悪役令状が百合の花を摘もうとしたらとことん堕ちて人生詰んでしまいまして

水原麻以

黄昏絡網世界《ニルヴァーナオンライン》

ゴーレムをやっとのことで倒した。その瞬間、一行の頭上に窓が開いた。

「外部お知らせ先」

パーティ一行はギョッとしたが「これも魔王の罠だな」とリーダーが気を引き締めた。

「ふむふむ?」

学歴の高い魔導士のアーガスが象形文字を読んだ。

「ん~。なになに? 『運営者からのお知らせを外部サイトから配信しています。黄昏絡網世界ニルヴァーナオンラインにアクセス不能状態に陥ったときでも運営者からのお知らせを確認できます』」

「よくわからんが、ニルヴァーナって古エルフ語じゃないか?」

騎士が耳の尖った女に振る。

「どうやらお告げのようね」

ハイエルフの詩砂が声を潜める。

黄昏ニルヴァーナ? 何のことだ。こんな地下迷宮に昼も夜もあるもんか。それにお天道様かみさまを拝めなくなったら誰に連絡するんだ。夜か?ダンジョンの闇は俺達の敵だぞ」

リーダー格である騎士ポールが突っ込んだ。

「これはきっと魔王が、神さまの行いを邪魔したんでしょ。夜はこのダンジョンの中で最も危険な場所なのよ。ダンジョンは人間も魔族も絶対的な壁で隔てられているわ。人間や魔族は皆魔王を倒さなければ入れないから。だから神様が魔王を倒すまで待ちましょ、神様よ」

女僧侶でもある詩砂はそう言って譲らない。

「なるほど。君は本当にいろいろなこと知っているね。私は魔王の脅威か“ダンジョン=魔王”という概念を勝手に作り上げていると考えるわけだ」

魔導士は詩砂の昂りをいさめる。

「魔王の脅威はいろいろあるわ。人間がどんな魔法を使えるか、どんな戦い方をしてくるか。神様はよくわかってるね」

「そのとおりだ。魔王とはその全てを支配する厄災だ。世界の最果てからは追い出したいが、人力ではかなわない。しかし、この魔城があれば世界を支配できる。ここで邪悪な人間や魔族の脅威を排除して、そして良識ある人間が支配しようと思えばできるんだ。この世界の支配者は魔王じゃない。ダンジョンを奥の院まで取り調べすることになった冒険者だよ。具体的に誰といえば…」

アーガスが詩砂を見やる。

「君が世界を支配する?」

ポールは首をかしげた。

「ええ。神さまは世界の支配者は私、というか、『このメッセージの解読を成し遂げた者』って明記してある」

確かに最後に読んだのは詩砂だ。

しかし魔王の脅威はただ単に奥の院を暴いただけではおさまらない。精神体を破壊するか、その怨念を鎮める必要がある。

アーガスは古びた攻略本を紐解いた。定期的に復活する魔王に対し様々な対策が開発されている。数あるなかでアーガスがおすすめのページを開いた。

「魔王を倒すには雌のドラゴンを配偶しなければ気が納まらない」

「それは…」

アーガスは顔を曇らせた。魔王の趣味にも困ったものだ。

「神さまに仕えるものとして言わせてもらうなら、魔王はドラゴンじゃない。ドラゴンは女神様に仕えるものとして扱うべきじゃないかしら」

詩砂は僧侶である。

「女神さまはその通りだと言ってくれるが、他にその通りにしているものはないだろう…」

ポールは唸った。

「じゃあ何を言ってもダメなのか。女神様はどう?」

アーガスはいぶかしげな顔でポールを見やる。

「女神様は女神様だ。神さまでありながらこの場の支配者になることを望んでいるんだ」

ポールは頷いて言った。

「他に思いつきそうな単語は……」

「『魔王はドラゴンを神さまに捧げて、神さまとして世界の管理をすることを望んでいる。そのためにこんなダンジョンの最奥に』ですね」

「そうか。ではこのダンジョンの最奥ではないか。その場所を探せばいいんだ」

「他のダンジョンを探すなら、そのダンジョンのボスを倒すしかない」

アーガスは渋い顔をして言った。

しかしポールはそれでは厳しいし、まずはダンジョンへ行かなければならない。

「神さまが管理する最上階ってどんなところなの?」

「『女神様の神殿』だ。女神様が祈れば、女神様の神殿にも世界の中心があるのさ」

アーガスの言葉にポールは驚いた。

「『女神様の神殿』を探すんか。そんな場所があるの?」

「探した方が早いな。とりあえず行ってみよう」

二人は神殿へと向かった。

神殿はアーガス達がいるような神殿とは比べものにならないくらい大きかったが、彼女たちが来たことで安心したのか、中に入ることができた。少し遠いというか、まるで神殿に行ったかのような錯覚を覚えるが、それは正しかった。

