第3話 どんなクワガタがいいの?
昼休み、ナツキとハルは昼食を食べながら今日の放課後の予定について喋っていた。本当はクワガタのことについて喋りたいが今は昼食の時間、周りが食べているときに虫の話をするのは流石に気まずいし迷惑だ。二人は極力、クワガタなどのワードを言わないようにしつつ話す。
「じゃあ学校終わったらあの店に行こ!」
「オッケー、生のやつ見ながら教えた方が身につきやすいし、平日のあの時間ならフリースペースも空いてるからゆっくり話できるしね。」
「うん!では師匠、今日もよろしくお願いします!」
「だから普通に名字でいいって…」
「えへへ~ そういえばさ、能勢さんと店長のおじさんって仲が良いんだね~」
「まあ、あの店には小学1年の時から通っているからな。あのおじさんとはもう10年の付き合いだしね。あの人は私にとって師匠でもあるんだよ」
ナツキがまだクワガタやカブトの知識がない頃に、飼育方法や繁殖のコツなどを教えたのが勝である。勝はナツキにとって良きカブクワ仲間であり、そして師匠でもあるのだ。
「能勢さんの師匠か~」
「そ、おじさんが色々教えてくれたから今の私があるわけ」
「あのおじさんってホントにすごいんだね~」
「あの人、よく専門雑誌で記事を書いてるからマニアの間では有名人なんだ」
「す…すごい…」
二人が話している間に昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。
「おっともう授業か」
「だね、じゃあ放課後よろしくね!」
*
放課後、二人は校門前のT字路を右に曲がり川西クワガタセンターへ向かった。その道中、ナツキがハルにあることを聞いた。
「そういえばさ、桑方さんはどんなクワガタが好みなの?」
「う~ん… まだ分からないな~ まだどんなクワガタがいるのか知らないし…」
「そうか… それじゃあまた詳しく見ないといけないな」
喋っている間に二人は川西クワガタセンターへと辿り着き、店内へ入った。
「お!ナツキちゃん、ハルちゃんいらっしゃい!!」
勝の挨拶が店内中に響き渡った。
「おじさん!こんにちは~ また来ちゃいました!」
「おう、いつでも来ていいからな!大歓迎だぜ!!」
店内を見ると一人の男子高校生がいた。制服を見るとナツキとハルと同じ木黒高校の制服、つまり同じ学校の生徒だ。
男子高校生は二人を見つけると話しかけてきた。
「よ、ナツキ。今日は何買いに来たんだ?」
「能勢さん、この人は?」
「この子はタクミ、この店の子で私の幼なじみなの。そういえば昨日はいなかったから桑方さんが知らないのも無理ないか」
「ああ!この人が新しく転校してきた桑方さんか。はじめまして、俺は川西タクミ。よろしくな!」
「私は桑方ハル!こちらこそよろしくね!!」
川西タクミはナツキの小学1年生のころからの幼なじみだ。ナツキが初めてこの店に来たときに出会い、一緒によく遊んだ。高校生になった今でも放課後の教室でクワカブの話を遅くまでする程である。性格は父親に似て陽気だが、どことなくヘラヘラしている雰囲気がある。
「川西くんもクワガタ飼ってるの?」
「もちろん。まあ、ナツキに影響されて飼い始めたんだけどな」
タクミは昆虫ショップの息子だが、実はナツキに出会うまではあまりクワカブに興味は無かった。しかし、彼女に出会い、話していくうちにだんだんとクワカブへの興味が湧き、今では彼女の良き飼育仲間の一人になっている。
「で、お二人さん。今日はうちに何のようで?」
「今日は桑方さんが飼う虫を見に来たんだよ」
「なるほどね~… よし、俺も協力するわ。桑方さん、分からないことあったら遠慮なく俺たちに聞いて」
「ありがとう!みんな!!」
タクミも合流し、3人は店内の虫コーナーをまわることにした。最初に向かったのは東南アジアのクワガタやカブトが並んでいるコーナーだった。そう、ナツキとハルが初めて出会った場所だ。
「ここであのパラワンを見ていたね」
「うん!でも、流石にあの値段の子はちょっと無理かな… とてもカッコいいんだけど…」
「確か近くにサイズが小さくてもう少し安いやつがあったはず……あった!これだ!」
そう言うとタクミはあのパラワンの近くにあった別のパラワンが入ったケースを取り出し、フタを開けた。フタを開けるとケースの中にいるパラワンが反応し、上半身を起こして大きく威嚇をした。タクミの言うとおり、大きさはあのパラワンより小さいが、迫力があるのは変わりない。
「うわ~この子もおっきいね~」
「あいつには負けるけど、コイツも十分カッコいいだろ~」
「やっぱオオヒラタはカッコいいな…」
ナツキは少しうっとりとした口調で呟いた。見とれるのも無理はない。シュっとしたスタイルとまっすぐに伸びた大顎というパラワンの特徴が際立っている個体だからだ。このパラワンのスタイルに見とれ、ナツキはつい自分の世界へと入っていきそうになった。
「能勢さんのお家でもこの子飼ってるの?」
ハルのこの一言でナツキは現実の世界に戻ってきた。
──危ない危ない、また私の悪い癖が出ちゃった
