第8話 悪い魔女でしたが、もう二度と人魚姫には関わらないと誓います

「おい。まだ、人間になれる薬はできないのか」

「そんな簡単にできると思わないでちょうだい。しかも、あの人魚姫、すごく複雑な事になっているんだから」

 偉そうに話しかけてくる金髪の男を私は睨みつける。偉そうにというより事実偉い身分の男なので私は彼の言葉に従うしかない。彼は従者一人つけずに来る変わり者だがこの国の王位継承権第一位の王子なのだ。


 そして 私は海に住む、深海の魔女と呼ばれる女だ。光の届かぬ場所に住む、権力にも屈する事のない無情な魔女と恐れられている。……いや、もう、かつて畏れられていた魔女ね。

 現在はというと——。

「契約を違反したのはお前が先なんだからな。ちゃっちゃと、ただの泡を人間に戻せ」

「あのね。元々あの泡は人魚なの。人間じゃないの! 戻るわけじゃないの!!」

 王子にネチネチ隣から薬と呪いの研究に口出しをされている情けない状況だ。はたから見たら権力に屈したようにしか見えないだろう。

 

 王宮からある日、王子と弁護士、それにただの泡がやってきたかと思うと、私との契約は無効な上に、泡になってしまった人魚姫を人間にしろと命令された。

 無論、私は魔女。そんな命令は聞けないとはねのけても良かったが、弁護士の方からコンコンと契約上のミスを指摘され、二重搾取だの、他国への関与が見られるだの、色んな事を理詰めで話された。そして最終的に契約は破棄され、ただの泡を人間にする魔法薬の開発をする命令を飲む羽目になったのだ。

 魔女の契約はそれなりに重い。重いからこそ、間違いの発覚は魔女の中では詐欺に当たり、仕事を干される可能性がある。更に国家権力で、住む場所もなくなる危険まで出てきて、泣く泣く命じられた薬の研究をしているわけだ。

 研究費用が王子持ちなのはいいけれど、弁護士が不正に金品請求などしてないか目を光らせているのが怖い。何、アイツ。何で不正をしたら倍返しだとか、百倍返しだとか言ってくるの? 勘弁してよ。確かに今まで恐れられてはいたけれど、私はごく普通の魔女なのよ。

 

「というか、何で泡になっても、消えないのよ」

「そういう魔法じゃないのか?」

「普通は体が泡になったら心が折れて、精神も消えるものなの。どれだけポジティブなのよ」

 人魚姫との契約は、人間の足を得る代わりに声を失うというものと、王子が他者と結婚したら海の泡となるというものだった。

 さてこの他者との結婚というのをどのタイミングと定義するかは難しい。式を挙げれば結婚なのか、書類が教会に提出されれば結婚なのか、それとも世間が結婚したと認識した瞬間に結婚なのか。

 そう。色々曖昧なのだ。

 なので人魚姫にかけたのは、所謂催眠のようなものだ。人魚姫が、王子が他者と結婚したと認識した瞬間に体が泡になるように調節した。

 それがまさか、婚約と結婚の違いをちゃんと理解しきっていなかったなんて。


 人魚には結婚という概念がない。雄と雌はあくまで他人だ。

 雌は自分が産んだ卵から孵った子供を守り、雄も自分が守っていた卵から産まれた子供を守り育てる。二人の間に契約的なものはない。一応恋はするようだが、結婚をしてないので、次の産卵期には別のパートナーがいるのが普通だ。時折同じもの同士が子供を作り続ける事もあるが、結婚をしたというわけではない。

 そんなわけで、王子が婚約したということを姉から聞いた所為で、結婚をちゃんと理解していなかった人魚姫は、泡となったというわけだ。王子を殺しに行く間もなく死んだと彼女の姉からしこたま文句を言われた。

 いや。私も流石にそのタイミングで泡になるとは思っていなかったわよ。

 さらにその泡の状態になっても、まあいいかと泡のまま生き続けて、最終的に王子に会いに行って愛し合うとか、誰が想像するだろう。

 

 ただの泡の状態でポジティブに王子を観察して、情報を集め続ける人魚姫もアレだけど、ただの泡に恋する王子もどうなのよ。しかもただの泡が得た情報のせいで、王子は結婚する前に婚約破棄してしまうし。おかげで、完璧にこちらの契約違反じゃない。

 しかも王子が結婚しようとした相手が国家転覆を狙っている人物だったものだから、私にまでとばっちりが来て、姉を通して王子を殺そうとしたんだろうとか言われるし。違うわよ。普通に呪術の関係で、王子の心臓の血を使えばただの泡は人魚には戻ったのよ。

 

「そういえば、ただの泡は人間になったら、卵生じゃなくなるのか? その辺りどうなるんだ? 見た目だけが変わるわけじゃなく、機能も変わるんだよな?」

「知らないわよ!!」

「ふざけるな。その辺りすっごく、大切な事なんだからな」

 あーもう。めんどくさい。

 本当に、最悪すぎる。

 この薬が完成したら、もう二度と人魚姫と契約なんてしないと私は心に誓うのだった。

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