「女神様の神殿に行くよ。私はそこへ行ってみよう」

アーガスは彼女達を神殿の最奥の扉に向かって呼びかけた。

その声に反応したのか、二頭のドラゴンが飛び出して来た。アーガスは、両手を上げてそれを受け止めた。「おい、アーガス。何でドラゴンなんだ? 女神様はドラゴンじゃない」

「ドラゴンは女神様だ。だからドラゴンを神さまに捧げるんだよ」

アーガスはドラゴンを抱きしめたまま答えた。

「アーガスさん、それじゃダメよ。ドラゴンなんて。だって、ドラゴンは魔物よ。ダンジョンの奥から出てきて人間を襲うわ。ダンジョンの外で見たでしょう」

詩砂はドラゴンを睨む。

「でも、ドラゴンは神さまだよ。女神様のためにドラゴンを捧げないといけない」

「えっ!?」

アーガスは詩砂の顔を見て、そしてドラゴンを見た。

「君たちはドラゴンを神さまだと思っているかい?」

ドラゴン達はアーガスの目を見つめていた。

「私にはわからないわ」

詩砂は首を振った。

「神さまの言うことは正しいはずなのに、間違っているようにも思える」

「そうだよね。神さまが間違ったことをするわけがないのにね」

詩砂はアーガスの手の中にあるドラゴンをじっと見つめる。

「あなたは神さまを信じてる?」

アーガスは目を閉じた。

「神さまは信じられないけど、ダンジョン=魔王の脅威と、神さまは関係すると思うよ」

「どうしてかしら」

「神さまを信じる人間が少ないからだ。神さまの力は強いのに、信じてもらえないと力が弱くなるんだ」

「じゃあ魔王も同じことなの?」

「うん」

「魔王がいなくなったら、神さまの力はまた強くなる?」

アーガスはしばらく考えて、口を開いた。

アーガスはドラゴンを抱きしめながら言った。

アーガスはドラゴンを手放すことにした。

ドラゴンはアーガスの腕から抜け出し、神殿の外へと出て行った。

ドラゴンがいなくなると、扉はゆっくりと閉まり始めた。

アーガスはその様子を見ていたが、すぐに視線を扉から外した。「神さまがドラゴンを欲しているんだ。ドラゴンを捧げたら、神さまはもっと力を手に入れるよ」

アーガスは言った。

「でも、神さまは人を助けてくれるんじゃなかったの?」

アーガスは静かに微笑んで、首を横に振る。

「神さまが人間を助ける必要なんかないよ。神さまは、人間よりも上の存在なんだ。だから人間を助けるのは人間の仕事だ。神さまが助けるのは、人間を神さまの信者にするだけさ」

アーガスは二人を見る。

二人の顔は険しくなっていた。

アーガスはさらに続けた。

アーガスは話を続けた。

アーガスは話を締めくくる。

二人がアーガスの話を聞いた後、彼女は神殿の出口に向かった。

神殿を出ると、すぐそばに一人の男性が立っていた。

「誰?」

アーガスが尋ねる。

男性はアーガスを見て言った。

「僕は《黄昏絡網世界》の運営者です」

「そうか。この世界に夜があるのは、あなたの仕業だったのですね」

アーガスが言う。

「まぁ、そういうことです」

「それで、私達に何か用ですか?」


運営者は笑顔を浮かべて答える。

「いや、特にありませんよ」

「では、失礼します」

アーガスは男性の横を通り過ぎようとした。

運営者がアーガスを呼び止める。

「お待ちください」

「何でしょうか」

「あなた達が神と呼ぶ存在について、お話ししたいことがあります」

「えっ!?」

アーガスは運営者の方を向いた。「どういうことですか」

「僕も神なんですよ」

「はっ?」

「正確には、神に近い人間といったところかな」

「それは、どういう…………」

「そのままの意味ですよ」

「わかりました。とりあえずお聞きしましょう」

「ありがとうございます」

「まず最初に言っておきますが、私は神の存在を疑っています。神は人間を作った創造主だと言われていますが、本当にそうなのかどうか。人間が作った作り話で、本当は神など存在しないのではないかと思っております」

