第2幕 遠足 三峰神社の段
( 1 )
五月は、文楽は東京公演で国立劇場で行われた。
11人は、初めて舞台稽古を見学した。
演目は卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)
妻が、柳の精であった、メルヘンな物語。
子供にも恵まれて幸せな生活も、柳の切り倒しで全てが終わる。
例え母親が柳であっても、子供は、夫は愛情たっぷりと注ぐ。
悲しい夫との別れ、子供との別れを哀切たっぷりに演じる。
こうして改めて客席から見ていて、梅太夫の語りに涙が生まれた。
♬
「むざんなるかな稚き者は、母の柳を都へ送る」
それをさらに引き立てるのが、竹之輔の義太夫三味線の調べだった。
何で義太夫三味線は、あんなにこころに響くのだろうか。
全く文楽、歌舞伎に興味がない人でもこれを聞くと、必ず全員の心模様に、大きく侵入する。
その証拠に、正樹が幼稚園で出張ライブやると、義太夫三味線を弾き出すと全員今までうるさく走り回っていた園児が走るのをやめ、お喋りを中止して耳を傾ける。
元々日本人全員に、そうなる遺伝子を持っている気がした。
文楽の場合、定式幕は、舞台右手(上手)から舞台左手(下手)に向かって開く。
歌舞伎の場合は、逆で下手から上手に向かって開く。
開閉が左右全く逆なのだ。
長らく歌舞伎の世界にいた正樹には、新鮮だった。
文楽は三業、つまり太夫、義太夫三味線、人形遣いの三つで成り立っている。
門閥関係なし。実力主義の世界。
しかし、縁故、子供、孫が大勢入っている。
今年から研修制度が始まった。
5年10年と継続すればやがて、門閥とは別の「研修生世界」が構築されるのだ。
正樹は、名誉ある第1期生である。
舞台稽古で、その三業が顔を合わすのは一回だけである。
実にあっさりとしたものである。
正樹は、25歳から今日までずっと歌舞伎の世界にいた。
歌舞伎は、役者が主である。
義太夫三味線も太夫も役者に合わす。
そこが大きな違いである。
役者が間違った動きしても義太夫三味線弾きは、口答え出来ない。
稽古見学が終わった。
「坊屋くん、一度僕の家へ遊びにおいでよ」
五月のゴールデンウイークが始まる4月下旬に上条が云った。
「上条さんはどこに住んでいるんですか」
「成城だよ」
小田急成城学園前駅。
徒歩10分くらいの所に、東宝砧(きぬた)撮影所がある。
三船御殿もあった。
昭和33年に近くの仙川が氾濫。
警察の要請を受けて、三船敏郎所有のボートで住民を救出した逸話が残る。
上条の家はその近くだと云う。
「でもうちは小さいから」
「何坪ですか」
「200坪くらいかな」
さらっと云いのける上条は、本当の金持ちだと思った。
「行ってもいいんですか」
「もちろん。妹にきみの事話したら、えらく気にいったみたいなんだ」
「どう云うたんですか」
「この一か月の出来事そのまま。予言者、天才義太夫三味線奏者、自分の事を文楽、歌舞伎両刀遣いと云ってると」
正樹の予言、未来人伝説は、その後急速に国立劇場、事務局から歌舞伎座にまで伝播していた。
もう誰も正樹の云う事に冷やかす者はいなくなった。
「でも猫と喋れるのは、幾ら何でも僕も信用出来ないなあ」
と上条は笑った。
正樹は、仙仁と二人で訪れた。
東京有数の高級住宅街だった。
こんな洒落た街は、広島にはなかった。
一階のリビングでは上条の妹が待っていた。
「妹の上条秀美です」
「こいつ、僕と同じ早稲田に行きやがった」
「はい」
成城中学、高校と進み、エスカレーター方式で大学まで行けるのだが、猛勉強して早稲田大学に入学した。
「凄い!」
「正樹くんは17歳だから私よりも二つも年下なんだ」
この年頃は1歳2歳を特に気にする。
秀美は、ストレートのロングの髪型だった。
瞳はくっっきりと大きかった。
「よく、栗田ひろみに似ているって云われます」
「懐かしい名前だなあ」
思わず、正樹はつぶやく。
1970年代に入り、グループサウンズ音楽から、アイドル、フォークソングの歌が、社会を大きく取り巻いていた。
栗田ひろみは、ストレートのロングヘアに愛くるしい大きな瞳で一気に人気が出ていた。
