツなんてやらなかったし、今の豪快なイメージからは程遠く、豹那のようなカリスマという訳でもなければ目立たないどころか友達だって少ないものだった。
そんな樹が仲良しだったのは
『ねぇ樹。放課後どうする?逃げちゃう?』
『どうしよっか…』
中学1年の時のことだった。樹たちは同学年の不良グループに呼び出されていた。
『カンパかな?なんかパクってこいかな?ホントやんなっちゃうよね』
大概不良の子に呼び出されるとお金を要求されるか万引きをさせられるかのどちらかだった。
それを断ったり断らなくても万引きできなかったりすれば殴られる。
そしてそれはその後もずっと続き、どんどん自分たちの立場が悪くなり学校での生活が脅かされ、そうやって登校拒否になったり転校してしまった子もいる。
そうなるのが嫌で2人は逆らわずに言うことを聞いてきた。
『この前もCDやらされたじゃん?ウチらもう絶対無理じゃない?いい加減店でも目ぇ付けられてるって。なんとか勘弁してくんないかなぁ…』
『無理だべ。勘弁してほしいなら金持ってこいってなるよ』
仕方なく2人は呼び出された場所に向かった。そこには何人かの不良少女がタバコを吸ってたむろしていた。
同じ中学1年だが派手な格好をして髪を染めピアスなどをしている。
そんな少女たちがたまっているだけで2人は怖くなってしまった。
『あぁ来た来た優子と樹。あのさ、わりーんだけどー先輩からカンパ頼まれちゃってさ、お前らも5000円ずつ集めてくんね?』
やはりお金の要求だった。優子は顔を青くして困った顔をして言った。
『ごめん…あたし、ちょっと5000円は無理かも…』
『えー?マジ?樹は?』
『…あたしは…1000円位なら』
樹もなんとか声を絞り出した。
『はー?2人には期待してたんだけどなー』
不良少女たちは2人がそう言うととても機嫌の悪そうな顔をした。
『じゃーしょうがないね。CDかマンガいっぱいパクってきてよ。それ売って金にするから』
お金が無理となるとやはりそういう方向に話を持っていかれてしまった。
(やっぱりそうなるんじゃん。って何?あたしたちが一生懸命捕まるか捕まらないかドキドキしながらパクってきたCDとか本ってそれ売っちゃうの?はは、何それ。クソもったいな。マジあのドキドキ返せし)
樹は気付くと口を開いていた。
『…ごめん。あたしたちパクりとかもうちょっと無理』
言ってしまった。断ればどうなるかは分かっていた。だがこの時樹は半分テンパっており頭で思うこととは全く違うことを言ってしまっていた。
言ってすぐに後悔したが言ってしまったものはもうどうしようもなかった。
『え?えっ何?樹もしかしてケンカ売ってんの?』
そう言って不良少女は樹の目の前まで来ると目で威圧した。
『ケンカなんて売ってないけど、だってあたしたち色んな店でもうマークされちゃってるからマジで捕まっちゃうよ』
樹は目など合わせられなかったがこの際なのでなんとか嫌だという意思を伝えた。
『へぇ~』
不良少女は鋭い目を向けるが樹は相手の目を見れなかった。心臓がものすごい早さで動いている。
『じゃあ、お前ケジメね。執行人は優子』
『…え?なんであたしなの?』
優子は何がなんだか分からないという顔をした。
『こいつ調子乗って生意気なこと言ってんからボコし決定。おい優子、早くコイツぶっとばせよ。それともお前も一緒にケジメ取られたい?』
優子は泣きそうな顔で首を横に振った。よりによって友達の優子に手を出させようとはなんとも卑劣だ。
『…やりなよ優子。あたしは大丈夫だから』
樹は優子までやられてしまうのを心配してそう言った。
優子がやらなければ2人共少女たちにボコボコにされるだけだ。あの人数にやられる位なら樹にしても優子にやられた方が心も体も楽なのかもしれない。
だが優子はどうだろう。殴らされる方がある意味ツラいのではないか。
『おい優子、早くやれよ』
不良たちは優子をあおり2人を取り囲んだ。
『優子、いいから早くやりな』
樹ももうとっくに覚悟を決めてしまっている。
(やだよ…殴りたくなんてない…でも逆らうなんてできない…どうすればいいの?)
『やれよ!』
『やれ!』
『早くしろよ!』
周りに急かされる中、散々考えたが次の瞬間には手をグーにして樹のことを殴り始めていた。
『もっとおもいっきりやれよ!』
『もういいって言うまでやめんなよ!』
優子は人のことなど殴ったりしたことなんてなかったが1番仲の良い友達を一生懸命殴っていた。
『もっと顔やれよ!』
『腹いけ!腹!』
文句を言われながらもおもいきりやっているように見せ、当たる瞬間になんとかブレーキをかけ樹の痛みを少しでも軽くしようとしていた。
これは樹の感じ方ではあるが、本当は殴りたくないという気持ちや、そんな中で優子ができるせめてもの優しさを感じていた。
だから樹はただただ耐え続けていた。
結局それは樹が体中痣だらけになるまで続けさせられた。
『よーし、こんなもんだろ。いい?これからまた生意気なこと言ったらこんなもんじゃ済まさないからね』
不良少女たちは散々はやし立てたわりに終わるとさっさと行ってしまった。
すると殴っていた側の優子がその場に泣き崩れた。
『樹ぃ…ごめん…あたし…あたしぃ…』
地面に突っ伏して涙を流す優子の背中を樹はボロボロの体でさすってあげた。
『優子、気にしないで。あたし、全然大丈夫だから』
樹は精一杯の笑顔で優子を慰めた。
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