アーガスは淡々と語った。

「なるほど」

「神がいるなら、なぜ人間がダンジョンで死んだ時に復活させてくれないのでしょう。もし神が存在するのならば、人間は何度死んでも生き返ることができるはずなのですが」

「その疑問はもっともなことです。しかし神は存在しません。神は人の信仰によって存在しているのです」

「神は人間の作った創作物だと?」

「そうです。神とは、人間が書いた物語の登場人物のようなものでしかないのです」

「つまりあなたも神ではないということか?」

「そうです」

「だがあなたは、我々プレイヤーの前に現れた。しかも我々の前には、男性として現れた。これはあなたの書いた小説の中の人物ではないのですか?」

「いいえ、違います」

「では、どうやって神が人間の前に姿を現せたのだろう」

「あなた達は、神の姿を目にしましたか?」

「いえ」

「僕は見ました」

「見た? どこで? いつ?」

「黄昏の世界ニルヴァーナオンラインの神殿に、女神はいました。ただ、その姿は人間と同じでした」

アーガスは考え込む。

そして呟く。

アーガスは目を大きく開け、両手を握りしめた。

そして言った。「まさか!」

「どうしたんです」

「もしかすると、神さまは、私たち人間と同じような姿形をしているのかもしれない」

「そうかもしれませんね」

「でも、どうして今まで気づかなかったのでしょう。神さまがどんな姿をしているのかなんて」

「それは、人間と違うところがあったからじゃないのかな」

アーガスはハッとした。

神さまには人間と違うところがある。

それは一体なんだろうか? アーガスは思った。

神さまは男性の姿。

それが意味することは? アーガスは恐る恐る尋ねた。

アーガスは運営者に問う。

神は男性なのか? 答えはすぐに出た。

運営者はアーガスの目を見て言った。神は男性です。

アーガスは震えながら叫んだ。

神は男性! 神は男性だった。

アーガスは膝をついて泣き崩れた。

運営者はそんなアーガスに言う。

あなたも神なのですね。

アーガスは運営者を見た。

あなたも神なのですね。

アーガスはうなずいた。

運営者もうなずく。

アーガスは立ち上がった。

アーガスは運営者の前で土下座をした。

アーガスは涙声で嘆願した。

神さま、どうか我らをお救いください。

アーガスは頭を下げて懇願した。

アーガスは運営者の前に手を突き出す。

アーガスは運営者の手を掴んで自分の顔に押しつけた。

神さまの手のひらにキスをする。

神さま、私の願いを聞いてくださり感謝します。

アーガスは涙を流していた。

アーガスは神さまの手に口づけをしながら祈った。

アーガスは運営者の手の甲に唇を押しつける。

アーガスは地面に額を擦りつけて泣いた。

アーガスは嗚咽しながら神への祈りを捧げる。

アーガスは神さまの足下にひれ伏して神を崇める。

「この男は神を信じているのでしょうか? それとも何かの宗教に入っているんでしょうか?」

ポールの言葉で我に帰った。

詩砂もポールも怪しげな目つきで見ていた。

アーガスは神が男性であることを告げた。

ポールは驚いて詩砂を見る。

「ハイエルフは神さまを信じるのですか?」

詩砂は首を振る。

「私は信じないわ。神を信仰するハイエルフは森の賢者と呼ばれるエリー教ぐらいよ。でも黄昏ニルヴァーナをプレイしていた人間は、皆同じことを言っていたわ。神は人間のような姿形をしているって」

「つまり神の正体は人間だということですか?」

「そうよ」「では我々人間も神になれるということですか?」

「そうよ。私たちは神の作りし人間だから。人間も魔族も同じ人間よ」

「神になるにはどうすればいいのでしょう」

「神は人と同じように生活しているだけよ」

「でも我々は、神のように生きられない」

「そうね。私達と神様とは違うのよね」

「そうだ。俺達は所詮人間だ。人間には限界があるんだ」

アーガスは言った。

人間の力では神になることなどできない。

ハイエルフである彼女ですら無理だ。

神になるためにはまず神を知らなければならない。

神とは一体何なのだろう。

神はなぜ人間の姿をしているのだろう。

神はどこからやってきたのだろう。

神は何をしているのだろう。神は何を考えているのだろう。

神は一体誰なのだろう。アーガスは思った。

「人間が考えてわからないことが神には理解できるというのですか。そうしたら神=人間というのは矛盾しますね。運営者とやら、貴方は嘘をついている。本当は何か隠してるでしょう?」