「懐かしい?変な人」
「だろう」
応接間で喋っていると上条の両親が入って来た。
「父の上条光蔵です。上条酒造の社長です」
「えっ!あの上条酒造ですか!」
一部上場の日本、いや世界を代表する酒造メーカーだった。
吟醸酒「文我」は全国展開していた。
照子の「三玄」でも置いていた。
「君が坊屋くんか。下の名前は」
「正樹です」
「実家は」
「広島です」
「お父さんは何してるの」
「無職です。母親が(三玄)って店をやってます」
「三玄!ひょっとしてお母さんは、義太夫三味線流しの照子さんなの?」
「よくご存じですねえ」
「そうかあ、坊屋正樹君かあ」
光蔵は、まじまじと意味ありげな視線を正樹に向けて来た。
「お父さん、いきなり身上調査なんて、失礼でしょう」
横にいた、妻の淳子がたしなめた。
上条らの母親である。
トランプを上条兄妹、仙仁、正樹の4人でしてる時だった。
「ねえ、正樹君、未来人なんでしょう」
「えっ」
「兄貴が云ってたから」
「そうなんですか」
「教えてよ。今から50年後の2022年の未来。車は空飛んでるの」
「試作機は出来てますが、まだ飛んでません」
「じゃあ月旅行は実現してるんでしょう」
「それも出来てません」
「何だつまんないの。ねえ何が今と大きく変わるの」
「そうですねえ。しいて云えば電話かなあ」
少し頭を傾けてから正樹は返事した。
「電話?」
「はい。手のひらサイズ小型電話が発明されて皆持つ様になります」
「ウッソー!凄い!電電公社やるじゃん」
「通信事業は民営化されて、電電公社はなくなってます。携帯小型電話機は、ソニーが作ってます」
秀美は、大きく吹いて笑った。
「ソニーが電話機作るはずがないじゃない。でも面白い!もっと云ってよ」
「日本人女性宇宙飛行士も誕生します」
「それから」
「中国が世界経済第2位になります」
秀美は大笑いを続けた。
「逆になくなる物もあります」
「例えば」
「ガソリンだけで走る車。写真フィルム、レコード、カセットテープ後は単独の映画館、町の銭湯もなくなります」
「映画館なくなったら、どこで映画観るのよ」
さてシネコンをどう説明しようかと迷った。
今、目の前にないものを平たい言葉で説明する難しさを何度この世界に来て味わっただろうか。
「単独の映画館はなくなりますけど、映画館の集合体が出来ます」
「それって同じでしょう」
「はあ、まあ」
お互い十分に理解出来ないままだった。
「ガソリン車なくなるの」
「電気自動車や電池とガソリン併用の車にとって代わります」
「フィルムなくなったら写真撮れないじゃないの」
「こんな小さなチップで撮れます。それと写真は家で印刷出来るようになります」
延々と続く。
正樹は、トランプに目を止めた。
「このトランプ作ってる任天堂。今は冴えないトランプ、花札メーカーですが、テレビゲームや携帯サイズのゲーム機作って世界中を席巻します!」
この話に食いつたのが父の光蔵だった。
「それは本当か」
「本当です」
「もう親父まで。正樹くん、そろそろここで手品披露してくれよ」
「手品?」
「創作浄瑠璃だよ」
「でも今日は、義太夫三味線持って来なかったので」
「僕のを使えよ」
秀美がすでに持って来た。
すぐに調律し始めた。
「こいつ、天才なんだよ。17歳でこんな音色出すんだよ。父さんも母さんも聞いてくれよ」
「何だか恥ずかしいなあ」
「いよお!正樹!」
秀美が拍手した。
「題名は何ですか」
「何にしますか」
少し考えてから弾き始めた。
創作浄瑠璃「文楽城之扉叩(ぶんらくのしろのとびらをたたく)勇者(ゆうしゃ)達(たち) 」
♬
文楽城の 扉叩く
十一人の 勇者たち
太夫、三味線 人形遣い
三者三様 三つの絆
研修通じて 学ぶもの
それは人の 揺らぐ魂
それは人の 浅はかさ
例え城を 追い出されても
例え城を 去って行っても
民(たみ)はきっと 忘れない
民はきっと 思い出す
あの時この時 十一人がいた
十一人の涙汗 怒り笑い
夢希望が 破れても
無駄な努力 とは云えない
何故なら 力合わせて
勇猛果敢に 挑んだ事は
