第11話



 それから何十年かの時が、お母さんの目の前を流れていった。お婆さんになったお母さんは、昔、応接間でお父さんと、三人の子供達とで、小さなストーブを囲んでカードゲームなどをしたりしていた楽しい日々を思い出していた。若くして亡くなったお父さんは、とてもよく働く良いお医者さんだった。残された四人は、そんなお父さんを大好きだった。そして娘達はそれぞれに家庭を持ち、お婆さんになったお母さんは今、一人きりの広い応接間の大きな暖炉の前で少しだけ微笑んで、時の流れの速さを感じていた。


 長女の子供達が時々遊びにやって来ていた時もあったが、その年齢相応に少し乙女らしい様子が少女らしく、また少年はといえば生意気そうでもあった所が、お婆さんは可愛くてしょうがなかった。


 次女の嫁ぎ先からも、孫達が元気すぎて、老人には少々きつい暮らしになってきた、と連絡が来たのはいつの頃だったであろうか?


 老女は、ふと笑顔を浮かべたが、その笑顔は若い頃と変わらない優しさを醸し出している。


 シャーシャンは、雪の中で、此の村では一番大きな屋敷の前に立っている。歩道から見る屋敷には、一階の一つの窓から明かりが見えていた。シャーシャンは屋敷の門を潜り、背の高い扉を開けて中に入った。


 トルー家のお婆さんになってしまたお母さんは、暖炉の前で身じろぎもせずに、アンティークな椅子にクッションを置いて、その上で少し眠りかけていたようだ。然し、背後で扉を開ける音が聞こえると、いつもの聴き慣れた足音が聞こえてきた。するとお婆さんは楽しい夢から覚めたようにゆっくりと目を開き、暖炉に太い木を一本入れると、振り返りもせずに言った。


「寒かったでしょ、さぁ暖炉の前に来て暖まりなさい。ナズナ連邦国法務大臣」


 そして、お婆さんは心の中で天国のお父さんに囁いた。

「私が、この子を里子にしたのは間違いじゃなかったでしょ? ね、お父さん」


ナズナ連邦国、トルー・シャーシャン法務大臣は、年老いた母に近寄ると、肩に両手を当てて、


「ただいま、帰りました。お母さん」


と愛する母の耳元に囁いた。

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