【完結】公爵令嬢と従者の偽装駆け落ちのお話。

ユリーカ

第一章:怪物

第一話

 イザークは窓から外を眺めて目覚めに感謝した。

 今日も無事に一日が終わりますように。


 ここはザイフェルド公爵家の使用人の一室。イザークは個室をあてがわれていた。二十という若さを考えれば個室は破格だろう。一人起きて穏やかな朝を満喫する。着替えて使用人の食堂で朝食を食べ、改めて身繕いして職務を果たすためある部屋へ行く。


 ここからが戦場だ。


 イザークの仕事はザイフェルド公爵家長女専属の従者だ。服装は指定された執事服。なぜこの服装を指定されるのかはわからない。

 扉の前で今一度クラバットを直す。身だしなみにはうるさい方なのだ。そして懐中時計を確認する。時間もぴったりだ。

 イザークは深呼吸し、心を落ち着けてから扉をノックする。


「イザークです。お迎えに参りました。」

「お入りなさい。」


 歌姫も真っ青な澄んだ声が入室を許可する。イザークは入室し恭しく頭を下げた。貴婦人の部屋と思しき中央に置かれたソファには身支度を整えた美しい令嬢が座っていた。


 アデルナ・ザイフェルド。公爵家で二番目に生を受けたザイフェルド公爵家の長女。


 美しく輝くストレートの白金の金髪プラチナブロンドに最初に目が惹きつけられる。ただ梳かしつけて背中に流しているだけなのに、どんな髪飾りより輝いて見える。

 そしてその美貌。月の女神も斯くやと誰かが賛美していたが。

 腰まで伸びた金髪から覗く顔は清楚で従順そうで上品で。黙って座っていれば確かに女神に見えるだろう。

 手足の長いすらりとした、それでいてメリハリのある体型も男女違わず目を惹きつけた。


 鑑賞物として一生そのままじっとしていればいいのに。そうすれば俺は給料泥棒でいられる。イザークは腹の中でそう独り言ちた。


 イザークとアデルナの付き合いは十年になる。

 当時十歳だったイザークは両親を病で亡くし路上で茫然としていた。それを馬車で通りかかった七歳のアデルナが見つけて拾って帰った。それ以来、イザークはアデルナの専属従者として仕えている。


「遅いわね。寝過ごしているのかと思ったわ。呼びに行くところだったわよ。」


 宝石サファイアを思わせる青い瞳がついとイザークを見上げた。尖らせた秀麗な口元から物騒な言葉がこぼれる。


 呼びに人をやる、ではなく呼びに行く。


 うん、このお姫様なら躊躇いなく俺の部屋まで突撃する。遠い過去、何度部屋に乱入され叩き起こされたことか。使用人部屋に公爵令嬢が乱入。ありえないでしょ。そのため俺は珍しく個室をいただけているんだが。

 しかもこの歳になって寝坊で部屋に乱入されるとか外聞悪すぎる。恐ろしくてうっかり二度寝もできない。おかげさまで時間にきっちりな体質に矯正された。


「はあ、いつも通りの時間と自覚しておりました。」

「まあいいわ。いくわよ。」

「はい、姫。」


 先を行くアデルナの後にイザークが続く。


 以前冗談めかしで姫、と呼んだところ本人が気に入ってしまった。王族の前では不敬になるのでこの呼び方は二人だけの時のものだった。


 この格好のせいで毎回執事?と勘違いされるが、イザークはただの従者だ。この令嬢に付き従うだけ。

 執事服を指定されたわけを一度尋ねれば、その服装があっているから、と言われた。

 何に?何にあっているって?姫様にか?イザークは心の中で諦めの嘆息をする。


 このモンスターな性格に誰も逆らえないだろう。色々ととんでもない。


 アデルナは今年十七歳になっていた。これから向かうは現在アデルナが通っている私立の魔術学園。貴族令息令嬢が魔術を習う学校だ。


 アデルナはこの学校に不承不承ふしょうぶしょうながら通っている。訳は父との約束のためだ。

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