父親

Kの父親はKと目を合わせない。

Kのことを憎んでいる。

K自身の行いにきっかけはない。

物心ついた時から殴られる。

自分の子ではなく、空のペットボトルのように接する。

父親の気に触らないことをすると直ぐにぶたれる。

Kの涙は枯れている。

父親の感情は廃れている。

父親に後ろめたさはない。

Kはヒトが棄てる新聞や文庫本を好んで読む。

父親はKが読書をすると機嫌を悪くするため、彼の睡眠中に読書が行われる。

父親の睡眠間隔は気まぐれである。

父親が母親に頼み、本は巣にある。

生命の肌感覚は無意味な生命に堕落せよと訴えかける。

Kと父親は母親によって生かされているだけの能無しだ。

自覚している。

Kにとって心が躍るのは本に目を通す時だけだ。

ヒトダ。

ヒトの幸福を学ぶ。

ヒトがいかにして生きているのか。

喜びも悲しみも幾年月。

親は子を愛する。

Kは愛されない。

比較するわけではない。

本は本、現実は現実だ。

思考実験の一環だ。

母親は空を飛び回る。

家にいない。

父親は巣から出ない。

父親に翼はない。

Kとは違い、病気だ。

父親はぎょろぎょろした目で外を見る。

あぁ。飛行機か。あいつらはいい。ヒトサマに護られていやがるから。

父は独り言が多い。

Kに対して言及はない。

何故Kを憎むのか。

母親が教えてくれる。

Kが産まれたから。

病気になった。

総て、Kのせい。

母親は切り捨てるように言う。

母親にとって家族は氷河のように無情だ。


視線を浴びない。

肌触りだけがすべて。

殴られる。

触れられない。

言葉だけで導かれる。

肉親の総て。


雨が鋭い日。

恐れていたことが起こる。

Kの巣は潰れる。

巣は補強されておらず、当然の結果である。

脆さを露見していたが、誰も言及しない事実を見逃せない。

Kは落ちる。

父親も落ちる。

生活環境も落ちる。

固いアスファルト。

死。

引きちぎられる翼の痛みを思い出す。

あれだけ殴られながら、死を想像しなかったことに気づく。

後悔はないか?

Kは振り返らない。

自身の生命は無能だ。

行為と言及はない。

誰かに語られる必要性がない。

何もない。

父親は如何だろう。

常に後悔を滲ませることを忘れない彼。

よぎる死、走馬灯に何を登場させるか。

枯れた生活史。

夢や希望を抑えて死ぬ。

この世で残るのは自分の手で翼を折った子供だけ。

Kは無傷で残る。

父親は泣く。

頭から血を流している。

初めてKは巣の外に出る。

父親が希望の目で眺める外。

父親に興味はない。

うめく父親。

ぎょろぎょろの目は羨ましそうにKを見る。

外に興味がある。

父親は棄てられる。

さよならを言わない。

おそらくもうこの世にいない。

あのまま死ぬ。

Kは足を引き摺る。

崩れた巣から離れる。

汚れた顔。

片翼はない。

自分がどのような表情を浮かべているのかわからない。

Kは自分が純潔だと信じている。

クルマの音。

人の足音。

此処は外である。

用心深く進む。

鳥は弱い。人よりも。

あっと。

Kはつまづく。

泥色の水溜りに浸かる。

不清潔な水溜りに嗚咽する。

寒い。

季節は秋。

もうすぐしたら冬だ。

誰もがKを見る。

シセンダ。

誰も手を差し伸べない。

好奇と不審と迷いがある。

近づいては離れていく。

Kの胸はどくんと揺れる。

父親から殴られるとき、Kは胸を赤く染める。

閃光。

感慨を喪失させる。

父親との一切は記憶にない。

Kは周りを観察する。

コエ。

ヲト。

風。

景。

Kが此処に来る前から存在する世界。

Kはちっぽけである。

街の一部となるのか。

Kは話をしないので、声は出ない。

嘆きもない。

父親の機嫌を悪くするから。

誰にも触れられない。

接触が存在しない。

明るい。

銀色の雨の向こう側は滝に打たれた白い川面のように掴みどころがない。

Kは膨らんでは縮む神経に敏感になる。

気づけばKは路地裏に脚を踏み入れる。

神経が落ち着かない。

自分の脚で運命を決められることにドギマギする。

進めば幸運か否か。

Kは見渡すことを選ぶ。

どのように風景の形を掴めばいいのか。

何がなんなのか。

ただぼけーとすることしかできない。

豆腐の角に頭をぶつけるかもしれない。

言葉なんてない。

Kは色彩が膨らんでは縮む感覚を味わい、ぼやぼや歩いている。

自分が何をしているのか自覚はない。

新規に胸をほかほかさせる。

少女が歩く。

黒服の少女。

少女はタバコをふかす。

男に裏切られる。

希望を託しては裏切られる。

今日も裏切られる。

涙。

歌を歌う。

「思い出の数々よ」

少女は瞬きをする。

黒ずむ道先にカラスがいる。

少女にとってカラスは忌深い存在である。

カラスはゴミを荒らす。

人の頭を突く。

ヒトノ邪魔者。

しかし、Kは違う。

姿形は貧しいカラスである。

そうだというのに、Kは美しい。

はわぁっ。

白い息が漏れる。

少女は立ち止まる。

Kは少しずつ近づいてくる。

脚にぶつかる。

Kはびっくり仰天する。

しかし少女に驚きは伝わらない。

少女は運命と錯覚する。

タバコを放り投げて、Kを優しく掴む。

貴方を愛したい。

少女の瞳は親しげである。

Kの色彩がオレンジに染まる。

オレンジの甘さ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る