アーガスが図星を指すとエリーがぎょっとした。

運営者が苦笑いする。

アーガスは神を疑う。

神はなぜ人間と同じ姿をしているのだろう。

アーガスは思った。

神はなぜ人間と同じ生活を営んでいるのだろうか。

アーガスは疑問を抱いた。

神はなぜ人間と同じ行動をしているのだろうか? アーガスは思う。

神は人間の姿になって人間と一緒に暮らしているのではないのか? アーガスは考えた。

神は人間と同じ姿形をして人間と同じ生活を送っているのかもしれない。

アーガスは考える。

神は人間と同じ姿で人間と同じ生活を営み、人間に紛れているのではないか? アーガスは思った。

神は人間に化けているのだ。

「もしかして、これも魔王の罠だな!」

やおらバスタードソードを構えるとハイエルフの服を切り裂いた。詩砂は一瞬でビキニ姿にされる。

「きゃあ」詩砂は胸を隠す。

「魔王はハイエルフの肌が欲しいんだ。ゲート・ガーディアンはハイエルフの肉が好物なんだ」

ポールは詩砂の身体を触る。

「いや」

ハイエルフが涙を流す。

「やめろ」

アーガスはポールの腕を掴んで止める。

「このケダモノ」

詩砂をポールから奪って背に庇った。

「人間よ。我を倒せるものなら倒してみると良い。倒せぬときは我が妻を傷つけぬように頼む」

アーガスはゲート・ガーディアンを睨みつけた。

ゲート・ガーディアンもアーガスを見つめ返す。

「どうした? 我を倒せば我が娘は自由の身だぞ。魔王の呪いから逃れられるぞ」

ポールが叫んだ。

「お前なんかお呼びじゃないんだよ。こっちは男の娘が大好物なの。男は黙ってろ。ゲート・ガーディアン。お前を倒して娘さんを解放しよう」

「そんなこと魔王に言われたか?」

ゲート・ガーディアンが尋ねた。

「えっ!?」

アーガスは一瞬答えを躊躇ったが「言われました」と答えた。

「ほらね」テシアがアーガスにウィンクする。

テシアはアーガスの返事を聞いて笑ってしまった。「やはりね。魔王はアーガスとハイエルフの仲を裂こうとしたんだわ。アーガスはテシアの思い通りにはさせないわよ」

「でも、それが本当の狙いとは限らないんじゃないかしら」

エリーは懐疑的だった。

アーガスは剣を振り上げてゲート・ガーディアンに向かって突進した。だがすぐに止まった。

後ろから魔導士に抱きすくめられたからだ。魔導士はポールの首を締めている。ポールは暴れるが拘束から抜け出せない。

魔導士はエリーにもしがみつくと詠唱を唱えはじめた。

テシアは詩砂の手を引いて部屋の出口へ向かう。

魔導士の魔法が炸裂する直前 魔導士の頭に斧が突き刺さり、アーガスの肩の上に移動した白いドラゴンが口から炎を吐く。

「ひぎゃああぁああ」

魔導士は炎に包まれる 魔導士の断末魔の叫びを聞いたポール達は驚いた。

振り返ると赤い翼竜が立っている。その背中には二人の人影がある。魔導士の炎は彼らにまで及んだがダメージはない。彼らは何ごともなかったように着地すると魔導士の死体を踏み潰す。

ポールは絶句していた。

アーガス達もあっけに取られていた。

目の前に現れた赤い翼竜を見た時、ポール達の顔に衝撃の表情が現れた。

翼竜に乗っているのは二人。

一人は魔導士と同じく黒一色のローブに身を包み、手には身長ほどもある長い杖を持っている。もう一人は金色の鎧を着た人間の騎士だ。魔導士と違い甲冑で全身を包んでいるので素顔は分からない。

