第十話

「狭いところにずっといて体が痺れたわ。連れ出して。」


 言われるままに抱き上げる。低いところから抱き上げたから思わず、よっと掛け声が出てしまったが姫は全然重くない。

 横抱きにすれば、アデルナがするりとイザークの首に手を回した。十年側に控えて初めて抱きしめられたように思う。


 こんなにか細い人だったろうか。

 アデルナの柔らかさと鼻の奥をくすぐるよい香りにイザークは目を瞠る。


 だがそれは一瞬だった。アデルナの手がイザークの首を絞める。


「今!よって掛け声かけたわね?!」

「ぐぅぅ!首!締めすぎ!!」

「レディを抱き上げるくらい軽々となさいよ!あんた騎士学校で何学んできたのよ?!」

「‥‥やめて!落ちる!」

「絶対落とすんじゃないわよ!!」


 なんとか衣装部屋を出れば、手でベッドを指し示された。体が痺れていると言っていたのでイザークは屈んでなるべく静かにアデルナをベッドに置いたが、イザークの肩からアデルナの手が外れない。よってイザークがアデルナをベッドに押し倒しているような格好になる。


 扉の鍵をかけたが流石にこれはまずい、イザークの精神上。むしろ鍵をかけたからこそぐらぐらと揺れる。


「姫、手を‥‥」

「あんた、覚悟あるの?」


 静かにそう問われ、至近距離のアデルナの顔を見た。見てしまった。宝石サファイアに見つめられていた。目を逸らせない。


「そのつもりです。」

「ここの、公爵家の生活を捨てるのよ?何もかも。待遇いいでしょ?わかってるの?」

「でも姫が俺を育ててくださるんでしょう?」


 アデルナは目を瞠る。そしてくすりと笑った。肩に置いていた両手でイザークの頬をそっと包んだ。


「そうだったわね。ついてらっしゃい。危険手当くらいはつけてあげるわ。これは前払いよ。」


 そう言いアデルナはイザークの鼻にちゅっと口づけた。イザークが真っ赤になって身を起こし、鼻と口元を手で覆った。


「何てことすんですか?!」

「いくわよ!窓から出られるわね?」

「‥‥えーと、部屋に姫から頂いた剣を置いてきてしまったんですが。」

「あんなもの、また下賜かししてあげるわよ!」


 ちらっと十年貯め続けた給金もあるなと思ったが、それを取りに行くことを許しはしないだろう。でも自分だけはしっかり荷造りしてるんだよね。小さなスーツケースを投げて寄越された。

 イザークが段差で手を差し出せばアデルナは手を置いてぎゅっと握り返す。


 夜更けに人目をはばかり手を取り合って屋敷を抜け出す。


 本当の駆け落ちのようだと思った。



 外に出た二人は辻馬車乗り場を目指して歩き出す。イザークが口籠るアデルナの肩を抱けば、アデルナがイザークに寄りかかってきた。

 その甘えたような仕草がくすぐったい。公爵令嬢の時はそんな素振りは見せなかった。


「南の方に行ってみたいと思ってたのよ。とりあえず住む場所を決めて冒険者登録するわよ。」

「お金あるんじゃないんですか?」

「あんた本当にヒモになる気だったの?腕があるうちは働きなさいよ!」


 住む場所を決める。その言葉にアデルナの認識を確認したくイザークは問いかけた。


「確認なんですが、これは偽装駆け落ちなんですかね?」

「そうよ、偽装。でも偽装でも相手は私好みじゃないといけないのよ。強くて優しくて強情で、でも騎士のように従順に私に傅く男。あんたはぴったりよ!」


 あけすけにアデルナの好みだと言われイザークは目元を染めてしまった。三歳も年下なのに色々男前すぎるだろ?!


 しかしなんてわがままな姫さまだ。偽装と言って俺に愛を乞わせる。俺が姫の心を手に入れないと本当の駆け落ちにはならない。

 そうして俺はこの姫にらされてがされて狂わされるんだろう。


 やはりこの姫には敵わないな。イザークは顔を綻ばせる。そしてイザークを見上げ女神のように微笑むアデルナに魅入られた。



 ずっとふたりでいっしょに

 

 きみを抱いて歩いていこう

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