⑨帝都の本屋にて故郷を想う
早春、北西の帝都は驟雨に濡れていた。まだ日没まで数刻あるというのに、空は灰が降ったように暗く淀む。
ラヴォニアニナはイーゴリを連れて本屋に寄った。
フラットから歩いて四半刻歩いた先。右手に伽羅色の羽目板に遮光硝子が目を引くそこは、帝国で最も美しい本屋として最近話題になっているという。
宮廷の大広間を彷彿とさせる華やかな内装。陽光が差す天窓にステンドグラス。天井まで届く色とりどりな本の列。なるほど、自身の知る小さな図書館とは違う景色にはつい気圧されてしまう。
ずらりと並ぶ旅行雑誌やレシピ集を一瞥しつつ、ラヴォは生物学コーナーへたどり着いた。まず彼の目を奪った本は、『美しい虫たちの光学』という学術書だった。
そういえば最近は研究機関が出版した本ばかり読んでいたため、一般書籍が目に入らなかった。我ながら視野が狭くなっていたと、ラヴォは内心で反省した。
ところでその表紙はハンミョウのように美しく、ページも一枚一枚が図鑑のように厚い。というのも、この本は中に昆虫の羽の模型と複数の発光物質が挟まれ、太陽光を吸収したり、指で弾くと各々の色に輝く仕様になっているため。
鱗翅学者と光学者の共作は、美術館にあっても映える作品。正直故郷に持ち帰って、人々に見せたい一冊だと心から思った。
「でも外国語が多いと子どもには難しいですかね」
彼は隣にいた友人に言う。
「お前が翻訳すればいいだろ。帝国立植物園に就ける奴なら、学者も認める」
愛想の無い返答に彼は微笑み、しかし続いた言葉に蒼褪める。
「何なら手伝うぞ。成果をエサに女帝に提言して……」
「いえ、ならば自力でなします! これでも優秀卒論賞持ちですので!」
「そうか。まあお前なら心配ない」
青年はさっと会計を済ませ、ついてきただけの友人と帰宅した。
後に彼が論文で多額の謝礼金を得、夢に近づいたのはまた別の話である。
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