魔導士が死んだことで扉は再び閉まった。

黒魔導士は地上からの侵入者を見て言った。

ここは黄昏絡網世界ニルヴァーナオンラインの最下層地下10階にある。

「これはこれはアーガス様。お早いお着きで。まさかとは思いましたがここまで辿り着くなんて…………」

アーガスは顔を歪めた。

黒魔導士の声を聴いていたエリーの心の中で、何かが壊れる音が聴こえた。

黒いローブをまとった魔導士の横に立っていた女性。アーガスは彼女のことを知っていた。いや忘れられなかった。

彼女はかつてアーガスと一緒にパーティを組んで、魔王軍幹部、魔王四天王の一人であった《氷結魔導士レイラ》である。

今彼女が着ている漆黒のローブは黒魔導士の象徴だ。

だがあのときのレイラよりも遥かに邪悪なオーラを感じる。

エリーの唇から言葉が漏れる。

それは無意識に口に出していた。

なぜ彼女がいるのか?「あのとき、私を殺し損ねたのは間違いじゃなかったということだわ。私の復讐はあなたを殺すことだったのよ」

エリーは怒りに打ち震えて唇を強く噛み締めていた。血が流れ出ているが気づかない。

黒魔導士は眉根を寄せて悲しげに言う。

「そう。やはり私が生きていたことは許せなかったんですね。この世界の平和のために魔王として生かしておくわけにはいきません。あなたの正義感の強さを恨みなさい」

テシアが前に出る。

「やっぱり。あれはあなただったのね。いい機会よ。エリーを裏切った報いを受けてもらうわ。アーガスも一緒に来なさい」

テシアはポールをエリーの盾にする。

「ちょっと待ってよ。なんでそうなるんだよ。俺が何をしたってんだ?」

アーガスが言う。

詩砂はアーガスを見る目が冷たい。

アーガスは詩砂と目を合わせた。

アーガスは黒魔導士と氷結魔導士の過去を知っている。だからこそ、アーガスは思った。

――黒魔導士はもう魔王じゃない。魔王はあの黒ローブの男の方だ。しかし、それを証明できないのがつらいところだ。

アーガスは思う。魔王を倒さないと神の力を借りることができないかもしれない。どうしたらよいだろうか? 詩砂は目を細めて、まるで汚物でも見るような眼差しを向ける アーガスと黒魔導士が知り合いなのは明白だし、詩砂はアーガスを疑いの目で見ていた。

アーガスが言った。

「黒魔導士レイラ様のご活躍は聞き及んでおります。魔王軍にいてくださったら良かったのに。それが残念でなりません」

アーガスは両手を広げる。

黒魔導士は何も言わずに首を振った。

詩砂が黒魔導士の横にいる金色の騎士に訊ねる。

どうしてこの世界に入ってこれたか。

そして、どうやって黒魔導士を捕らえているのか? 詩砂は金色の騎士に見覚えがあった。その騎士は魔王軍にいたことがある。

名前は確か【剣聖】だ。騎士は黒魔導士を捕らえているのだと言っていた。だからこの世界でも強いらしい。アーガス達は金色騎士を倒すことができなかったし。

金色の騎士は答えた。

「私は魔王軍と人間軍が戦争するのを望んでいないのです。魔王を倒して世界を平和にしましょう」

ハイエルフの女戦士も口を出した。

「そういうことなの? 私達を騙したっていうの? ふざけないで! よくも騙してくれたわね。魔王軍を抜けた私たちのことを裏切者として追い出したのね。それにしても金髪エルフに抱きついて鼻の下を伸ばしてるなんて下衆野郎ね」

アーガスは反論する。

「俺はそんなんじゃねえよ」

アーガスは金色の騎士に詰め寄ろうとする。金色の騎士は片手をあげてそれを制した。

「黙れ!」

金色の騎士が凄むと風圧のようなものが発生した。

「うひーっ。すげえ力だ。こんな騎士に勝てる奴がいたら教えてほしいくらいだぜ」

アーガスは身をすくませている。詩砂は考える。ここはダンジョンの中枢部である地下百階だ。地上に戻るには転移石が必要だ。それを使うには勇者が持っているはず。黒魔導士を拘束している理由とは関係ないだろう。ならば、どうして金色の騎士はこのダンジョンにやってきたのだろうか? 金色の騎士は何の目的でやってきたのかしら? 詩砂は考える。

