第七話
「そうか、状況はよくわかった。」
公爵家に帰宅後、嫡男ブルーノに呼び出されイザークは委細を説明した。これはありのまま言うしかあるまい。
ブルーノは卒倒するかと思いきや溜息ひとつ落としただけだった。
さすが姫様の兄君、肝が据わっている。
「使用人達からも裏が取れている。偽装婚約の話は聞いていたのだが、ここまで仕出かすとは予想していなかった。これは俺の落ち度だろう。」
予想は無理だと思います。俺ですら予想できなかった。
「あれはしばらく部屋に謹慎とする。外に出すな。また何か企んでいるかもしれん。ところで。」
ブルーノは正面に座るイザークをついと見据えた。
ブルーノはアデルナに似ていない。巨大な体躯にやや釣り上がった眼、短く刈り込まれた金髪。眼光鋭く睨む姿は威嚇した虎を思わせる。だがイザークはその眼光に慣れていた。見た目ほどこの男は非情ではない。
「お前は今後どうしたい?アデルナの処遇によってはあれをここに置いておけない。あれの従者を外れて好きな職を与えることもできる。お前の腕なら騎士も可能だ。」
「私の責は問われないのでしょうか?」
少なくとも止められなかった叱責は受ける覚悟はしていた。退職手当どころか即刻首でもおかしくない。
「お前はあれに巻き込まれた。さすがにそれを責めるのはかわいそうだろう。我が妹ながら子供の頃から早熟で手に負えないやつだった。お前がうちに来てもう十年になるのか。今までよく付き合ってくれていたな。」
予想外に労わられイザークは居心地悪かった。
自分では不平を言っていたが、誰かからそうと指摘されるとむっとなる。そこまで姫はひどくはなかった、と。その思いのまま口から言葉が出た
「もしよろしければこのままアデルナ様の従者でお願いできますでしょうか。」
「いいのか?」
「もう長くお側に控えました。今更誰かにこの座を明け渡すのも悔しいですし。」
そう笑ってみせるとブルーノはなぜか安堵したようにふぅと長い息をついた。
「わかった。そのようにしよう。すまんな、苦労をかける。」
「そのようなことはありません。」
イザークは心から微笑んでみせた。それを見たブルーノが困ったように頭を掻いた。
「しかしお前も物好きだな。そして鈍い。」
「はあ?」
「いや、なんでもない。アデルナのことをこれからもよろしく頼む。」
心臓に毛が生えた自覚はあるが鈍いだろうか?訝しるイザークにブルーノは声をあげて笑った。
今回の騒動は学園内の夜会ということもあり、
次期婚約者のクリスタからの切なる願いもありアデルナへの罰は与えられなかった。あの場で国外追放と言い放たれていればそうなされていただろう。本当に危なかった。
しかし当のアデルナがなぜか一番不満げであった。部屋に謹慎させられてつまらなそうだ。
「あんたが邪魔するから作戦が台無しじゃない。」
「作戦?何を言っているんですか。国外追放されたらどうするつもりだったんですか?公爵家からも絶縁ですよ?」
イザークは紅茶を入れてアデルナの前にカップを置いた。勘当も是とするその勢いが謎だ。
「そうよ、この家を出るつもりだったんだから。」
イザークはその言葉に凍りつく。何を言っているんだ、この姫は。
「家を出る?家出するつもりだったんですか?」
「婚約破棄のついでに勘当させられれば、大手を振って家を出られたのに。」
あの小芝居にはその意図もあったのか。王太子も一枚噛んでいるのだろう。万一悟られないようにシナリオに書かない周到さだ。その計画性の高さにイザークはひどい胸騒ぎがした。それがとても居心地が悪い。
「ご令嬢が一人で生きていけるほどこの世は甘くありませんよ?お金はどうするつもりだったんですか?」
「お金ならあるわよ、たんまりね。イザベル商会の収入もあるし。」
「イザベル商会?」
イザベル商会はご令嬢ファッションで一山当てた新参商会だが。確か姫も気に入ってよく使っていた店だ。
「あそこに投資したの。私の欲しい服を作らせて宣伝に着て回ったらバカ売れしたわ。」
え?それはズルではないですか?公爵家令嬢が着ればそれはいい宣伝になるでしょうに。そしてちゃっかり投資するあたりえげつない商才だ。
「魔導学校も騎士学校も出たわ。外国語も三つ習得した。お金もある。これでも料理はうまいのよ?家を出ても自活できる能力はつけたつもり。そろそろいいかと思ったのよ。」
八歳の頃から準備したのよ、そういいアデルナはにこりとイザークを見上げた。
この姫は家を出ようとしている。
一人で。この俺を置いて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます