写真⑪
初日の技術研修をはじめ、健司は覚えが早かった。健司を見下していた野崎だったが、使えるとわかってからは話しかけることが増えた。
「来週からは残業もあるから頑張れよ」
「はい、よろしくお願いします」
事務所のタイムカードを押して、暫し健司は立ったままだった。
「何してんだ」
「・・・あの、残業はどれぐらいあるんでしょうか」
「その日による。2時間ぐらいの時もある」
「そうですか、わかりました」
健司は順調にいっていることを曽根に伝えようと、お礼の菓子折りを買いに百貨店へ足を運んだ。その道中、残業になった日の家事をどうこなすかなど考えた。夕飯は遅くなる場合惣菜を買って帰るとして、洗濯は間に合うだろうか、突然学校で翌日必要なものを聞かされた時は買いにいけるか・・・残業時間がどれほどのものか想像がつかず、最悪夜の9時頃家に着いたらなど、時間配分をあれこれ考えた。
翌日、休みだった健司は早速菓子折りを持って曽根を訪ねた。曽根も近況を知りたかったと言い居間に呼んだ。健司が持参した菓子は大きな栗が丸ごと1粒、餡と求肥で包まれており外側にはケシの実がまぶしてある物だった。それを口にした曽根は目を丸くして喜んだ。
「こりゃうまいわ」
「よかったです、お口に合ったようで」
せっかくいい菓子を頂いたのだからと煎茶が出された。
「で、どうなんだい仕事は」
「おかげさまで順調です。作業も覚えまして、まだこれからですけど何とかやれそうです」
「そうかいそうかい、いや本当によかった」
「ありがとうございます。曽根さんのご紹介が無かったら多分今頃は精神を病んでたはずです。もう全く頭が上がりません」
「そんな大層な」曽根は笑った。「人を頼るのは悪いことじゃない、特にあんたは1人で抱え込んじまうところがあるからね。しつこいようだけど、いつでも頼ってくれたらいいから」
「ありがとうございます」
健司の目は微かに潤んだ。
「あと、時間的にはどうだい?あいつは少々強引なやつだから何かあればわしに知らせなさい」
「いえ、そんな。残業も多少あるそうなんですけど春には拓人も4年生になりますし、ご飯は一人で食べられますから」
「まぁ、あんまり無理はせんように」
「はい」
健司が家に戻るといつのまにか帰ってきた拓人が駆け寄ってきた。
「お父さん、曽根さんお菓子喜んでた?」
「ああ、美味しいって言ってくれたよ」
「よかったね。あのさ、さっき野球してたんだけど僕が打ったボールすごい飛んだんだよ」
「お、そんなに上手くなったのか。そうだ、今日は時間があるから久しぶりに表でキャッチボールしようか」
「いいの?」
「うん。グローブ持ってきてくれるか」
「わかった」
家を出て2人はグローブを手にはめた。
健司は目の前にいる拓人が大きくなったように見えた。昔は図鑑を見るかテレビの前で静かに座っているだけだったのがいつからか友達と野球をするようになり、今はこんなに凛と立っている。
「お父さん、投げるよ」
「来い」
拓人は小さいながらにコントロールがうまい。高さにばらつきはあるもののちょうどいい距離感のボールを投げる。
「上手くなったな」
「でしょ?」
嬉しそうに続けるた拓人だったが健司は度々ボールを取り損ねた。グローブに当てることはできてもボールは地面を転がっていく。
「お父さん落としてばっかりじゃん」
「ははっ、そうだな」
よく見ると手を痛そうにしていることに拓人は気がついた。
「どうしたの?」
健司はグローブを外し、手を握ったり開いたりして感覚を確かめた。
「ちょっと手が疲れてるんだな。仕事で力を使うから」
「そうなんだ」
「すまん、もう1回投げてくれるか」
「いいよ」
グローブをはめ直した健司は深呼吸をして肩を緩めた。
「よし、来い!」
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