アーガスは考えたふりをしているだけだった。アーガスは魔王軍の情報を聞きだそうとしていたのだが、うまくいかなかったので適当なことを言う。

アーガスが言う。

詩砂はアーガスが言っていることを本当だと思うことにしたようだ。

――アーガスは馬鹿だけど悪い人ではない。でも油断しちゃいけない。

アーガスとエリーはお互いに警戒心を抱いていた。

アーガスはエリーを裏切り、エリーはアーガスに対して怒っていた。アーガスはエリーの怒りをなんとかしてほぐそうと考えている。アーガスはアーガスでしかないのだった。

金色の騎士は言った。

「我々がここに来た理由はこの女を取り返しに来たからだ」

テシアが言う。

「おっしゃることの意味がわからなくて…………」

彼女はこのままでは拙いと焦った。ゲートガーディアンとハイエルフのレズカップリングを作ろうとゲーム進行を操っているのにだんだんキャラクターたちの人間関係が壊れていく。テシアはたたただ冬コミに間に合わせるためにゲームマスターとして介入しているだけなのだ。ゲームをキャプチャーしてそのまま同人漫画にするという手抜き作戦をかんがえていたのに、これでは完結から遠ざかるばかりだ。どうにかゲームエンドさせないと分厚い同人誌が出来てしまう。電話帳のような同人誌は売れない。腐女子は薄い本が好きなのだ。


金色の騎士は答えた。

「おまえたちが私にかけた呪いを解くために、我が友はここへ来たのだ」

アーガスが答える。

「俺があんたの友達だって? 冗談はよしてくれよ。初対面のくせして。そりゃあ確かに俺の職業は冒険者なんだから他の連中に比べれば付き合いは長いかもしれないけど。まあでもよ」

金色の騎士はアーガスを無視するように話を続ける。

「私を助けにここまでやってくるなんて友情ってやつか。いいね」

詩砂は尋ねる。

――私の予想だと、このキャラの名前は『剣聖』じゃない。

アーガスも尋ねた。

「おい、あんた名前は?」

剣聖じゃなければ一体何だというんだろう。アーガスにはわからない。剣聖の本名を知るのはこの世界でただひとりだけだというのに。

剣聖はアーガスに告げた。

「私は『金色の騎士』だ」

アーガスが答える。

「そのまんまだな」

金色の騎士はアーガスに背を向けた。

「私はこの女を連れていく。おまえたちは帰れ」

「待てよ。俺達はまだ用事が済んでいない」

アーガスは金色の騎士の前に立ちはだかった。

「もういい加減にしてよ」

テシアが身を挺してかばう。「邪魔だ」

金色の騎士は腕を振るってアーガスを払いのけた。

アーガスは壁に叩きつけられた。

「うげーっ」

アーガスは口から血を吐いた。肋骨が折れている。

金色の騎士は詩砂を両腕で抱え込み、出口に向かって歩き出した。

「ちょっと待ちなさい!」

アーガスが立ち上がる。

「ぐふっ」

血を吐き出す。

詩砂は心配そうにアーガスを見つめている。

金色の騎士は振り返りもしないで言った。

――邪魔をするな。

アーガスは必死になって考えた。

――どうすればいいんだ。俺は、俺は…………。

アーガスは考えた。

――そうだ、ゲートガーディアンだ。あの化け物ならきっと倒せるはずだ。

アーガスはゲートガーディアンに目を付けた。

「待ってくれ」

アーガスは金色騎士を引き留めようとする。

「邪魔だ」

金色の騎士はアーガスを蹴飛ばした。

アーガスは壁に激突する。

「ぐぎゃあああ」

アーガスは血を吐いて倒れた。

金色の騎士は詩砂を抱えながら歩く。

アーガスは死んだ。だが息を引き取る直前に心の叫びをゲートガーディアンにぶつけた。

「エリー。あんたは守護神だろう? あんたらゲートガーディアンは争いを好まないはずだ。どうかこの場を収めてくれ!」テシアはハイエルフとゲートガーディアンを無理やり結婚させるつもりだった。

