第2話 セキュリティアラーム物語

「セキュリティアラーム物語」


 まあ確かに予感というか予兆はありましたねえ。でもまさかこんな大騒ぎになろうとは、Z32の納車で浮かれていたワシはそんなこと気にも留めなかったのでした。


 あれはたぶん、1997年の秋だったと記憶しています。

 ワシはいろいろなことに疲れ果てていて、もう「走る」ことを止めて、もっと気楽に乗れるクルマを買うことにしました。

 条件はATで、デートにも使えて見栄えがして、長距離ドライブも平気で、それでも暴走族が追いかけてきても逃げきれるくらいの性能があればええなあと思っていました。それで仕事も上の空で、ものすごく考えて選んだのがZ32のバージョンRのNAのシルバーでした。もうモデル末期でしたので好条件で買えたのも理由の一つでした。(でももう少し待ったら最終バージョンのさらにカッコよくなったZ32が買えたのにのう)

 そいでもって、忘れもしない11月の下旬の土曜日に納車だったので、ワシはウキウキしながらZを取りに行きました。シルバーのZ32。もうとうに旬はすぎているとはいえ、今めてもほほうと思えるようなスタイリングですので、それはそれはカッコええのうと感じてやまなかったワシでした。

 ワシはさっそくスタンドによって「満タン」にしてもらいました。それから彼女を駅まで迎えにいきました。それからちょっとドライブに出かけたのですが、そのときふと気がついたのが「燃料計」がE(エンプティ)を指したままじゃあありませんか。

「なしてですか?」

 ワシは頭の中が「?」になりました。おかしいのう。さっき満タンにしたばっかりなのに。

 ガソリンが入ってないんかいのう。それとも燃料漏れ?いろいろ考えて思いついたのが「燃料計」の故障です。ワシはこのときはじめて「燃料計が故障する」ということを知りました。ワシは泣きながら駅で彼女を拾ってそのままUターンして、日産に戻りました。先ほど見送ってくれたばかりのセールスさんとメカの方が、元ワシの愛車の33Rの周りでなにやらされていました。

「どうされましたか?」

「燃料計が動かんのんですよ。」

「えーっ?」

 一同目が点になりました。

 それからメカの方と一緒にごちゃごちゃやっておられましたが、

「すみませんがちょっと預からせてください。」

ということで。30分前に納車したばかりのZを置いて、ワシは彼女と一緒に代車のセフィーロに乗り込み、デートの続きに向かいました。なんのこっちゃ。

実はこれが、Z32が律儀に発してくれた予兆だったのです。でも誰も気づきもしなかった。もちろんワシも。


 翌日、Zが直ったという連絡があったので、ワシはセフィーロに乗ってZを取りに行ました。しきりに謝られるので

「ええですええです。お世話になりました。」

やっとZが返ってきたので、ワシは彼女に電話して、次の土曜日にちょっと九州の方まで遠出してみようかと告げました。彼女は楽しみにしていると言ってくれました。Z32。きっと高速道路では、そのぺっちゃんこの低くワイドな車体で素晴らしい走りを披露してくれそうでした。どのクルマよりも空力良さそうでしたもの。楽しみじゃのう。ついでに門司港の辺のホテルを予約しとこうそうしよう。


 土曜日。仕事を終えてすぐに彼女を迎えに行きました。それから高速のインターを目指して山口に向かいました。ワシの住んでいる県には当時は高速道路というものがほとんど存在していませんでした。一番近いインターが山口インターだったのです。

途中で昼食を食べて、曇り空だけど紅葉がきれいで、Zの乗り心地が思ったよりずっと良くて、二人ともとてもいい気分でした。新車だし。今から九州だし。

 山口インターの手前で地図を買うために本屋に寄りました。当時はナビなんてなかったのでどこに行くにも地図と感でした。それでもみんな何とかたどり着いていたのは感が良かったからだと思います。

 そうして、当時はまだ珍しかったリモコンでドアロックしました。そうです。ワシはターボを辞めてNAのZにしたおかげで予算が相当余ったので、調子に乗ってオプションでリモコンドアロックとセキュリティアラームがセットオプションだったのでそれをつけてもらいました。

