探偵はバーバーに居る

鬼龍院煉獄丸

第1話 探偵はバーバーに居る

 そこに着いたのは0時をまわった頃だった。

 煌びやかなネオンの中、ぽつんと理髪店があった。

 まるで忘れられていたドールハウスのような外観は、周りのネオン街に不協和音を振りまいていた。

 俺みたいなしがない探偵(と言っても浮気調査で写真を撮るくらいしか依頼はないが)にはうってつけだ。シャッターを開けると中には客が一人いた。ガラス戸越しに見るとカウンターに突っ伏して寝ているようだった。どうやら閉店しているらしい。

 俺は静かに扉を開けて中に入った。

 店の奥から「いらっしゃいませ」という


 理髪店のマスターだ。


「また来やがったか」


 マスターは俺を見るなり、はにかんだ笑顔を見せながら俺を抱き上げた。この人は毎晩ここに来てるのか?


「いつもすみません」


 そう言ってマスターの手を払った。もうすっかり常連になってるが毎回恥ずかしくてしょうがなかった。

 マスターの手際が良いのか俺はものの三十分程で終わったがその間、マスターは何度謝っても抱き上げたままなのだ。その度に俺はもがいた。最上もが。


「最近あの若いの見ないけど、どこかに行ってるのかい?」


 マスターが俺の右耳を舐めまわしながらそう聞いた。


「いえ…………特に聞いてませんね」


 俺の言葉を聞くとマスターは顔を歪めた。何かあったのだろうか。


「今月に入ってからずっと見てねぇんだよなぁ。心配だよ」


 そう言いながらも手の動きを止め、遠い目をしながら俺の左耳に手をかけた。


「もうそろそろ、離してもらっていいっすかね」


 俺はそう言いながらマスターに寸勁を打ち込んだ。又の名を「ワンインチパンチ」中国武術が発祥とされるショートレンジパンチだ。

 マスターのみぞおちにクリーンヒットしたそれは、内部破壊、爆発系のパンチだった。

 しかし相手へのダメージを最小限に抑える為に作られたような拳のため威力は無い。それに加え打撃を与える部位に少しだけ指が入るようにしてあるのだ。つまりただみぞおちを押しているだけにすぎないのだ!(ドヤ顔)

(説明が長いため割愛させて頂きます)

 それでもマスターにとっては毛ほどのダメージも与えていなかった。

 マスターは短い呼吸をすると、一瞬にしてダメージを分散していた。

 システマだ。

 ロシア発祥の古武術を元にしミハエル・リャブコ氏によって近代格闘メソッドとなった。

 マスターはシステマのマスタークラスだった。彼はロシアの血でも入っているのかもしれないな。

 俺はそのまま店内にある鏡を見た。右目にかかった前髪を手で上げてみると赤い瞳が映っていた。

 どうやらマスターの寸分の狂いない一撃が顔面に打ち込まれていた。

 まあ、こんなことは慣れっこだし気にする事はない。それより消息不明の若いやつのことが気になった。


「あいつ、なんて名前でしたっけ?」


 俺はマスターに聞いた。


「なんだい忘れちまったのかい。確か名前は────

「あっ!! ご主人様!!!!」

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