⑦車輪祭



 

 窓の外から歌が聞こえる。

 馬のいななき。狼の吠声。

 悪霊スクッカたちを前に、猟師の軍勢が狩りをしているのだ。

 猛々しき狼を伴い、冬の瘴気を祓っているのだ。


 毎冬詠われる祭囃子は、建国王たる双子の馬神に捧げられるもの。


 天空神の子たる双子は、大嵐に呑まれた故郷を去った。そして長旅の末、同胞とともに石灰の大地に降り立った。双子らはそこに家を建て、四方より迫る他部族と争い、時に同盟を組んで共闘した。


 双子が新天地に王国を創ったのは、渡来より五年後のこと。

 その王国には、今もなお建国王や彼に従った精霊アールヴたちの魂が復活するという。それがこの冬至ゲオルの時期だ。


 王都は車輪祭という太陽の復活で賑わい、騒がしく英雄の帰還を飾っている。人の出は多くないが、彩り豊かな光の蔦が、石造りの家々を伝い輝いている。まるで巨大なぶどうのようである。


 イーゴリ・オレクサンドルソンはフラットの窓際に凭れ、眼下の街道を眺めて思った。手元に握られた酒坏に満ちたりんご酒を呷ると、僅かな酒精と甘酸っぱい味が臓器に沁み渡った。この感覚を覚えるたびに、心身は今年も冬至がやってきたのだと改めて自覚する。


「イーゴリ。ツリーを飾り終えて早々黄昏れないで。そろそろイダたちが帰ってくるでしょ。御馳走の用意をしなさいな」


 明るい闇夜を茫然と眺める最中、右足は柔く温かいものに包まれた。深い茂みに足を突っ込んだような感覚に、イーゴリは溜息を吐くなり下を向いた。


 彼の右足を覆っていたのは、小さな雌熊型精霊のアーサリンだ。師走のはじめに冬毛に換え終わった彼女だが、今は赤い厚着をまとい、首に蜜蜂の金装飾を付けている。どちらも昔、イーゴリが買い与えたものである。

 彼らは先程まで、霊たちを祀る舎人子の木に飾り付けをしていた。おかげで居間の角は銀色に彩られ、テーブルまで美しく整えられている。


 もっとも、大体はアーサリンが用意したものだ。

 冬眠を知らない子熊は手の届く範囲ならばなんでも自分でやりたがる。できないことは料理や買い物くらいである。


 そんな彼女に促される形で、イーゴリは鯉のスープを温め直し、既に包み終えた餃子ウシュカを茹で始めた。次いでエンドウ豆と白菜のサラダと、茶の用意も進める。男三人は紅茶、アーサリンだけは蜂蜜入りのカモミール茶である。


 彼女は赤子用の寝台をディナーテーブルの側に置いた。祝日の御馳走くらいは、人と同じ視界で食事をしたいためだ。歯車の他、バターキャップという冬至を象徴する白い花を飾ったガーランドで可愛らしく飾られている(なおバターキャップは毒草ゆえ、使われているものは造花である)。


「今日は例年より賑やかになるわね。ラヴォが来たのはもちろん、イダも帰ってくるようになったし」

「満更でもなさそうだな。奴はろくに顔も合わせなかったくせに」

「良い変化ね。わたし、ラヴォあの子が来て嬉しいのよ。優しくて品のあるあの子だったから、イダも懐いたのでしょう」


 洗いものを始めたアーサリンは明るく応える。 

 そういえば彼女はそういう熊だと、イーゴリは茹だる鍋を見た。彼女は自分に不都合がなければ、特に相手を悪く思うことはない。イダが極端に人見知りだろうが同様だ。


 そう思うとイダが己を避けていたことや、ラヴォに懐いた件は瑣末事に思えた。


「それに、今年はあんたにも、そしてあたしにも良い年だったと思うわ。ひとつ屋根の下に住むイイとこ……あら、噂をすれば影かしら。イダもラヴォも帰ってきたわね。配膳、よろしくね」


 さっさとラックにまな板などを掛け、アーサリンは洗面所へ走っていった。

 御馳走をそれぞれの皿に乗せ、茶を淹れたとのろ、ケーキを手にしたラヴォたちが帰ってきた。玄関からの声はいつもよりも賑やかで、しかし煩わしくない。


 らしくもなく高揚を覚えながら、配膳を終えたイーゴリは玄関へと向かっていった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る