「ピッ」「ガシャ」これが非常に心地よくて、ワシは大好きでした。そうしたら自動的に「セキュリティアラーム」がONになるという素晴らしいシステムでした。

その時も本屋の駐車場で「ピッ」「ガシャ」をやりました。

 そしたら急に

「ピーピーピー」というけたたましい音が響きました。

「ピー」というよりも「ビービービー」という原子炉がメルトダウンしたかのような 

不快な大音響でした。結果として、ワシと何も罪のない彼女とZはその辺にいらっしゃた多くの方々の視線を集めることとなりました。

 ワシは何事かと思って思わずZに駆け寄りました。周りの人が白い目で見ています。そのうち本屋から店員さんも駆け出してきて大騒ぎになりました。

ワシはとっさに

「これはワシのクルマです。泥棒ではありません。」

と蘇峰八方に叫び続けていました。

 店員さんは納得したのかしないのか、しばらくすると店に入っていきました。周りの方々も何となく納得してくれたようでした。

 それでもZからは、セキュリティアラームの大音響が鳴り響いています。

「どうしたらええんじゃろうか。」

ワシはパニックになって、どうしてええのかわからんので、とりあえずリモコンキーでドアを開けてみました。

「ピッ」「ガシャ」

それでも音はまったく止む様子がありません。ワシはなぜかその場から逃げるしかないと思って苦し紛れにキーを差し込んでエンジンをかけました。


 すると不思議なことに音がピタッとやみました。

 とりあえず音が止まってホッとしてワシは冷静になりました。それからエンジンをかけたまま、取り説を引っ張り出して「セキュリティアラーム」について探しましたが、まったく必要なことは書いてないので絶望的な気持ちになりました。

彼女は横で心配そうにしていましたが、それでもドン引きになっている様子がありありとうかがえました。

 ワシは仕方がないので、もう80キロも離れてしまったZを買った日産に電話して事情を話しました。

 日産の整備の方が、ああしろこうしろといろいろと指示をしてくれしたが、まったく治らない。エンジン切ってドアロックすると、あの音が鳴り響くので迷惑でしょうがない。何度やっても何をやってもダメでもうあきらめるしかありませんでした。

そうしているうちに、より症状が悪化し、今度はエンジンを止めただけで、あのセキュリティアラームの大音響が見境なく鳴り響くようになってしまったのでした。

「もうエンジンを止められんじゃん(泣)」

 何度も何度もビービービービーいわせるものですから、そのうち山口県警のパトカーまで登場して、ワシはまたまたパニックになって免許証と車検証を自ら提示しながらペコペコ謝るしか術がありませんでした。


 結局ワシたちは、九州に行くのをあきらめて、せっかく予約したホテルをキャンセルして、Uターンして、またまたはるばる80キロ、エンジンを止めないで戻ることにしました。

 ワシは何度も彼女に

「ごめんのう。ごめんのう。」

と謝りました。

 彼女は

「大丈夫よ。気にせんでええんよ。」

と優しく言ってくれたのがせめてもの救いでした。きっとはらわたが煮えくり返っているんじゃろうなあと思っていましたが、そんな様子は微塵もなく、とてもええ人じゃなあと改めて思ったのでした。ワシはこの人となら結婚してええのうと密かに思ったのでした。


 2時間後、ワシたちはやっとの思いでエンジンを一度も止めないで走り続け、やっと地元の日産にたどり着きました。

 セールスさん店長さん整備の方がしきりに頭を下げられたのですが、もう済んだことは仕方のないことですし、それからもう何かを言う気力も体力もなかったので、

「お願いします。ゆっくりで構いませんので。」

とだけ伝えて、彼女と一緒に家まで送ってもらって、親に帰ってきたことがばれないように、駐車場から日頃乗っていた20万円で買ったプレセアを出して、彼女と一緒に乗り込んで、なぜかホッとした気持ちで、もう夕暮れが近づいていたのでいつもの店にうどんを食べに行きました。


 後日、日産から連絡があって、原因はオプション設定のセキュリティアラームの取り付けミスだと伝えられました。

「セキュリティアラームの大音響」本当に怖かったです。慣れんものをつけるんじゃあないのうと反省しました。

 それから、もしかしたらあのまま九州に行っていたら大事故に遭っていた可能性も0ではないですので、ご先祖様が守ってくれたのかも知れんのうと例によって思いました。

 それから、何とか彼女と結婚することができたおかげで、いまだにクルマ道楽の生活を続けることができております。(彼女にとっての不幸のはじまり)


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