アーガスは願った。

「エリー。頼む。俺の願いを聞いてくれ」

金色の騎士は足を止めた。

「ん? 今の声は誰だ?」

金色の騎士は声がした方を見た。

アーガスは血を吐きながらも、ゲートガーディアンに語りかけた。

「エリー。俺の頼みを聞いちゃくれないかい?」

金色の騎士はアーガスを見る。

「おまえは誰だ?」

アーガスは金色の騎士に懇願した。

「俺のことはどうでもいいんだ。あんたの力を貸してほしい」

金色の騎士はアーガスの胸ぐらを掴んだ。

「おまえは誰だ?」

アーガスはゲートガーディアンに語りかける。「あんたは知らないかもしれないが、テシアはハイエルフとゲートガーディアンのカップルを成立させようとしているんだ」

金色の騎士はアーガスを突き放す。

「なんだと? それは本当か?」

アーガスは咳き込む。「ゲホゲホッ」

金色の騎士はアーガスを睨みつける。

「私に嘘をついても無駄だぞ」

アーガスは血を吐きながら答えた。

「本当だよ。あんたも知っている通り、ハイエルフとゲートガーディアンは恋愛禁止だ。もしふたりが恋に落ちたら、神さまが罰を下すことになっている」

金色の騎士はアーガスを問い詰める。

「それで? おまえの望みは何だ」

アーガスは金色の騎士に言った。

「俺の望みはたったひとつだけだ。テシアの暴走を止めて欲しい。あいつはあんたのことが好きなんだよ」

金色の騎士はアーガスを蹴り飛ばす。

「ふざけるな。私がなぜハイエルフを好きになるのだ」

アーガスは血を吐く。

「だから、そういう運命なんだよ」

金色の騎士はアーガスに剣を振り下ろした。

「死ね」

アーガスは殺される寸前だった。

「助けて」

詩砂が金色の騎士に抱きつく。

金色の騎士は詩砂を抱きしめる。

「詩砂。もう大丈夫だ。私は君の味方だ」

詩砂は金色の騎士に抱かれていた。

金色の騎士はアーガスを斬り殺そうとする。

アーガスは叫んだ。

「詩砂! 俺の言うことを聞け!」

詩砂は金色の騎士の腕の中で暴れ出す。

「やめて!」

金色の騎士はアーガスを斬ろうとする。

「やめろ!」

金色の騎士はアーガスを斬り殺す。

アーガスは息絶えた。

金色の騎士は詩砂を床に降ろした。

詩砂は金色の騎士から距離を取る。

金色の騎士は詩砂を睨む。

詩砂は怯えた。

金色の騎士は詩砂に近づく。

詩砂は金色の騎士から離れようとする。

金色の騎士は詩砂の手首を掴む。

詩砂は悲鳴を上げた。

金色の騎士は詩砂を引き寄せた。

詩砂は金色の騎士に唇を奪われる。

金色騎士が口を離すと血まみれになった自分の口元を袖で拭いた。

テシアは金髪碧眼の女と赤髪紅眼の男のやりとりを見ていた。

金色騎士と詩砂を交互に見た。テシアの額に汗が吹き出る。

詩砂が金色の騎士を突き飛ばした。金色の騎士は壁に叩きつけられた。

頭の打ちどころが悪かったらしく金色の騎士も死んだ。




アーガスは死んでしまい、金色の騎士まで倒れたことでパニック状態になってしまった。アーガスと金色の騎士が殺され、詩砂は怯えていた。金色の騎士が死んだ後でもテシアは「何やってんのよ!」とか叫んでいてハイエルフや魔族達は呆れ返った様子だ。結局魔導士のアーガスが詩砂の手を引いてダンジョンの奥に消えていった。

残されたテシアはプレイヤーキャラクターの暴走でゲーム進行を台無しにされ途方に暮れた。

「どうしてこういう展開になるのよ。冬コミの新刊が台無しじゃない! こうなったらもう私がエリーと契るしか!」テシアは自分の胸を見下ろした後、頭を抱えて座り込んでしまった 【第15話】

「俺は神に選ばれた男だ。こんなところに閉じこめられて、もう三日も何も食べていない」と青い騎士服を着た人間。魔族の青年が嘆いている。

青騎士ブルー・ナイトと呼ばれる魔導士の彼は魔大陸の魔法大学グリモワールの優秀な学生だった。しかし魔王城ダンジョンの番人に捕らえられてしまった。魔導書を取り上げられた。魔導書を奪われてしまっては魔法使いとしては無力である。

青騎士は腹が減っているのかブツブツ言っている。

「早くこのダンジョンから抜け出さないと」

青騎士が出口を探そうと部屋の扉を開けた時。

目の前には赤い騎士服を着た人間がいて「カッポレ踊り」を激しく踊っていた。青騎士は「何だこいつ?」と思いつつ通り抜けようとした。

すると赤騎士の人間。人間の女。年齢は14歳ぐらいに見える少女。魔導士の魔族が背後に現れた。

「あんたどこから来た?」

「ここは立ち入り禁止区域よ。勝手に入ってきちゃ駄目よ」

「うるさい」

「お兄ちゃんをいじめないでよ! 魔族はカッポレ踊りの邪魔をしちゃいけないのよ。神様助けて」

赤騎士が祈ると雷撃が魔族を一瞬で滅ぼした。魔族は跡形もなく消えた。

テシアは目を剥く。

(私の出番を邪魔したのはあのクソゲーか! もう我慢できない! 私は魔王様からお告げをもらっているんだから!)