その歴史に 名を刻む
民のこころに 永遠に刻まれる
たちまち、義太夫三味線の弦、正樹の口から音符が出始めた。
今までは、白黒だったが色彩豊かなものに変化していた。
「色ついてる!」
上条が叫んだ。
秀美は、音符を手のひらに乗せて、揺らしていた。
「食べても大丈夫だから」
「そうなの」
妹は一口口に入れた。
「何だか無味無臭だけど、幸せな感じ」
後半になると一同は声を上げた。
正樹の背中から幾筋もの光が出て来た。
「光背だ!」
光蔵は興奮していた。
「仏像によく見られるだろう」
「じゃあ正樹くんは神様なの」
「ああ、義太夫三味線の神様だよ」
にんまりと上条は答えた。
夕方、上条家を出た。
小田急成城学園駅前まで上条が見送りに来た。
「坊屋くん、ちょっといいかな」
喫茶「モーリス」に入る。
入り口にジュークボックスが置いてあった。
「坊屋くん、何かリクエストあるかな」
いきなり50年前のヒット曲と云われても出て来ない。
「吉田拓郎はあるの」
「あるよ」
上条は4曲リクエストした。
コイン入れる。
透明アクリル板から機械が透けて見えた。
レコード盤を機械の取っ手が器用に一枚だけ取り上げ、レコード盤に置く。
レコードの最初の溝に、レコード針を先端に取り付けた取っ手がすっと着地した。
ボタン押した曲が流れる。
曲だけで、映像はない。
その間だけBGMは流れない。
「何の曲入れたの」
「吉田拓郎の(結婚しようよ)、南沙織(17歳)、森田健作(さらば涙といおう)、青い三角定規(太陽がくれた季節)」
「太陽がくれた季節いいよなあ。太陽学園行きたい」
「俺は、森田健作の青葉高校がいいけど」
毎週日曜午後8時から日本テレビ系列で放送された学園ドラマである。
昨年から今春までは、森田健作主演「俺は男だ!」が放映されていたが、今春からは村野武範主演、島田陽子共演で始まった、「飛び出せ青春!」が大人気だった。
(太陽がくれた季節)は、それの主題歌だった。
「あとは、南沙織の(17歳)これは、同じ17歳の坊屋くんへのプレゼント」
昨年の大ヒット曲だった。
昔のヒット曲は息が長いと思った。
「今日は、坊屋くんにプレゼントしようと思って」
「何くれるんですか」
「今、きみが一番欲しいもの」
「一番欲しいもの?何かな」
「これだよ」
上条がおもむろにテーブルに、スマホの充電器を置いた。
「えっどうなってるの」
「確かに。これって昭和47年には絶対に存在しないもの。いや存在させてはいけないもの」
「そう。歴史変わるからねえ」
そこから上条と仙仁が長い話をしてくれた。
二人が時間パトロール歴史修正部隊である事。
二人は2055年から来た事。
文楽滅亡を救うためにやって来た事。
その大役の一翼を坊屋正樹が担う羽目になった事
「つまり坊屋くんは、ここで頑張って貰って文楽を盛り上げてほしいと思うんだ」
「何で僕が選ばれたの。他にいたでしょう。僕は23歳でやめてるんだよ、文楽の世界を」
「だからだよ」
しがらみがないだけ、文楽を外の世界から修正出来るのだ。
「それと、毎日びくびく、なぞる日々はしなくていいから」
今の坊屋のこころの中を突く核心だった。
「何でですか」
「これから君がやる事、なす事それも予めわかってる事だから」
「わかりやすく云えば、前の50年前からの人生を型通りに演じなくていいって事だよ」
仙仁が補足説明した。
「ただし、前の人生よりもより能動的に文楽、義太夫三味線を盛り上げる人生をやって欲しい」
「でもそれやったら、未来の歴史を変えるんじゃ」
「文楽滅亡から救う。それ以外の人の生き死に関しては絶対に変えないよう本部も監視してるから大丈夫」
上条の言葉に、瞬間的に未来の師匠である竹之輔の顔が浮かんだ。
やはり、二年後に亡くなるのは、既定路線なのか。
「それで、僕はいつ2022年に戻れるんですか」
「心配しなくていい。本部から連絡来れば戻れる」
「ただし・・・」
「何?」
「戻れる場所は、京都のあの町家の押し入れだ」
全てお見通しだった。
上条は未来人でも妹、両親は違う。
仙仁も自分だけだった。