ナツキは小さく咳払いをしてからハルの質問に答えた。
「うん、私のとこはオオヒラタをメインで育ててるから。あとは興味のあるクワガタを少し飼ってる」
ナツキの部屋で飼っているクワガタのなかで大半を占めるのがオオヒラタである。そのため、彼女の部屋には幼虫飼育用の大きなボトルがたくさん並べられている。あとの残りはナツキが興味を持ったクワガタ──特に小スペースで繁殖ができる小型種──である。
ナツキはジャケットのポケットからスマホを取り出すとアルバムを開いてハルに見せた。そこはナツキが今まで羽化させたオオヒラタの写真で埋め尽くされていた。
「すごい… こんなに飼ってるんだ…」
ハルはあの時と同じように目を丸くして驚いた。
「これが私がブリードしたパラワン。今年の4月くらいに羽化したやつだな」
ナツキはたくさんあるオオヒラタの写真の中から一枚の写真を指差しながら説明した。そこには彼女の右手と一緒に並べられた大きなパラワンが写っていた。そのパラワンの大きさは隣の右手とほぼ同じものだった。
「おいおい… デカ過ぎるだろこのパラワン… これ、エー・クワの飼育ランクも十分狙えるぞ…」
隣で覗き込んでいたタクミも驚きを隠せなかった。飼育ランクとはクワガタ・カブトムシ専門雑誌「エー・クワ」で毎年行われているコンテストである。自分のところで繁殖し、羽化させたクワカブのサイズを種類ごとで競い、その種類の最大サイズを認定するものだ。
そのため多くの飼育者が最大サイズ更新を目指し、試行錯誤を繰り返しながら飼育繁殖に勤しんでいる。飼育ランクの更新はクワカブ飼育者達の大きな目標の一つなのだ。写真のパラワンも大きさを見るからに飼育ランク更新も十分狙えるほどの虫だ。ちなみに現時点でのパラワンの飼育ランクは113.7ミリという驚愕の大きさである。
ハルとタクミの二人はとても驚いていたが、飼い主本人はというといたって冷静だった。
「私もこいつをビンから出したときにそう思ったよ。けど実際計ってみたら111.2ミリであと2.6ミリ足りなかった」
ナツキは落ち着いた表情で淡々と話した。実はサイズを計測したとき、彼女は内心とても悔しがっていたのだ。
「まあ、更新はできなかったけど、こいつは今まで増やしてきたパラワンの中で一番大きいやつだから私の一番のお気に入りかな」
「能勢さんのお気に入りのクワガタか~ ね、この子って私でも飼うことはできる?」
「基本ヒラタ系はどれも丈夫で飼いやすいから初心者にはおすすめだな。ただ気性が荒くて挟む力も強いから扱いには注意しないとね」
「確かに…この子も蓋開けたときもスッゴい怒ってたね… しかもまだ怒ってるし…」
ハルはケースの中で威嚇をし続けているパラワンを見ながら少し怖じ気づいたような声音で喋った。
「俺はパラワンに右手の人差し指の爪を割られたことがあるな」
「おい、桑方さんをさらに怖がらせてどうするんだ」
ナツキは目を細めながら少しドスの効いた声でつっこんだ。
「いやいや、こういうこともあるんだってことも教えねえと」
「お前な… もっと他にあるだろ…」
そう言ってナツキがハルの方へ顔を向けると、ハルはニコニコしながら二人を見ていた
「桑方さん? どうかした?」
「いやあ~ 二人とも仲良しなんだね~」
ハルの言葉を聞いて二人は頬を少し赤らめ、お互い目を反らし、暫く黙った。そして話題を変えようと一番最初に口を開いたのはタクミだった。
「やっぱりいきなり気性の荒いクワガタから始めるのはちょっとやりにくいと思うな。特にオオヒラタとかはペアリングのときも気をつけないといけないし」
「ペアリングって?」
ハルはタクミに質問を投げ掛けた。経験者の二人が普段よく使っている専門用語でも、初心者のハルにとってはどういう意味なのかさっぱりわからない。というか知らなくて当然である。
「ペアリングっていうのはオスとメスを一週間ほど一緒にして交尾させること。気性の荒いクワガタの場合、オスがメスを攻撃してしまうことがあるんだ。特にオオヒラタみたいに挟む力が強いやつだと最悪メスが真っ二つにされて殺されてしまう」
ヒラタクワガタの繁殖でネックになってくるのはペアリングのときである。特にオオヒラタはメス殺しで有名であり、油断していると同居させているメスがオスの怪力鋏の餌食になってしまう。そのため多くの飼育者はペアリング期間中、メスが殺されないようにオスの大顎を結束バンドや針金で縛って挟めないようにしている。
「ひい… 同じ種類のメスなのに殺してしまうんだ…」
「まあ、攻撃性の高いクワガタを殖やすときにぶち当たる壁だからね」
ナツキがそう言うとハルは腕を組ながら少し考えこんだ。
「う~ん…今の私じゃこの子を上手く飼えるか心配だな… やっぱり最初はおとなしい子がいいかな」
「やっぱり最初にクワガタを飼うなら
タクミはそう言うと反対側にあるコーナーを指差した。そのコーナーに置いてあるポップには大きな字でこう書かれていた
「国産オオクワガタコーナー」
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