魔王様とは、神さまである。テシアにとっての神さまだ。

彼女はダンジョン《ニルヴァーナ》の管理を任されている神さまだ。魔王様の命令に従ってダンジョン《ニルヴァーナ》を管理している。


「テシア様!」

テシアのそばに黒衣をまとった悪魔のような風貌の男が現れた。その隣にはテシアが信仰する暗黒の女神。邪龍の眷属で黒い肌のダークエルフのエリー。魔族と人間との混血。エリーは美しい顔でテシアを見つめる。彼女の目はテシアだけを映していた。テシアは「うわっ」とのけぞった。

第15話で無茶苦茶なバッドエンドを迎えたので思い切ってゲームをリセットしたのだ。

そうしたらいきなり結婚エンドが来た。この展開ではテシアとエリーが同性婚をしてハッピーエンディングを迎える。

エリーはドラゴンのくせにフリフリの巨大なドレスを纏ってテシアに迫った。そしてその強大なかぎ爪でテシアの服を裂いてブラとパンツ姿にすると器用な手つきでウエディングドレスを無理やり着せた。

そしてテシアをお姫様だっこしたままドラゴンの教会に向かった。

こうして人間の女テシアと雌ドラゴンのエリーは強引に結婚することになった。



魔王の右腕にして魔界の王である暗黒の女王は、魔界に帰って神と結婚した。神さまは人間の姿なので、魔族である魔人のテシアと結婚する。魔王城の地下にある教会にて、結婚式を挙げた。

フラグが立ったのでゲームはめでたく終了である。テシアはゲームの世界に取り込まれてしまい、冬コミの新刊を出すこともなく、ドラコンと仲睦まじく暮らした。

めでたしめでたし。

――◆ 後書き ◆――

いつも本作を読んでいただきありがとうございます。

本作のコンセプトは「恋愛シミュレーション」。ヒロインの好みや性格を入力したらヒロインの行動パターンやルート分岐が変化するようにしました。つまりパラメータ制ですね。「ヒロイン攻略」に特化したゲームシステムです。

ヒロインを攻略するにはどうするか? 選択肢によって分岐する。つまりパラメータを上げる。ステータス画面に表示されているヒロインの魅力ポイントをあげる(最大50まで)と、次のシーンが解禁されます。

ステータス画面で表示される数値がヒロインのパラメータになります。各キャラともレベルが上ると魅力ポイントが増える仕様です。このパラメータが高いとシナリオが進行しやすくなる。好感度の上昇も早くなるといった具合です。

しかしパラメータを限界値の最大値まで上げることはありません。なぜならばゲームが終わってしまうから。だから上限50ぐらいに抑えておいた方がいいと思います。ただしどのみち、すべてのシナリオを進めることはできないんですけどね。テシアの場合もラスボスのエリーを倒してエンディングを迎えないといけません。あとはダンジョン《ニルヴァーナ》をクリアしないとお話は進みませんね。


ダンジョン《ニルヴァーナ》をクリアすると全クリアボーナスとして、ゲーム終了後のお話があります。これが『ニルヴァーナ』の全容になります。ちなみに、テシアとダンジョン《ニルヴァーナ》の関係は…………まぁ、それは、おいといてください。とりあえずゲームのエンディングが終わればすべてわかるから! ゲーム本編では、各ルートのクライマックスや分岐点が描かれていて「この選択肢を選んだ場合」「このルートの場合」とかいう感じで表示されていて読者をハラハラさせるのですが、そのたびにセーブデータを消すので、どの選択肢を選んでも同じです。どのヒロインも同じようにエンディングを迎えることになります。どの選択をしたところでテシアは必ずラスボスに殺されるので、結局は死なないルートはないのです。それがテシアのバッドエンドです。でもこれはこれでいいんですよね。人間と魔族の対立やら種族間対立やらが描かれてるからね。

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悪役令状が百合の花を摘もうとしたらとことん堕ちて人生詰んでしまいまして 水原麻以 @maimizuhara

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