「だから、音符も光背もどんどん作ってくれよ」
「どんどん、パワーアップしてるから楽しみだから」
「我々3人の連絡は、スマホで出来るから」
本部での特殊工作で出来るようだ。
「最後にもう一つ、大事な事を云おう」
ここで上条は、辺りを見渡し、身を乗り出した。
さらに声を落とした。
「君は文楽を救う力。片やこの世の中にはもう一つ大きな力がある」
「もう一つ?」
「つまり、反対に文楽の没落を願う勢力」
「誰?どこなんですか」
「それがはっきりとしない」
「歌舞伎ですか」
「それもある。しかし事はそんな単純な話ではない」
「複数あるって事だな」
仙仁も同調した。
「君には、強力なライバル、敵がいる、生まれている」
「それに立ち向かわないといけないんだ」
「もちろん、僕たちは全面的に協力をするよ」
「わかりました」
下宿先に帰っても、その敵が皆目見当がつかなかった。
ゴールデンウイークを過ぎて、生徒はやや落ち着いて来た。
しかし、教える側の混乱は続く。
前例がないので、マニュアルがない。
しかも11名もの大勢の若者を教える事はなかったので余計そうだった。
講師陣は固定ではなく、手の空いてる者が担当した。
何故なら同時進行で東京、大阪でそれぞれ4か月公演があった。
五月は東京。
来月は大阪。
研修生たちも一緒に大阪に行く事が決まっていた。
義太夫三味線を教える、矢澤千之輔は竹之輔の弟子であった。
いきなり義太夫三味線を延々と弾く。
その後、
「と云う感じで弾いて下さい」
さらっと云う。
義太夫三味線の持ち方、バチの叩き方、調律の仕方等本来基本的な事を研修生に教えるはずである。
しかし何も教えない。
当然、教室に困惑の態が広がる。
「はい坊屋くん弾いて」
「はい」
すでに講師陣の中で、正樹の卓抜な弾く才能は知れ渡っていた。
「はい、良く出来ました」
千之輔は正樹を除いて二つの班に分けて、正樹は教える方に回された。
11人の親睦会をやろうと云い出したのは、仙仁だった。
「折角、縁あって全国から11人が集まったのだから、どこか行こうよ」
「そうだな。高校だって、春秋の遠足あるんだからな」
上条も賛成した。
早速、事務局に云った。
集団行動については、事前報告、許可が必要だった。
「わかった。じゃあ私も行こう!」
千之輔が快諾した。
「何だ、僕たちだけじゃ駄目なんですか」
「駄目。梅太夫師匠は常々、11PM(イレブンピーエム)には、監視役が必要って云ってたからな」
「何ですか、その11PMって」
梅太夫は、この頃日本テレビ午後11時から放送されていた、お色気番組が好きだった。
月水金の司会が大橋巨泉。ホステス朝丘雪路。
火木が作家の藤本儀一。ホステス安藤孝子。
「君ら文楽研修生の数が11人でイレブン。だから11PMて、事務局でも呼んでるよ」
「イレブンの後のPMの意味は」
「Pは、playつまり演奏、演じる。Mは、misson。任務、使命」
「中々、上手く考えたなあ」
上条はまんざらでもない様子だった。
行き先は、仙仁が決めた。
「埼玉の三峰神社」
「渋いとこ、突くねえ」
「でしょう」
他の者も賛同してくれた。
上京したての正樹にとって関東近辺の事は皆目解らなかった。
遠足当日は快晴に恵まれた。
心地よい風が顔をすり抜ける。
空気が美味しいと初めて感じた。
50年前の東京は、空気が濁っていた。
郊外で新鮮な空気を吸うのも良いと思った。
三峰神社。
埼玉県秩父にある。
池袋から西武特急で1時間20分で西武秩父。
そこから急行バスで90分である。
かなりの山の中にあった。
「全部見て回るのは無理だから」
そう云って仙仁は、日本武尊(やまとたけるのみこと)銅像へ連れて行った。
その時だった。
「あっ桜原猛夫先生!」
と叫んだのは、仙仁と太夫志望の船田友吉だった。
船田は、国学院大学卒業の26歳。
体重は100㎏あるのに、普段から声が小さい。
桜原は国学院大学で、教えていた。
「仙仁くんは多摩美術大学でしょう。何で」
「国学院大学で公開講座あってそれを受講してたんだ」
「きみら、今は何してるの」
船田が説明した。
「そうかあ。文楽の世界かあ。凄い未知の航海を選んだなあ」
「はい。11名の慣れない素人船員です」
「桜原先生は、どうしてここに」
「もちろん、これを観に来たんだよ」
正樹らの前にそびえる日本武尊銅像だった。
「東征伐に出かけた、ヤマトタケルは途中ここに立ち寄って、神に、無事に任務が終える事を祈願したんだ」
「ヤマトタケルでも神にすがったのかあ」
船田は唸った。
「ヤマトタケルの生涯は面白いよ。いづれ、文楽か歌舞伎かで上演したいよねえ」
「是非とも文楽でお願いします」
船田が頭を下げた。
「是非、太夫で僕を使って下さい」
船田は小声で答えた。
「君は太夫志望か。で義太夫三味線は誰にする」
「もちろん、こいつで決まりです」
上条が正樹を指さした。
「まだ若そうだな」
桜原は、正樹をつま先から、頭のてっぺんまで視線を走らせた。
「今年17歳になる坊屋正樹です」
「17歳!南沙織の世界やな!」
昨年発売されて大ヒットした「17歳」のレコードタイトルに引っ掛けて桜原は云って笑った。
この時代、今と違ってヒット曲は子供から年寄りまで知っていた。
正樹は、この桜原猛夫が、後年スーパー歌舞伎「ヤマトタケル」の脚本を書くのを知っていた。
「きっと歌舞伎になるだろうなあ」
ぽつんとつぶやく。
「何、未来人、予言者みたいな事云ってるんだ」
船田は、真剣に怒っていた。
「ごめんなさい。罪滅ぼしに義太夫三味線弾きます」
持参した義太夫三味線で弾き出した。
創作浄瑠璃「十一人(さむらいたちの)挑戦(たたかいが)開始(はじまる) 」
♬
十一人の若き 勇者たち
目指す場所は 文楽城
行くて阻むは 高き壁扉
最初扉を 開けても
次々現る 扉攻撃
それを突破する 若き文楽士(さむらい)
持参せし武器 問われれば
まずは声量良しの 太夫に
民の心に染み渡る 義太夫三味線
本物の人より 人らしい人形
三業の精神 引き継いで
目指す城の 番人になる
固く誓うは こころの血判状
一人欠けても いけないと
仲間信じて 今日も歩む
高くそびえる 文楽城
いつになく 光り輝く
弾いている最中に、正樹の背中に猫、ヒロコが乗って来た。
じゃれ合って、右肩、左肩、ついには頭の上にまで登ってじゃれていた。
正樹は、一度も手を休めずに弾いて歌った。
「凄いなあ。語りの太夫に義太夫三味線の二刀流なんて!」
引率の千之輔は、正樹の義太夫三味線のテクニックに驚愕の表情だった。
「何やあれは」
正樹の義太夫三味線の胴、口から七色の音符がこぼれる。
さらに正樹と日本武尊銅像の背中が光り出した。
銅像にも色が急速につきだしていた。
さらに銅像は、義太夫三味線の音色に合わせて踊り出した。
「何じゃこりゃあ!」
一番驚いていたのが桜原と千之輔の二人だった。
上条、仙仁を除く同期は、
「また正樹の手品が始まったか」程度の認識だった。
人間の脳は、一度刷り込まれるともう容易く習性は出来なくなるのだ。
桜原は写真を撮った。
演奏が終わる。
「その猫は」
「ヒロコです」
「ヒロコ!」
千之輔はびっくりした。
「連れて来たんか」
「はい」
「何でや」
「実は・・・」
義太夫三味線の皮がヒロコの母であると告白した。
「それ面白いよねえ。義経千本桜は鼓が母親だったけど、それの義太夫三味線版か」
桜原は否定しない。
「で、お父さんは」
「さあ。ちょっと聞いて見ます」
「誰に」
「ヒロコ猫に」
「坊屋正樹くん、今日熱あるんか」
「先生、彼、毎日こんな感じなんです」
上条が説明した。
「ああ、こっちの方が熱出て来た」
千之輔は、大げさに自ら身体を揺らした。
「それで、子供は、母親と一緒なのではしゃいだんだ」
「そうですよね、ヒロコ」
ヒロコは何度も鳴いた。
「そうかそうか」
「何んて云うたんや」
「母親と一緒に踊りたかったって」
「しかし、今は三味線の皮となってしまって、たがわぬ夢か」
「この日本武尊銅像を拝んだ方がよい」
「そうですね」
一同は拝む。
ヒロコもうなだれて頭を神妙に下げた。
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